「・・・」
「ん〜・・・?」
「暑い。」
「うん、あたしも・・・今が梅雨なんて信じられないよね。」
「・・・だな。」
なんて事はない日常会話の中、暑さを少しでも軽減させようと高耶が団扇で扇ぐ音だけが部屋に響いていた・・・が、次の瞬間男女の怒鳴り声が部屋を占めた。
「・・・だったら背中から降りろ!!」
「やだっ!」
振り払おうとする高耶をは両手をしっかり首に巻きつけて離れまいと抵抗する。
「暑いって言ってんだろ!」
「いいでしょ、たまには!」
「たまじゃなくて毎回だろうがっ!」
「高耶さん、、冷たいものでも飲んで落ち着いてください。」
部屋に入ってきた直江は清潔感溢れる白いシャツに黒のズボン。
さすがの直江もこの湿度の高い時期に黒のジャケットとネクタイはないらしい。
「ありがとうございます、直江さん。」
けれど実際は高耶に「暑苦しい」と言われて脱いでいるのをは知らない。
じゃれあいながらもは冷たい麦茶を持ってきてくれた直江に礼を欠かさない。
この辺が高耶よりも年上、と言った所だろうか・・・逆を言えばそれと戸籍上の年齢しか彼女を高耶より年上と言い切るものがないとも言う。
「折角いらしていただいたのにクーラーが故障していてすみません。」
「ったくいつ直るんだ?」
「メーカーに機材を取り寄せていますので、数日は我慢していただかねばなりません。」
二人の前に座った直江が淡々と状況を告げる。
「はぁ〜・・・数日か・・・」
グラスの中身を一気に飲み干した高耶は大きなため息をつきながら空になったグラスをテーブルに戻した。
梅雨に入ったとは言え、最近の湿度と気温の高さは夏並みだ。
薄着をして、窓を全開にしていても入ってくる風は生暖かく心地良いものではない。
それでも直江の用意した飲み物はじっとり汗ばんだ体には心地良く、一気に飲み干したことで高耶の気持ちが少し落ち着いた。
しかし、視界の端から伸びている手は・・・いまだ背中から下りようとしないのもので、高耶の背中に乗ったまま一生懸命テーブルの上の飲み物を取ろうとしている。
高耶がグラスを渡してやればすむ話なのだが、そこまで甘やかす気はない。
「・・・お前、いい加減離れろよ。」
「やーだ!」
が高耶から離れないのにはわけがある。
元々高耶は忙しい人間なので、突然行方をくらますことがある。
それでも恋人であるには何らかの手段で現在地といつ戻るかという連絡をしているのだが、今回はそれがなかった。
暇を見つけては高耶や直江の家にやってきて、二人の帰りを今か今かと待ち続け昨日ようやく直江の家で二人を確保したのだ。
「連絡しなかった理由は説明したろ?」
「説明されても次が無いとは限らないでしょ!」
図星を言い当てられた高耶は一瞬言葉に詰まったが、首に絡められたの手に自分の手を添えて彼女の名を呼んだ。
「・・・。」
「な、何?」
今まで眉間に皺を寄せていた彼氏が柔らかな表情で自分の名を呼んだので、思わずときめいたの手が一瞬緩む。
その隙に高耶はの腕の中から抜け出ると、バランスを崩したはそのままソファーの背を乗り越えてクッションの上に顔から落ちた。
「あはははっばぁ〜か!何やってんだよ。」
「いっつ〜・・・」
ソファーに鼻から突っ込んだは楽しそうに笑っている高耶をそのままの体勢で睨む。
「いきなり避けないでよ!」
「お前がいつまでたっても離れないからだろ!」
「離れたくないんだもん!」
「暑いって言ってんだろ!」
「くっつきたいんだからいいでしょ!」
暑さと湿度が二人の脳を徐々に溶かし始めている。
目の前で二人の様子を眺めている直江は、どうみても子猫がじゃれあってるようにしか見えなくて笑みがこぼれるのを必死でこらえていた。
直江が温かく見守る中、子猫の喧嘩は更に白熱していく。
「誰でもいいっていうのか!」
「側にいたのが高耶なんだもん!」
「じゃぁ直江にでもくっついてろ!」
「分かった!」
「え?」
高耶の指先が直江に向いている。
そして、何やら目の据わったがじっと直江を見ている。
「・・・」
「直江、が飛びつきたいらしい・・・動くな。」
「私は別に構いませんが・・・」
険しい表情をした高耶から、視線をの方へ動かす。
まるで新しいおもちゃを見つけていつ飛び掛ろうかとタイミングを計る猫のようなを見て直江は頬を緩めざるを得ない。
普段であれば彼女が他の男へ目を向けることを嫌がる高耶だが、この暑さで疲労している所為か思考回路は停滞しているようだ。
じりじりと自分との距離を詰めるを見て直江はおもむろに席を立った。
「・・・あ」
ソファーに座っていればたやすく飛びつけるはずだったが、席を立たれては高耶のように飛びつくことは容易ではない。
気分は小さな子供がおおきな鉄棒に手を伸ばそうとする感じだ。
そんなの戸惑いなどお構いなしに、直江は両手をの方へ差し出した。
「前からでも後ろからでもどうぞ。」
あの直江に、穏やかな笑みを浮かべてそんな事を言われて実行できる人間がいるのだろうか・・・いや、いない。
売り言葉に買い言葉で直江に向かってきたも、ここでようやく脳みそが動き始めた。
