高耶の部屋に遊びに来たのに本人は不在。
しょうがないから台所に山積みになっていた使用済みのお皿を洗ったり、床に散らばっていた雑誌を片付けたりして暇を潰していたけど・・・まだ帰ってこない。つまんなくなって手近に積み上げた雑誌を一冊とってパラパラめくると、色んなバイクの写真が出て来た。

・・・ホンット、高耶ってバイク好きだよねぇ。





不意に頬に風が当たり誘われるように窓の外へ視線を向けると、外は曇り空で今にも雨が降り出しそうだ。
その様子が、まるで今のあたしの心を映しているみたいで・・・嫌になって目を反らす。

「何でこーなんだろ。」

コツンとテーブルに額をつけて目を閉じる。
意味もなく不安定になる心。
仕事だ、人間関係だ、と原因が分かれば手のうちようもあるが、今のこの状態は原因が分からないから手に負えない。年を取って落ち着いて行けば消える不安なのかもしれないけれど、社会人になっても・・・この原因不明とも言える不安は、消えない。

「はぁ・・・」

それでも高耶と出会って、彼の側にいると沈んだ気持ちが少しだけ軽くなる。

別に優しい言葉をかけてくれるわけでもない。
普段と違う事をしてくれる訳でもない。
ただ高耶が側にいてくれるだけで・・・あたしの気持ちは変わる。

だからあたしはいつも意味も無く気持ちが沈んだ時には・・・彼に、高耶に会いにくる。



――― 
ったく、そんな面倒なクセ持ったヤツの面倒見れるの俺くらいだろ?

――― 
そうなったらいつでも来いよ



って言って家の鍵くれたくせに・・・

「・・・それなのにいないんだもん。高耶の馬鹿。」

「だーれが馬鹿だって?」

今まで誰もいなかった部屋から突然聞こえた声。
顔をあげてキョロキョロ周りを見れば、バイクのメットを持った高耶が立っていた。

「不法侵入してんじゃねぇよ。」

「これくれたの、誰?」

そう言って目の高さで高耶がくれた鍵をゆらゆら揺らすと、その存在を思い出したかのように大きなため息をつくとずかずかとあたしの方へやってきた。

「・・・ひと言連絡入れろよ。」

「連絡入れたよ?携帯に。」

ジロリと睨むような高耶の視線・・・でもそんな目で睨んでも怖くない。
高耶の言葉がいくら乱暴でも、その心がとても優しい事知ってるから。

「入ってねぇぞ?」

「入れたもん。」

「入ってねぇって。」

「・・・入れたもん。」

「あのなぁ・・・」



本当は連絡なんか入れてない。
携帯電話だって今日は持ってきてない。
機械を通した高耶の声なんか聞きたくない。
目を見て、空気を感じて高耶と話したかったんだもん。



そんな思いを込めて、あたしの顔をキツイ目で睨んでいる高耶の目をじっと見つめていると、再び大きなため息をついた高耶が頬を緩めた。

「ま、来ちまったもんはしょうがねぇな。」

「・・・邪魔?」

「いや、もう用はすんだ。待ってろ、何か飲みモン持って来てやるよ。」

そう言うと高耶は部屋の隅にある小さな冷蔵庫へ向かって行った。



――― 高耶、外の・・・緑の匂いがする。

外の景色は相変わらず曇り空で、今にも雨が降りそうなのに・・・高耶からは爽やかな緑の草の匂いがする。



どこ行ってたんだろう・・・千秋に引っ張りまわされて出かけてたのかな?
それとも綾子にまたシグナルレースでもしかけられた?
・・・それとも、直江さんと会ってた、の・・・かな。



高耶が彼らと過ごす時間が増えるたびに不安になる。
自分の知らない所で、どんどん高耶が変わっていく不安。
そして手の届かない所で何かに巻き込まれている雰囲気を、最近の高耶は持っている。



