「はぁ、しんど…」
まとわりつく湿度の高さに辟易しつつ、少しでも暑さを和らげるために持参した浴衣に袖を通す。
帯に手を伸ばしたところで、ベッドに放り投げていた携帯が小さく震えたのに気づいて液晶へ目をやる。
映し出された名前に気づくと、帯もそのままに、反射的に通話ボタンを押していた。
『こんばんは、蓬生。今ちょっと時間いい?』
「ええよ…けど、どないしたん、さんから電話なんて珍しいやん」
ベッドへ腰掛け、神戸へいた時には毎週会っていた人物の声に耳を傾ける。
「ひょっとして、俺が恋しゅうなったん?」
『ち、違う、よ!』
「ふふ…相変わらず嘘が下手やね。けど、今機嫌いいから、騙されたるわ。それで、本当にどないしたん?」
『蓬生、もしかして忘れてる?』
「何を?」
何か約束しとったやろか?
けど、大会中は集中したい言うてあるから、彼女との予定はいれとらんはず。
暫しの沈黙をどう思ったのか、電話向こうからわざとらしいくらいの大きなため息が聞こえた。
『…本っ当、ラブラブだわ』
「あんたと、俺?」
『ちーがーう。千秋と蓬生のこと』
「…さん、それ、寒い冗談やで」
『だって、千秋のことしか考えてないってことじゃない』
「まぁ、明日は千秋のソロファイナルやから…」
と、口にしたところで、ある事に気付く。
『…ようやく気づいた?』
「もしかして、さんが電話くれたんって…」
一度携帯を耳から離し、表示されている日時を見た。
8/21 0:05
『お誕生日おめでとう、蓬生』
「……うわ、それ反則や」
『覚えてない自分が悪いんでしょ?』
悪戯を成功させたかのように楽しそうに笑う彼女の姿が目に浮かぶ。
『19歳か…来年の誕生日には、お祝いにお姉さんがお酒を奢ってあげましょう』
「ふふ、ほな車で行こか」
『何言ってるの。お酒飲むんだから、運転駄目でしょ?』
「だから、やないの。酒飲んだら、運転はあかん。そしたら、泊まるしかないやん」
『…………ちゃっかり者』
「お褒めに預かり光栄や」
0時を越え、19歳となった俺に最初に声をかけてくれたのは…彼女。
これから先も、年を重ねるたびに…最初に言葉を交わすなら、彼女がいい。
――― さんじゃないと…あかん
『さて、それじゃあ明日も千秋の応援なんでしょ?そろそろ休んで』
「なぁ、さん」
『ん?』
「ひとつ誕生日のおねだりしてもええ?」
『珍しく可愛いこと言って。なに?』
年上の余裕で、軽く受けてくれることは、話の流れから容易に想像ついとる。
「キス、して欲しいわ」
『……はい?』
「あれ?聞こえんかった?だから、さんからキスして」
『……いやいや、だから、はい?』
「ええ子にしとるから…」
真っ赤なトマトのように頬を染めて、どうすればいいか目が泳ぐ姿が脳裏にありありと浮かび、思わず吹きだしそうになる口元を押さえて相手の反応を待つ。
『うぅ……』
「ほら、早う」
『……わ、わ、わかったよっ』
戸惑い半分、照れ隠し半分。
電話の向こうで、こちらに聞こえるよう数回深呼吸を繰り返した後、静かな夜に甘い声が響く。
『蓬生、誕生日おめでとう…… 』
うれしくて頬がゆるみ、思わず本音が漏れる。
「…なぁもう一回」
『ばか……』
「馬鹿でも阿呆でもええから、な…もう一回」
優しくて、俺にめっぽう甘い…愛しい人。
あかん…
声聞いて、キスされて…
…今すぐ会いたい思ってしもうたわ。
な…今度会うたら、続き……してもええ?
蓬生お誕生日おめでとーっ!!
…と、ブログでお祝いしたのを再度校正して、設定がどこにもない年上Verなので、ここに放り込んだ。
誕生日を祝うのも、今度会ったら続きがあるのも必然。
2010/08/20