「・・・あ、その・・・えっと・・・」
「私はどちらかと言うと抱きしめる方が好きなんですが、はどちらがいいですか?」
「「は?」」
疑問の声を上げたのはだけではない。
ついさっきまで怒気を撒き散らしていた高耶も同時である。
「少ししゃがみましょうか?」
「・・・あ、あの・・・」
「それとも私が抱き上げて差し上げましょうか?」
暑さと直江の笑みにのぼせて顔を真っ赤にしたの前に少し屈むと、直江はあっという間に彼女の体を抱き上げた。
「!!!」
「随分軽いですね。この軽さなら、何時背中にのられても私は一向に構いませんよ。」
「直江!!」
を抱き上げた瞬間、高耶が直江の名を叫んだ。
「どうしました、高耶さん。」
「・・・俺は抱き上げろ、と言った覚えは無い。」
「動くな、とは言われましたが手を出すなとは言われていませんよ。」
「・・・」
腕の中のはただただ現状に驚いて、直江の腕の中で硬直している。
「・・・を、離せ。」
「・・・もう彼女を邪険に扱いませんか。」
「てめぇに言われる筋合いはねぇ!」
射殺すような目で言い切った高耶を見て、直江は抱き上げたの体を足先から地面に下ろした。
高耶はの足が床について直江の手が離れるよりも先に、その体を自分の背中に隠しキッと直江を睨む。
ついさっきまでその視線を向けていたはずの相手を背に庇い、関係ない顔をしていた直江を今は睨んでいる。
――― この人は独占欲の塊、だな
そんな事を考えながら直江は高耶の耳元に何か小声で囁くと、飲み物のお替りをお持ちしますと言って空のグラスと共に部屋を出て行った。
残された高耶はいまだ頬を染めているを振り返ると、その頬を思いっきり引っ張った。
「何されるがままになってんだよ!」
「い〜た〜ひぃ〜・・・」
頬を引っ張られてが意識を取り戻し、じたばた暴れだした。
「他の男に抱かれてんじゃねぇ!」
「え?」
「・・・っ」
思わず洩れた高耶の言葉にの目がキラリと輝いた。
「何?何?」
「・・・何でもない。」
「え?でも今・・・」
「何でもないって言ってんだろ!お前大人しく座ってろ!」
トンッと肩を押されてよろけるようにさっきまで高耶が座っていたソファーへ座らせられる。
「ちょっ・・・」
荷物みたいに扱うな!と文句のひとつでも言ってやろうとしたの肩を高耶がしっかり押さえて顔を覗き込む。
何処か不安そうな顔をした高耶を見て、は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
「・・・高耶?」
「・・・」
「?」
じっと高耶の目を見つめるが、何を考えているのか良く分からない。
首をかしげて高耶の様子を伺っていると、高耶が大きなため息をついての肩を掴んだままその場にしゃがみこんだ。
「高耶!?」
「・・・も、いーや。それがお前だもんな。」
「はぁ?」
「疲れた、少し寝る。」
そう言うと高耶はソファーに座っているの膝に頭を乗せるとそのまま目を閉じた。
「ちょっ高耶?」
「30分経ったら起こしてくれ。」
部屋にかけられている時計を指差した高耶は大きなあくびをひとつするとそのまま静かに瞳を伏せた。
残されたは自分の膝枕で眠る恋人を呆然と見つめるだけ。
抱きつくなって言ったり、離れろって言ったと思ったら・・・今度は自分からこうして甘えてくる。
「・・・わ、わからん。」
高耶の言動と行動の意味が分からなくて、再度首を傾げていたら・・・部屋の扉が静かに開いて直江が新しい飲み物を手に入ってきた。
膝枕で眠る高耶を見つけて口元を緩めた直江が、音を立てないようの分だけ飲み物をテーブルに置く。
「・・・高耶さんの分は目覚めた頃、お持ちします。」
「すみません。」
二人とも高耶に気遣って小声で話し、直江はそのまま部屋を出て行った。
さっきまでは背中に手を置くだけでも暑がっていた高耶が、額に汗しながらそれでもの膝の上で気持ちよさそうに目を閉じて眠っている。
暑くても、寒くても・・・大切な者の側にいれば、それすらも心地良いものになる。
は直江の持ってきてくれた冷たい麦茶のグラスを両手で暫く握ると、少し冷えた手を高耶の頬に当ててやった。
瞬間、その冷たさを心地よさそうに感じて目を細める高耶。
そんな高耶を愛しげに見つめるは、夏の太陽よりも温かい微笑みを宿していた。
蒸し暑い梅雨も夏もとっくに終わってるっつーの!!
見て分かるとおりこれを書いたのは初夏、です(苦笑)
暑くてもとりあえず高耶にべったりくっついていたかったので、実行してみました(笑)
背中から飛びつくのとか好きなんです〜♪
あ、ちなみに直江が囁いた一言は、高耶を煽るためのものです(笑)
「あなたが大切にしないのなら、私が奪います」とね(笑)
基本的に温かく見守る、人、の・・・つもり(汗)
↑なぜかというと直江さんの愛の大きさはあたしには書けないから。
基本的に独占欲の固まりですよ、夜叉衆の面々は。勿論、綾子もね(笑)←そういうの大好きw
残暑も終わって涼しい日が続く中、UPしてしまうのも何だかなぁ(苦笑)