窓から入ってきた風はやけに生暖かくて・・・気持ち悪い。
それがあたしの胸をいっそう締め付け、わけの分からない不安に包まれた。

「麦茶しかねぇけどいいよな。」

「・・・」

「・・・大体来るならなんか持って来いよ。」

「・・・」

「おい・・・」

「・・・」

「・・・聞けよ人の話。」

「いたっ!」

ビシッッ と言う音と共に額に激痛が走り思わず声を上げた。

「もーっデコピン止めてって言ってるでしょ?額真っ赤になると目立つんだから!」

「人に茶持って来させといて無視する方が悪い。」

「あ・・・ごめん。ありがとう。」

「・・・」

見れば目の前には氷の入った麦茶がキチンと置かれている。
あたし、何ボーッとしてたんだろう。

「・・・。」

「ん?」

「いや、何でもねぇ。」

「何?」

「・・・気にすんな、飲め。」

「・・・うん?変な高耶。」

何か言いたそうだけど、上手く言えないのか口ごもる高耶をつついても意味がないって事は付き合いだしてから学んだ事。
取り合えずお茶飲んで、高耶が落ち着いたら聞いてみよう。
そう一人で納得して目の前のお茶に手を伸ばしたらその手を高耶に掴まれた。

「何?」

「・・・」

「飲むなって事?」

「違う。」

「じゃぁ何?」

「あーったく!面倒なヤツだなお前はっ!!」

手を掴んでいない方の手で高耶がもう一度あたしの額にデコピンをした。

「っ!」

「俺の前で我慢すんなって言っただろっ!」

「いったぁ・・・」

「痛いだろうが!」

「痛いよ!」

高耶のデコピンは本当に痛い!すっごく痛い!
やってる方は笑ってるけど、やられる方は涙が出るほど痛い!
やり方が上手いのか、叩く場所がいいのか良くわかんないけど・・・今のは今までで一番痛い。
思わず目尻に浮かんだ涙が零れないよう、しっかり唇を結んで顔をあげた。

「突然なに!!」

反論するように顔をあげたあたしの額に更に高耶の指が当てられ、今にもデコピンしようとしている。

「ちょっ待って!!」

こんなに何度も叩かれたら赤くなるだけじゃなくて腫れちゃうよ!
そう思ってデコピンしようとしている高耶の手を遠ざけようと一生懸命押し返すけどビクともしない。
高耶は片手であたしは両手・・・それなのに、この力の差は何?
それでも一生懸命押し返そうとしているあたしの後頭部に、高耶のもう片方の手が添えられてそのままグイッと高耶の腕に抱き寄せられ、思わずバランスを崩す。

「た、高耶?」

突然の事に驚いてすぐに起き上がろうとしたけど、高耶はあたしの体をしっかり抱きしめたまま離さない。

「たか・・・」
「・・・泣けよ。」

「え?」

「痛いだろ、じゃぁ泣けよ。」

「・・・高、耶?」

「・・・お前が泣かないから、泣かせてんだよ。」

あたしと高耶の体に挟まれていた両手が、力なく滑り落ちる。

「一緒にいて、ずっとお前の事見てたからな・・・お前が今、泣きたいんだって事くらい分かる。」

「・・・」

「でも、泣けないんだろ?」

「・・・」

抵抗しなくなったあたしを見てから高耶が少し体を離すと、もう一度額に指を当てた。

「・・・痛けりゃ泣けよ。」

ビシッッ と、今日何度目かのデコピン。
ずきずきと痛む額、きっと真っ赤になって腫れてるんだろうな。
さっきよりも大粒の涙が目元に浮かび、唇が切れそうなほど噛み締めていると・・・高耶の指が唇を掠めた。



