見知った姿を森の広場で見つけ、声をかける。
「?」
「…んー…」
だが、彼女は水面を見つめたまま、こちらに気づかない。
何か落し物でもしたのだろうか。
「」
「見えないなぁ…って、うわっ!」
「驚かせてしまったか、すまない」
何度か声をかけたが、気づくまで隣に立つべきではなかったか。
「驚かせてすまない。何か落としたのか」
「え?」
「先ほどからずっと池を見ていたようなので、何か落としたのなら手伝おうと思って声をかけたんだが」
「あ、違う違う。落としたわけじゃないの」
「そうか」
「うん。心配してくれてありがとう、如月くん」
「いや…困っていないのならばいい」
これ以上ここにいても邪魔になるだけだ。
そう思い、立ち去ろうとしたが、彼女が見つめているものが何か気になり、再び声をかける。
「…」
「はい?」
「聞いてもいいだろうか」
「どうぞ?」
膝に手を置いて、池を覗き込んだままの彼女へ尋ねる。
「何を…見ているんだ?」
「…人影、かな」
「人影?」
「うん。かなでちゃんから聞いたんだけどね」
「かなでから?」
「森の広場にある池のほとりの石の上に立って池を覗き込むと、初恋の人の顔が水面に映るんだって」
「そうなのか」
初めて聞いた。
そういえば、一時期森の広場の池が話題にあがっていたが、そういう理由だったのか。
「だから、あたしは誰が映るかなぁと思って見てるんだけど」
「あぁ」
「見えないんだよねぇ」
「初恋は主に、身近な人物や、または憧れている人物という可能性が高い。幼い頃、そばにいた人物が浮かぶのではないか?」
「だからこそ、見てるの」
同じ体勢でいたことに疲れたのか、彼女が膝を伸ばして両手を大きく広げた。
「千秋と蓬生、どっちかなって」
「東金と、土岐?」
「うん。長くいるのは千秋だけど、初恋の時期を考えると蓬生も含まれるかなって」
「なるほど」
「でもね、水面に映ったのは、小さな男の子の背中なの。しかもヴァイオリンを持ってる」
「確かに、その条件では特定することは難しいな」
「でしょ?だから見てるんだけど、それ以上は…」
よほど真剣に見つめていたのか、彼女の表情にやや疲労の色が見える。
「日を改めてみてはどうだろう」
「え?」
「根を詰めすぎては何事も良くない」
「確かに、言えてる」
「明日にでも気楽に挑戦してみるといい」
「そうだね、そうしてみる。ありがとう、如月くん」
「いや、問題ない」
大きく手を振りながら池を後にする彼女を見送り、何気なく石の上に立ち、水面を覗き込んだ。
そこにいたのは…小さな少女。
けれど、記憶にあるかなでとは違うようだ。
「…これは、誰だ」
それをよく見ようと、眼鏡のブリッジを指で直そうとした瞬間、水面が揺れた。
「?」
視線を向ければ、広場にいた猫が池の水を飲んでいる。
その波紋で、水面に浮かんだ少女は、まるで童話の人魚姫のように泡となって消えてしまった。
「……明日、もう一度挑戦してみるか」
やや後ろ髪を引かれる奇妙な感覚を胸に抱きながら、その場を離れる。
あの時見えた、あの少女は…一体、誰だ。
なんかの大会会場で、千秋と一緒に来てた的なヒロインだと楽しいよね、みたいな。
2010/11/18