「…そないなとこおらんと、こっちおいで」
三味線を弾く手を止めて、視線を向ける。
けれど、こちらに背を向けている小さな影が動く気配は無い。
「なぁ…どうせなら、俺のそばで聞き…いつものように」
「…邪魔、したくないもん」
「邪魔やったら、声なんてかけんよ…おいで」
椅子から立ち上がり、こちらへやって来た幼馴染の顔を見て微笑む。
「が泣きそうな顔せんでええんよ」
「…泣いてないもん」
「素直やないねぇ」
三味線を膝に乗せ、手を伸ばして彼女の頬にある濡れた線を指で拭う。
「あんたは口よりも身体のが素直や」
「…なんかそれ、えっち」
「ふふっ…なんのことやろ。それとも、その意味聞いて欲しいん?」
「………ばか」
「はいはい」
隣に座るよう促し、そこで膝を抱えてこちらを見ている彼女のために、再び三味線を弾く。
さっきまで感じとった…孤独。
せやけど、この子が隣におるだけで、なんでか音に温かなもんを感じる。
不思議やね…ただ、そばにがおるだけやのに、心がほっとするわ。
音の違いに酔いしれて、どれくらい弾いたか。
ふぅ…と息を吐き、爪を外して隣を見れば、舟を漕いどる小さな身体。
「なんや、寝てしもうたん」
今夜も熱帯夜いうわりに、吹く風は心地よい涼しさを運んどる。
それに三味線の音が加われば、大抵のお人は夢の世界へ向かってしまうかもしれへんね。
の頬にかかった髪をはらうように吹いた一陣の風。
その風に乗せるよう、思わずぽろりと洩れた本音。
「…あんたがおれば、寂しいと思わんようになったんよ」
膝に乗せていた三味線をどけて、その場所へ眠り込んでしまった愛しい者の頭をそっと乗せる。
「演奏が終わっても、こうしてあんたの温もりを感じられたら…俺は、生きとるって…思える。だから、そばに…おって。お願いや…」
さらりと零れ落ちた自らの髪で隠しながら、眠る彼女の額にキスをひとつ。
まじないとも、願いともとれる…約束の、キス。
「約束…な」
CDで三味線を弾いている蓬生があまりに儚げで、寂しげだったので…ひとりにしたくなかったんです。
2010/07/27(2010/07/31手直し)