まるで 
――― 唇に傷をつけるな ――― とでも言うかのように



「ぶっさいくな面だな。」

「・・・っ・・・」

「おら、泣けよ。」

何だか笑ってるようにも聞こえる高耶の声に反論しようと口を開いた瞬間、堪えていた涙が溢れ出した。

「痛いぃーーーっ!!」

ぼろぼろととめどなく溢れる涙。
でもこれは高耶に叩かれた痛みで溢れた涙じゃない。

「痛いっ・・・痛いよーっ!」

「あ〜悪かった悪かった。」

ポンポンと投げやりにあたしの頭を撫でる高耶の手を掴んで、キッと睨む。

「痛いって何度も言ったのに!!」

「お前の額見てるとやりたくなるんだよ。」

うわーん!高耶の馬鹿ぁっ!」

「あーはいはい、馬鹿で結構。」

「年下のクセにーーっ!」

「その馬鹿で年下の俺に泣かされてるお前はもっと馬鹿だな。」

ニヤニヤと笑いながら、着ているシャツの裾であたしの涙を拭う。
高耶の正論に思わず息を飲んだけど、泣いた所為で勢いづいたあたしはそれくらいじゃ止められない。

「馬鹿じゃないもんっ!」

「あ?」

「あたし、馬鹿じゃないもん!!」

「・・・いーや、馬鹿だな。」

「何で言い切るの!」

「良く言うだろ?馬鹿なヤツほど可愛いって。」

側にあったティッシュの箱から何枚か紙を取ってゴシゴシとあたしの顔を拭くと、高耶はニッコリ笑ってこう言った。

は可愛い。」

「・・・」

「泣くのを我慢してるお前は不細工だけど、感情むき出しのお前は可愛いって思うぜ?」

「・・・可愛い?」

「あぁ。」

「・・・高耶、変。」

「マトモとは思っちゃいねぇよ・・・色々と、な。」

そう呟いた高耶の顔が何だか泣いているあたしよりも寂しげに見えて、思わず高耶の手を掴んでしまった。



「・・・抱いて欲しくなったか?」

「なっっ!?」

「ははっバーカ、何真っ赤になってんだよ♪」

「だっだって高耶がっ!」

「お前ぜってぇ年齢偽ってるだろ?」

「偽ってない!」

「いや、絶対お前俺よりガキだって。」

「う、煩い!」

「・・・もう暫くはお前に合わせてやるよ。」

そう言って笑いながらあたしの体を抱き寄せて、高耶はぎゅっと抱きしめてくれた。

「・・・やりすぎたな。」

「ううん・・・平気。」





高耶がそうしてくれたから泣けたし、心に溜まっていたモノ・・・吐き出せた。
あたしのこんな感情を引き出せるのも落ち着かせられるのも、高耶だけ。
あたしにとっての高耶がそうであるように、あたしも高耶にとって同じ様な存在になりたい・・・どんな事でも、全部受け止めたいって思う。
けど、無理なのかな?

だって高耶は以前みたいにあたしに言わない。
前は顔を見て、目を見れば大抵の事は分かったけど・・・今の高耶は時折知らない男の人のような顔をして遠くを見ているから、何も分からない。



でも・・・これだけは覚えてて、高耶。
高耶は高耶で、たとえあなたに何があったとしても・・・あたしは仰木高耶が、好きだよ。





BACK



100のお題からこっそり移行させましたが、コメントは殆ど弄ってません。

実はこれ、改訂版です(苦笑)当初この話のヒロインは年下と言うか同学年でした。
が、今後も炎の蜃気楼夢を書き続ける可能性が出てきたので・・・変更しました(笑)
キッカケは泣けないヒロインを泣かせる高耶、と言う物だったんですが・・・やーけに切ない(苦笑)
原因は「マトモとは思っちゃいねぇよ・・・色々と、な。」たった一言のこの台詞です。
これがなければ多分馬鹿ップルな話で終わったと思いますが、あの場で自然と高耶が口にした言葉だったのでどうしても消せませんでした。

ちょうどこの話を書いている(思いついた時)が小説で高耶が悩んでる時だったから出て来た台詞だと思うんですよ。高耶の人格を押し殺して景虎になろうとしてる・・・頃?かな?←こんな適当な人が夢小説書くなっての!(汗)
こんな蜃気楼初心者の私ですが、着いてきて来る人がいれば嬉しいなぁ(苦笑)