「あ、ごめんなさい。」

カシャン、と言う何かが落ちる音が聞こえた後・・・謝罪の言葉が耳に入った。
普段であれば気遣う事などしないが、この時は何故かその声に足を止め、側に落ちていた物を拾い上げた。

「すみません、大丈夫ですか?」

「・・・私は平気だ。」

人混みの中、小さな声でそう呟きながら携帯電話を差し出す。

「落ちていた。」

「あぁっ重ね重ねすみません!!」

ペコリと頭を下げ、顔をあげた瞬間・・・目の前の女が微笑んだ。
その笑顔がやけに印象的で、三郎殿の元へ向かおうとしていた私の足をその場に縫い付けてしまった。



何故、なのだろう。



そんな私の思考は、目の前の女の小さな悲鳴で現実に戻された。

「あぁっ!こ、壊れた・・・」

見れば女の手の平に、携帯につけてあったと思われる小さな飾りの金具が壊れ、外れていた。

「どうしよう・・・」

「貸してください。」

「え?」

「それくらいなら私でも直せるでしょう。」

「でも・・・」

「・・・暫くお待ち下さい。」

そう言って女の手から外れてしまった飾りと壊れた金具を自分の手の平へ移すと、即座に元に戻して見せた。
風魔の忍びであればこんな物を直すのは簡単だ。
これ以上に神経を使い、また命を懸けた任務をこなしているのだから。

「これで宜しいですか。」

「うわぁ・・・あ、ありがとうございます!器用なんですね!!」

「これくらい出来なければ役に立たない。」

「う、じゃぁあたしは役立たずですね。」

素直に気持ちを受け止められて、一瞬面食らう。
けれど相手はそんな事気にも留めず、元通りになった飾りを携帯電話に結びつけた。

「あ、そうだ。お兄さんも携帯電話って持ってますか?」

「・・・あぁ。」

以前は持ち歩いていなかったが、今は三郎殿と連絡を取るのに携帯電話が便利だと言われて持ち歩いている。
最初は慣れなかったが、今ではすぐに三郎殿と連絡が取り合えるので現代の電子機器も中々便利だと思うようになった。
電子音で呼び出されるのも、小さな機器を持ち歩くのにも最近ようやく慣れてきたばかりだ。

「じゃぁこれ、どうぞ。」

そう言って女が差し出したのは、綺麗に編まれた組み紐に丸い水晶玉がついている物だった。

「あたしが作ったストラップですけど、直してもらったお礼に。」

「・・・」

手の中に半ば押し込まれたように渡されたストラップは、やけに温かく感じる。

「携帯のここにつけて下さいね。」

彼女の持っている携帯電話にも同じ物がついていた。
違うのは水晶の部分が紅水晶だというだけだ。
何も言わず、じっと手に乗せられたストラップを眺めていると、こちらの様子を伺うような声が聞こえた。

「あ、あの・・・やっぱりこういうのつけません、か?」

「いや・・・ちょうど紐が切れた所だ。ありがたく使わせて貰う。」

胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出すと、今貰ったばかりのストラップを携帯に結びつけた。
ただそれだけの事なのに、無機質な機械が・・・何か温かな物を繋ぎとめるように変わった。
ふと、その時脳裏に三郎殿の顔がよぎった。



あの方にこれを差し上げれば、どのような顔を見せてくれるだろうか。



「あ、もう行かなきゃ・・・色々とありがとうございました。」

ペコリと頭を下げて歩き出そうとする女の手首を掴む。

「・・・」

「・・・あの?」

動きを止めたがいいが、この後なんと言えばいい。
任務であれば自在に動けるが、自分で考え行動するとなるとどうして体が動かなくなるのか。
腕を掴んだまま暫く相手を見つめていると、女が最初に見せた笑顔をもう一度見せた。

「あたし、って言います。貴方は?」

「・・・風魔、小太郎。」

「風魔さん?」

「いや、小太郎でいい。」

「小太郎さん。」

「あぁ。」



何故、本名を名乗ってしまったのだ。
この場限りの相手を欺くなど造作も無い事なのに、私は・・・何故?




戸惑う私を余所に、彼女はバッグから手帳を取り出すと何かを書き出した。

「その携帯ストラップ、他にも欲しい人がいたらメール下さい。」

「・・・何故。」

「小太郎さんの目が、そう言ってましたから。」

温かい・・・まるで、森林の中に降り注ぐ日の光のような笑顔。

決して自分が手に入れる事の出来なかった ――― 光





俺は貰ったメモの半分に、自分の電話番号と使い慣れないメールアドレスを記入してちぎって渡した。

「また壊れたら連絡しろ。直してやる。」

それを受取った女はキョトンとした顔をしたが、携帯ストラップを渡された時と同じように彼女の手の平にねじ込んだ。

「私も、連絡する。」



忍びの私が、氏康殿や三郎殿以外の人間に心動かされるとは・・・










それから暫くの間、任務に集中していて女の存在を忘れていた。

だが、何も無い日に・・・彼女、からメールが入った時 ――― 私の心は、彼女の笑顔を初めて見た時と同じ温かさを感じた。



さて、返事はどうすればいいのか。





これは私個人の意思、私個人の想い。

――― 少ない言葉だが、受け取ってくれ。





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小太郎、電子機器に馴染みメールのやり取りを始める・・・の巻きです(笑)
こんな不器用だけど一生懸命人の思いに返そうと前向きに考えてる彼が好きですw
・・・黒豹の小太郎が一番好き、と言うのは内緒の方向で(笑)
偶然街でぶつかっただけの人間が、小さなキッカケで知り合いました。
まさか小太郎もストラップをくれた彼女が高耶の知り合いで、尚且つ長秀の彼女だとは思わないでしょう(苦笑)
さてさて、風魔の小太郎はどんなメールを送るのか!!
風見の予想は・・・一文、だと思います(笑)
「今朝は冷える」とか「日が沈むのが早い」とか「元気だ」とか「忙しい」とか(笑)
きっと見ている氏康殿が苦笑しちゃうくらい一生懸命考えて↑これらの一文を送ってそうです。
そんな小太郎が可愛い、と思うのは私だけでしょうか?(認識が間違えてる可能性大)