向かいの道路を、携帯電話で話しながら歩く一人の女に目をやる。

「あの女か・・・」

最近夜叉衆の人間と関わりを持ち始めた一般人。
始めはヤツラの宿体の身内かと思ったが、どうやら違うらしい。
ただの女が上杉の連中を引き付けるほどの力を持っているとは思えんが、近頃の上杉の動きは大体あの女を中心に動いている。



まさか、ただの女がヤツラの核となっているとは・・・

「だがアレを手駒のひとつにしてしまえば、上杉の情報は全て武田に流れる・・・と言う事。」

口元を緩め、少しずらしていたサングラスを指で直すと、静かに後を追った。
やがて古い建物が連なる所で立ち止まったのをみて、女の頭上に目をやる。
するとそこには今は使われていない、明かりの消えた古ぼけた店の看板があった。
周囲に視線を走らせ、他に人影がない事を確認すると、看板を止めている古い金具部分を力で破壊する。
小さな火花が散ると同時に看板が微かに揺れる。
それと同時にわざとらしく声を上げ、その場を駆け出した。

「危ない!」

「え?」

声に反応して振り向いた女に向かって飛びかかり、落ちてくる破片から庇うようにその体に覆いかぶさった。
それから数秒遅れて ガシャン と言う音と共に、女が立っていた場所に看板が落下した。
小さな破片が周囲に散らばる中、腕にすっぽり収まっていた小柄な女は見るからに顔を青ざめて小さく震えている。



――― やはり、ただの女・・・か



内心つまらぬモノに気をかけたと思いながらも、覆いかぶさっていた体を起こして手を差し伸べる。

「怪我はないか。」

「は・・・はい。」

震える手を掴んで、そのまま体を引き上げる。
自らの体についた埃を手で払いながら、先程まで遠めで眺めていた女を見る。
支えていた手を離して、上から下へと視線を走らせると・・・とある一点で視線が止まった。
けれど女はそんな視線など気付きもしないよう、動揺したまま必死で礼の言葉を述べようとしていた。

「あの、本当にありがとうございました・・・あたし・・・」
「破けているぞ。」
「は?」

何も言わず無言で女のスカートの右サイドを指差すと、それに誘われるように女の視線も動いた。
短めのタイトスカートが左サイドと同様の深さで右サイドも裂け、あらわな太股がさらけ出されている。

「!!」

勢い良くそこを手で押さえてその場にしゃがみこんだ姿を見て、思わずため息が洩れた。
何故、こんな者にあいつらが動かされるているのだ。
苛立つ心を何とか抑えながら、羽織っていたコートを脱いで女に向かって投げつける。

「これからどこへ行く。」

「待ち合わせをして・・・」

「そのコートをくれてやる。とっととその待ち合わせ場所とやらに行くんだな。」

そのままその場を立ち去ろうとすると、何かに絡まったように足が動かなくなった。
不審に思い視線を落とせば、コートを手に持ったまま女が必死に私の足にしがみついている。

「・・・何の用だ。」

「あの・・・」

「怪我をしたと言う訳でもあるまい。生憎待ち合わせ場所まで連れて行ってやるほど、暇ではない。」

「違います!連絡先を教えて下さい!!」

「・・・連絡先?」

「コートはお借りします。でも助けて貰ったお礼と、このコートを返すお礼を今日は出来ないので改めてさせて下さい。」

「いらん。」

あっさりそう言い捨てて再び歩き出そうとした私の足に、女は再び食いついてくる。

「あなたが良くてもあたしは良くありません!」

「・・・」

「こ、これがあたしの連絡先です!」

片手で足を押さえ、もう片方の手で器用にバッグの中から名刺のような物を取り出すと私の前に差し出した。

そこに示されているのは女の名前と住所、それに連絡先。

僅かに口元を緩め、内容をしっかり頭に刻み込む。



――― これでコヤツは我が手に落ちたも同然



その名刺をしまう代わりに、一枚の名刺を取り出すと女の足元に放り投げた。

「連絡先だ。だが、そう容易く私と連絡が取れるかどうかは分からんぞ。」

「構いません。クリーニング終わったら連絡しますね。」

私の足に絡み付けていた腕を解くと女は満面の笑みを浮べ、地面に落ちた名刺を拾い上げた。

「えっと・・・新井・・・」

「新井公彦だ。」

「学生って事は・・・あたしより年下?」

ポツリと呟いた女の台詞に一瞬、時が止まった。



――― コレが、年上?





「じゃぁまたね、公彦くん。」

年下と言う事が判明した途端、女は表情を揺るめ、貸してやったコートを半ば引きずるように羽織ったまま歩き出した。










それから一週間後、女から連絡が来た。
最初は無視していたが、連日メールが入るようになりそれを止めさせる為に出向いてやった。
だが、それからと言うもの・・・私の生活の一部に、あの女からのメールが含まれるようになった。
まさかこの私が上杉の利を武田へもたらす為に得た女に興味を持つとは・・・。

戦国の世でも動かなかった心が、今・・・少しずつ動き始める。





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メールアドレスゲット話、最後は高坂昌信こと新井公彦くんでした(笑)
最初は上杉の中心・・・否、千秋の彼女であるヒロインを自分の手に落として上杉をいいように弄ろうとした彼ですが、結果的に巻き込まれる事になりました。いや、まぁ無理矢理巻き込んだとも言うけどね(苦笑)
それにしてもたかがメルアドゲットするために・・・家屋を破壊するのは止めて下さい、しかも故意に(笑)
本当はもぉっと周到に分かりにくく色々策を練りたかったのですが、高坂様の思考に私がついていけるはずもなく、こんな子供の仕掛けみたいな事しか出来ませんでした。
さて、今後公彦くんはどうするんでしょうね(笑)
きっとちょこちょこちょっかいは出しに来るでしょう。
高耶と直江のストーカーのついでにw
←みなぎわの反逆者特典CDプロローグより(笑)

ちなみにこのシリーズ、全て彼女が人と待ち合わせをしていますがその相手は・・・千秋ですw