「・・・んっ」

「眠れませんか。」

「あ、ごめんなさい・・・起こしちゃった?」

何だか寝苦しくてベッドの中をゴロゴロしてたら、隣で寝ていたはずの直江さんを起こしてしまったらしい。
慌てて直江さんの方へ振り向くと、さっきまで閉じられていたはずの鳶色の瞳がしっかり開いてあたしの方へ向けられていた。

「貴女が眠れないようなので何かあったのかと思いまして・・・」

「ううん、ただちょっと寝苦しかっただけだから。」

「クーラーをつけますか?」

直江さんが上体を起こしてサイドテーブルに置いてあるリモコンを手に取ると、クーラーのスイッチを入れてくれた。
小さな作動音が聞こえた後、冷たい風が流れてくる。

「あまり体に良くありませんからね、が眠るまでの間だけつけておきましょうか。」

「え?でもそれじゃぁ直江さん寝れませんよ?」

「私は貴女の寝顔を拝見してから休みます。」

「・・・み、見てても面白いものじゃありませんよ。」

寝顔を隠すように薄い布団を顔まで引き上げる。
でも視線だけは隣で微笑んでいる直江から逸らさない。
こうして同じベッドで眠るようになって結構時が経っているのに、子供なあたしは今でもこんな風に直江さんに振り回されている。

「可愛らしい寝顔はいくら見ても飽きるものじゃありません、特に貴女の寝顔は。」

「かっ可愛くなんてないもん!」

囁くような声に耐えられなくなって布団を頭の上まで引き上げてその中に隠れる。



あぁっもう!こんなだからいつまでたっても子供みたいに思われちゃうんだよ!



布団の中で赤くなった頬を必死で元の状態に戻そうと頑張っていたら、急に布団ごと抱きしめられた。

「?」

「顔を見せてください。」

「え、そのっもうちょっと待っ・・・」

「待てません。」

抱きしめている腕の強さに反して、囁きかける声はいつも以上に優しくて戸惑う。



でもでも・・・こんな真っ赤な顔、見せたくないよぉ!



「・・・頬を染めて、瞳を潤ませた貴女は朝露の雫よりも美しいですよ。」

ま、また凄い事言ってる・・・そんな事を言われて素直に顔を出せるはずはない。
しっかり布団を掴んでめくられないようガードしていると、小さなため息のような声と共にさっきより近くで直江さんの声が聞こえた。

「私もあまり我慢強い方じゃありませんから、貴女が出てきて下さらないなら・・・何をしてしまうか分かりませんよ。」

「!」

その言葉に危機感を抱いたあたしは一生懸命掴んでいた布団を離して、勢い良く顔を出した。
そして目が合った直江さんは出てくるタイミングをまるで知っていたかのような笑顔でこっちを見ている。



――― また、やられた。



真っ赤な顔はまだ戻ってないし、布団の中からでてきたから髪はボサボサ、きっと凄く情けない顔をしてると思う。

「お帰りなさい。」

それでも直江さんがあたしを見る目はいつもと変わらない。
その事が嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
すると直江さんの目が僅かに細められたのに気付いて首を傾げた。

「直江さん?」

「・・・私以外の人間の前では、そんな表情カオ・・・見せないで下さいね。」

「そんな表情カオ?」

きょとんとした顔で直江さんを見つめれば、何故だかその瞳が一瞬揺れた気がして心臓が跳ねる。

「どうしたの?」

「その無邪気さが貴女の魅力のひとつでもありますが、男にとってその瞳は酷く危険なものなんですよ。」

「危険?」

「無邪気さは時に人の欲望を燃え上がらせる火種となるんです。」

「?」

背中に回されていた手が頬に添えられ、視線を固定される。

「まっすぐ人の目を見るその純粋さを、粉々に砕いてしまいたい欲を持っている男もいるのだと言う事を・・・覚えておいて下さい。」

「う、うん。」

「そして私も、その一人だという事も・・・」

「え?」

直江さんの言葉を聞き直すよりも先に、唇に直江さんの吐息を感じて反射的に目を閉じる。
話の流れから体が緊張で硬くなっていた・・・それを溶かしていくかのように軽く触れるだけのキスを、何度も何度も繰り返す。

