森の広場から、職員室へ向かい、次に音楽準備室へと走り出す。
違うかもしれない、でも、違わないかもしれない。
でも、こういうのは、早く…早く確認した方がいい。

「金やん!!」

がらりと音を立てて音楽準備室のドアを開けると、机に突っ伏している影を見つけた。

「…金やん?」

声をかけても動く気配がない。
もしかして、眠っているのかと思い、そっとドアを閉めてから、そろりそろりと近づく。

寝ているか顔を見て確認しようと思ったけれど、それよりも先に規則正しい寝息と、微かに上下する白衣に気づき、足を止めた。

「……寝てるってことは、違ったのかな」



森の広場で、ハナさんが声をかけたのは…金やんだと思った。
その後、白衣が見えた気がしたから、金やんだと…思い込んでいた。



違ったら、いいのに…

ぽつりと呟き、寝ている金やんに擦り寄るように顔を寄せる。

「…あんなとこ、見られたくない」

「見られたらまずいことでもあるのか」

「っ!!!」

寝ていると思って呟いた声に、はっきりと声を返されて思わず跳ね起きる。

「か、かなっ……」

「…おはよーさん」

むくりと起き上がった金やんが前髪をかきあげ、大きなあくびをひとつした。

「お、おはようございます」

「おー……」

挨拶の後、暫しの沈黙。

こっちを見る金やんの眼差しは、寝起きだから…という理由ではなくても、少し怖い。
何をどこから話していいのかわからず、視線をさ迷わせていたら、大きくため息をついた後、金やんが先に口を開いた。

「…で?」

「は、はい!!

「俺は、まだ、お前さんの返事を聞いてないが?」

「へ、返事…」

「「見られたらまずいことでもあるのか」という問いに対する返事、だ」

質問というよりも、詰問しているような声音。

「ない!ないです!」

「…そーか」

両手と首を振って、否定したけれど、金やんは未だ納得してないような顔をしている。



やっぱりあの場に、金やんはいたんだ…そして、見て、聞いていたんだ。



金やんを探している時に、ずっと考えていた。
もしも、誰かが金やんに告白している場面を見てしまったら…自分はどう思うか、どんな気持ちになるか。

凄く…嫌な気持ちになった。
そして、それと同時に…不安になった。

だから、金やんを探した。
大人な金やんは、もしかしたら不安とかそんなこと思っていないかもしれないけれど、ちゃんと…言葉にして、伝えたいって。



感情に煽られて声が大きくならないよう、ぎゅっと拳を握り締めて堪える。

「ちゃんと、断った…から」

声が微かに震えたけれど、それでも言わなきゃいけない。
ちゃんと、伝えなきゃいけない。

「…?」

「…好きな人が、誰より…大事な人がいるから。その人以外、考えられないからごめんなさいって」

「………」

学内では、言葉に出来ない…しちゃいけない。
でも、この気持ちだけは…今、伝えたい。

「あたしが好きなのは…、大好きなのは…    」

続きは音にせず、唇を動かすことで伝える。
でも、それによって溢れた感情は、目元を濡らす結果となった。

「だかっ…
ら……

「あぁ…わかった。わかったから…」

泣き出してしまったあたしの身体を、金やんが抱きしめてくれる。

「…お前さんの気持ち、ちゃんと伝わったよ」

金や…んっ…

「あー…ったく、情けねぇなぁ…お前さんに気ぃ使わせちまうなんて」

「…逆、考えたっ…ら

「それが気を使ってるってことだって…」

微かな笑い声と共に、こつんと額を重ねられた。

「ありがとさん。お前さんの気持ち、うれしかったぜ」

「金やん…」

「最後まであの場にいられなかったから…どうなったか、正直気になってた」

「…そ、なの?」

「最後まで聞いちまってたら…その、なんだ…邪魔しちまいそうだったし、な」

「邪魔…?」

僅かに頬を赤らめて顔を離した金やんの白衣をぎゅっと掴んで、その続きを聞こうとじっと見つめる。

「邪魔って?」

「…お前さん、聞くか?この流れで…」

「だって、わかんないもん」

目を逸らさずじっと見つめていれば、やがて諦めのようなため息をついて、消えそうな声で呟かれた。

「だから…その、お前さんは俺のもんだ…なんて、言うわけにいかんだろう」

その言葉と、照れ隠しに頭をかく金やんを見た瞬間、心の中にあった不安が一気に吹き飛んだ。

「もう一回言って!」

「はぁ!?」

「ね、もう一回!」

「ば、馬鹿!言えるか!」

「やだっ、言って!聞きたい!!」

「あー、ほら、そろそろ下校時刻だ。生徒は帰る時間だぞぉ〜」

「こんな時ばっかり先生ずるいずるいずるい!」

「大人ってのはずるいもんだ」

ぐいっと胸に押し付けるように鞄を押し付けられ、頬を僅かに膨らせる。

…ぶぅ

「おー、よく膨らんでるな」

にやにや笑いながら頬をつつく姿からは、音楽準備室へ入った時に見た表情も空気も感じられない。
いつもの…大好きな金やんの姿だ。
言われるがままにドアへ向かい、挨拶をして帰ろうとした瞬間、声をかけられる。



「…はい?」

「………時が来たら、いやってほど、言ってやるよ」

「金やん…」

「…だから、今は勘弁してくれや」

「うん!!……それじゃあ、先生さようなら!」

「へいへい、さよーならっと」

元気良く挨拶をし、ぺこりと頭を下げて歩き出す。
入る前と出た後の足取りが違うのは、心の中の不安が全て消え、楽しみが増えたからかもしれない。





BACK



気づいたら三部作になりました…わかりにくくてすいません。
えー…36→42→25…で終わりです(苦笑)
金やんも妬いてくれればいいよ!
で、断ったって聞いて安堵すればいいよ!
いいじゃん!そーいうの好きだよ!私が!!(おい)
2010/07/31