「・・・誰?」
不意に誰かの声が耳に聞こえた。
――― ・・・春日城
「春日・・・城?」
――― 方向音痴、直ってねぇな
その声は、何処かで聞いた事がある・・・少年のような声。
――― 大丈夫、お前なら・・・
「待って!」
消え入りそうな声を掴むよう、声の聞こえた方向へ無意識に手を伸ばした。
その手に空から降ってきた一枚の葉が触れた瞬間、体に電流が走る。
そして溢れ出す・・・記憶。
枯れ果てた泉が一気に溢れ出す。
どうして忘れてしまったのだろう。
あんなに充実した日々を過ごした彼らの事を・・・
いつもあたしと一緒にいてくれた。
あたしとは正反対に色っぽくて美人な彼女が羨ましくて、良く愚痴も言ったのに・・それでもあの人は笑いながらあたしを可愛い可愛いって言いながら抱きしめてくれた。
そしてどんな小さな悩み事でも相談に乗ってくれて、一緒に夜を過ごした事も一度や二度じゃない。
一人っ子のあたしをまるで妹のように可愛がってくれた。
「・・・綾子・・・」
こんなあたしを初めて一人前の女性として扱ってくれた。
誰よりも思慮深くて、誰よりも愛に溢れた人。
足元がおぼつかないあたしにいつも真っ先に手を差し伸べてくれて、穏やかな笑みを浮かべながら背中を見つめていてくれた。
だからあたしはいつも安心して動く事が出来たんだ。
誰よりも安心して、この背中を預けられる・・・人。
そしてあたしには測れないほどの深い愛情を胸に抱く、人。
「・・・直江・・・」
出会った時は、口の悪い高校生だった。
だけどコロコロ変わる表情やぶっきらぼうな態度が可愛くて、怒鳴られるのが分かっていたのに、いつもこの腕に抱きしめていた。
皆がそんな高耶を見て唖然としてる意味が分からなかったけど、今なら分かるよ。
高耶・・・あたしの前だと『高校生』だったんだよね。
それなのに、誰よりもあたしの事を心配してくれてたね。
「・・・た、かや・・・」
そして・・・今も・・・心配、してくれて・・・るんだね。
――― いけよ
気付けばあたしは緑が揺れる方向へと財布を握り締めて走り出した。
今の状態で春日城までの交通機関がどうなっているか分からない。
だけど、何日かかってもいい。
どんな手段を用いても構わない。
あたしは、今・・・行かなきゃいけない。
――― 千秋の元へ!
蜃気楼夢の中で、唯一のシリアスと言ってもいいHEARTシリーズ。
・・・って言うか、まさかシリーズ化するとは自分でも思っていなかった作品だったりする(苦笑)
沢山の方に続きは!?と問われ、私も千秋をあのまま1人にしたくなかったので・・・終わった話をもう一度書こう、と思いました。
(私の中では戦いに向かう長秀の背中で、この話は終わってたんですよ(苦笑))
千秋に記憶を消されてしまったヒロインですが、部屋の中に残っている想い出が彼女を動かす理由になりました。
部屋にある物や千秋が置いて行った物、最大の置き土産がレパードです(笑)
流石にあの状況で乗って行く、なんて思考はないでしょう。
免許も持っていない彼女の家にある車、それに覚えのある友人達。
一生懸命健気に、写真の彼、車の持ち主である彼、を探し回ります。
そして最後の最後に・・・景虎様がいらっしゃいました。
本当にこれは狙った訳ではなく、ふっと頭に降りてきたんですよ。
あまりにウロウロしてるから気になったんでしょうね(苦笑)
本編としては高耶が息を引き取った後、だと思ってください。
僅かな思念が彼女を示す光になった、と。
・・・しかしここで高耶の存在がでかくなりすぎて、最後の最後も高耶に持っていかれてしまう事になるとはこれっぽっちも思いませんでした(苦笑)
侮りがたし!上杉景虎・・・様!!←やはり呼び捨てには出来ないみたいです、はい。