これでもう何度目…いや、何十回目だろう。
彼女の料理を口にするのは。
けれど、以前に比べ、目の前に出されたものは食べ物と認識できる固体だ。
少なくとも、色合いも現実的食べ物と比較できるものだ。
だがしかし…
「…………あのォ、ちゃん?」
「みなまで言うな」
「…ハーイ」
言われたとおり口をつぐみ、スープだと出されたものに、スプーンを突き立てた……が、パキリと音を立ててそれは折れた。
「………」
「…アリガト」
ほぼ無言で差し出された大量のスプーンを受取ると、俺は目の前のモノに再びスプーンを突きたてた。
数時間後、なんとか空になった器の前で額の汗を拭ってから両手を合わせた。
「ゴチソーさまでした」
「…ご苦労様」
「一応ここは、お粗末サマ…じゃない?」
「いや、今日は…ご苦労様の方が合っている気がする」
「まぁ、間違えちゃいないネ」
確かに、少々疲れたから、今日はその台詞が合っているといわれればそのような気がする。
いつものように、食後には市販の缶コーヒーが出されるので、そちらも有り難くいただく。
難なく開くフタを物足りなく感じる誤った感覚を遠くへふっとばし、皿を片付ける彼女の背に声をかけた。
「随分進歩したね」
「そうか…?」
「そりゃー、最初に比べれば月に住んでいるといわれるウサギが宇宙船で地球へやって来て、秋○原で電化製品を買いあさるぐらいの進歩だと思うよ」
「…バロックヒートの言葉は、たまに良く分からない」
「簡単に言えば、食べられるようになったってこと」
そう…彼女の作った物を、口にすることが出来た。
例えそれが、掘り出すのに苦労した挙句、スプーンの欠片が混じったものだとしても、口に出来たのだ。
「……そう、か」
――― 好きな相手には、手料理をご馳走するものだ
何も知らなかったキミが、たまたま読んだ本から得た知識。
俺のことが好きだから、料理を作るのだ…と、言ってくれた時、どれほど嬉しかったか。
教えると言っても、自分ひとりでやらねば意味がないと…日々試行錯誤を繰り返す。
そんな日々を繰り返すうちに、何も知らなかったキミが料理と共に、様々な表情を覚えていく。
「きっと、次はスプーンが刺さる料理が食べられるね」
「あぁ、任せてくれ」
気づいてる?
今のキミの笑顔が、どれほど素敵なものか…
ほんの少し緩められた口元と、瞳が…
どれだけ俺の心を捕らえているか
「楽しみにしていてくれ、バロックヒート」
「…あぁ」
そして、俺は…明日もドアを叩く。
愛しいキミが、俺のために作る料理を、口にするために…
ひーちゃんは、いい子だと思うんだ。
そして声は勿論三木眞なんだ。
2010/6/24