「…蓬生」

「なんや…花火、見に行ったんとちゃうん」

夜空を彩る大輪の花。
近くで見れば見るほど、どんっ身体に響く力強い音。

そして、花火といえば…必ず出てくる屋台。
それら全部ひっくるめて、好き…だ。

「あぁ、あんたが好きなんは花火やのうて…飴ちゃんやったね」

くすくすと笑う蓬生が言っている飴ちゃんというのは、りんご飴の事。

「毎年仰山買うて…千秋に、腹壊す…言われて怒られとるけど、今年は大丈夫そうやね」

「まだ花火はこれで終わりじゃない!」



そう、終わりじゃない。
まだ、夏は…終わらない。

終わってなんか、ないんだから。




「……おいで」

…なんで

「そないな顔せんでええ…悔いはない」

「そんなっ…顔…て…

「あんま、困らせんといて」

遠くで、花火の上がる音がする。
きっと目を開ければ、夜空を彩る花火が見れるんだろう。

「…あんたが泣く必要なんてどこにもあらへんよ」

「泣いて…なん、か…ないもっ…

「ほんま…嘘のつけん子やね。可愛えよ…」



素直なんかじゃない
可愛くなんてない




自分が泣くのは、おかしい。
だって、あたしは何もしていないんだから。
ただ、蓬生と千秋についてきただけ…今回のコンクールに参加も、してない。
ただの、観客だ。

……っ…

それでも、悔しい。
最後の夏…あんなに毎日頑張って来た千秋と蓬生が、負けるなんて。

「ほら、もう泣き止み…可愛い目が、赤うなってまうやないの」

ふ…っ…ぇ…

ヴァイオリンを奏でる蓬生の細くて長い指先が、涙を拭ってくれるけれど、後から後から溢れてきて…止まらない。

ほ…
せぇ…

ぎゅっと皺になるほど蓬生の服をぎゅっと掴む。

「困った子やね…」

ため息交じりの声…だけど、背中にまわされている手は、落ち着かせるようぽんぽんと動いてる。

を泣かせた…なんて、千秋にバレたらどないなるか、わからんわけやないやろ?」

ち…あ、きのせ…でもあるっ……

「…それもそうやね」










ぽんぽん…と背を叩かれ、少しずつ少しずつ…こみ上げる感情が落ち着きを取り戻してきた。
やがて、どんっ!…と一段と大きな音が聞こえ、反射的に顔をあげると…蓬生の肩越しに、大きな花火が夜空を彩っていた。

「……っ」

綺麗…と続けようとしたあたしの声は、覆いかぶさってきた影に邪魔されて…音となることはなかった。
花火があがる音は引き続き聞こえるけれど、あたしの視線は…目の前の人物に固定されたまま。

「そない可愛い泣き顔見せられたら…我慢出来へんわ」

「………」

「泣いたカラスがもう笑う…いや、泣いたカラスが…赤うなる…やね」

くすくすと…さっきよりも楽しそうに笑う蓬生。
そして、連続であがる花火に負けない勢いで赤くなる顔と、高鳴る鼓動。

「ほっ、蓬生…い、今…」

「キス、したで」

「きっ!?」

「わからんかったなら、も一度したろか…ほな、目ぇ閉じ…」

「ちょっ、や、ばかばかばかっ!ここどこだと思ってんの!?」

「ここは…菩提樹寮の庭、やね」

「誰が見てるかわかんないじゃない!」

「なら、見てないとこならええちゅうこと?なら、部屋…行こか」

「はぁ!?」

背に回されていた手が顔に伸び、涙を拭う時とは全く違う仕草で頬を掠めていく。

「けど、部屋じゃキスで止まるかどうか…わからんよ」

「っ!!」

「可愛い顔、見せたあんたが悪い」



最後のコンクールでの敗北。
けれど、どこか爽やかな顔をしていた蓬生。

それがいつもと違っていたから、気になって心配したのに…




「ほな、誰か来る前に行こか」

「ばかっ!行かないっ!

「無理強いはしとうないけど…あんまり焦らされるんはいややわ」

「焦らしてなんかいないっ!」

「このままここにおったら…暑さでおかしゅうなって、多少のことなんてどうでもよくなりそうやわ」

「元から蓬生はおかしいでしょ!」

「いけずなこと言うもんやないで…。そんな俺に惚れてるのは、どこの誰?」

「蓬生の心配したあたしが馬鹿だった!」

「ははは…冗談や」

蓬生から溢れる色香は、いつもあたしを惑わせる。
女のあたしよりも数倍も数十倍も色っぽい。

「なんもせえへんから、も少し花火見よう。二人きりで…な?」

内緒話を咎めるよう、唇に人差し指を立てて微笑む。

そんな仕草ひとつで、あたしの動きを止めてしまう。
あたしの心を…捕らえてしまう。

「…何も、しない?」

「ふふ…して欲しいなら、ご期待に添うてあげるよ」

さっきよりも穏やかな表情で、肩を抱かれる。
すると、それに合わせるよう…夜空にひときわ大きな花火が上がった。

「…夏も、終わりやね」

「でも、また…夏は来るよ」

高校三年生の夏は、これで終わる。
でも、また新しい未来に向かって…進む、歩き始める。

「来年は、誰と花火見るのかな」

「…悪い子やね。俺以外の誰と見る言うん」

「蓬生と二人、とは限らないんじゃない?」

「はぁ…あんたがこないに意地悪になるなんて、千秋のせいやろか」

「蓬生のせいじゃない?」

くすくす笑うあたしと、やれやれと言った表情の蓬生。

「…悪い子には、おしおきや」

頬に手を添えられると同時に、目を閉じて、僅かに顎を上に傾ける。



花火が鳴り終っても、あたしと蓬生は…暫くその場から動くことは、なかった。





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勝負の結果、敗北…ということになりました。
ゲームの中ではすっきりしてたけど、二人をそばで見てたら、こうなる人もいてもいいんじゃないかと。
あの二人があーだからこそ、感情を露わに出す人が必要だろう…と。
2010/09/28