やがて唇が離れていくのと同時にゆっくり目を開けると、直江さんがギュッと抱きしめて最後に額にキスをしてくれた。

「貴女が私の側にいる限り、壊したりはしませんよ。」

「・・・ん。」



離れたり・・・しない、絶対。
そういう意味を込めて直江さんのシャツをギュッと握り締めた。




それを見た直江さんはさっきまでまとっていた空気を散らして、穏やかな表情を浮かべてシャツを握った手に手を重ねた。

「さ、もう休みなさい。明日も早いのでしょう。」

「うん。」

そうだ・・・明日は朝一番で処理しなきゃいけない仕事があるんだ。
久し振りの大仕事だからちゃんと寝とかなくちゃ・・・。

けれど真面目な思考も直江さんの一言であっという間に遠く地平の彼方へ吹っ飛んでしまった。

「もし眠れないようなら、今からでも貴女の中を私で満たして差し上げますよ。」

「は?」

「眠れないなどと考える暇もないくらい、の頭の中を私で埋め尽くして差し上げます。」

「・・・え?」

「勿論この間のように貴女が翌日立ち上がれないような馬鹿な真似はしませんが。」

にっこり笑顔でそう言われて、クーラーで冷めかけた頬の熱さが再び戻ってきた。



どうしてこの人はそういう事を言うの!



「けっっ結構です!大人しく寝ます!」

「私としてはが眠れない方が好都合なんですが。」

寝ます!
って言うか寝れます!!絶対寝るーっ!!!

楽しそうに笑っている直江さんから逃げるようにベッドの端へ移動すると、思いっきり目を閉じた。





閉じて数分もしないうちに、背中に温かな物を感じて微かに目を開ける。

「直江・・・さん?」

「・・・何もしませんから、側にいさせてください。」

「・・・」

「クーラーは一晩中つけておきます。ですから、貴女が冷えないよう・・・こうして温めさせて下さい。」

耳元で囁くように言われるのが弱いって分かってて・・・言ってるんだもん。
顔をあげれば覗き込むように鳶色の瞳がこちらの様子を伺っている。
あぁもう、やっぱり敵わないよ、直江さん。

「朝、起こしてくれる?」

「勿論です。」

「・・・変な事しない?」

「善処します。」

真顔で言われたけど、信用していいのかな。
一瞬躊躇ったけど、それよりもクーラーから流れてくる冷気と直江さんの温かな腕の中が気持ちよくてさっきまでは感じられなかった睡魔に思考を奪われる。

「じゃぁ・・・温めて・・・」

くるりと直江さんの胸に擦り寄るように顔を近づけると、そのまま瞳を閉じた。



とくんとくんと聞こえる直江さんの鼓動が、今日のあたしの子守唄。










翌朝すっきり目覚めて会社へ行こうとした時、耳元に囁かれた一言が・・・あたしの足を止めた。

「明日はお休みですよね。」

・・・今日は家に帰ろう。

そう心に誓って仕事に出向いた。



――― けれど退社時間に迎えに来たウィンダムの主は・・・帰宅経路を朝と変更する事はなかった。





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蒸し暑い日をぶり返させていないかどうか、ちょっと心配な私(汗)
と言う訳で、ようやくこのシリーズも危険な男、直江信綱で最後です。
え〜・・・ご、ゴメンなさい(何故謝る!?)
私が直江さんを書くと、どうしても爽やか路線に行く事ができません!(笑)
だってどう甘めに書こうとしても暴走してしまうんだもん!(人はこれを言い訳という)
この話も深読みすれば危険がいっぱいな話となっています。
「え?」と思った可愛いウサギさんはそのままで(苦笑)
「・・・おいおい」と思った大人なウサギさんはニヤリと笑うだけに留めておいて下さい。
ちなみに私は書いていて「・・・おいおい」と思った大人なウサギです(笑)
今後、お相手が直江さんの場合。目標としては爽やかな話を書く!でしょうかね。
今年の夏、皆様の暑さを少しでも緩和出来ればいいなぁと思いつつこのシリーズを終わります(脱兎)