普段は着ないタイプの浴衣を選んで
色つきリップじゃなくて、ちゃんと口紅で唇を彩って
綺麗に髪も纏め上げて、香水もつけた。



これなら、絶対イける!!

…と、勝手に勝負を挑む気持ちで待合せていた玄関ホールに向かい、そこに佇む人を見て、がっくり肩を落とした。

「…………負けた」

夏場に見慣れたといってもいい、蓬生の着流し姿。
特に変わったとこがあるわけじゃないのに、どうして気合いをいれた自分よりも色気に溢れているのだろう。



あの、長い髪だろうか
それとも、白い肌だろうか
すらりとバランスよく伸びた背だろうか

どちらにせよ、仕草ひとつで、艶かしい色香に飲まれてしまいそうだ。

…やっぱり、無理あったのかな

ここへ来るまでの気合いが一気にしぼみ、戦わずして負けた気分で、待ち人の下へ足を進めた。

「お待たせ…」

「……へぇ…」

出迎えの言葉が蓬生らしくなくて、俯いていた顔を上げる。

「ええね、の浴衣姿」

「…へ?」

先程の色香を纏ったまま、蓬生の手が伸び、頬に触れる。

「今まで着たことないんと違う?」

「あ、うん…似合わない、かな」

「そんなことない。よう似合うとる」

蓬生に褒められて自然と表情が明るくなる自分は単純だと思う。

「ありがとう」

「それに…」

頬に添えられていた手が、頭に回ったかと思うと、そのまま蓬生が首筋に顔を寄せてきた。

「なんや、ええ香りがする」

「つ、つけてみた。香水…」

「この間、あげたの…使うてくれたん?」

自分がつけた香水よりも、蓬生がまとっている香の香りに酔いそうで、息をとめて首を縦に振った。

「ふふっ…ありがとう。嬉しいわ」

「あの、そ、そろそろ…行かない?」

こんな所で抱きしめられたままじゃ、こっちの心臓がもちそうにない。
だから、お祭へ行こうと声をかけたんだけど、蓬生は暫く動かない。

「……蓬生?」

あかん…

ぽつりと呟かれた声と同時に、蓬生の手が腰に回り、抱き寄せられる。

「こない綺麗なあんたを連れ出して、他の人に見せるなんて…いやや」

「…蓬生」

「けど、見せびらかしたい気ぃもするんよ…俺の彼女、こないに綺麗で可愛いんよ…って」

耳元で囁かれる彼の呟きは、あたしの熱を高めるには充分すぎる。

「なぁ、。祭の間、手ぇ離さへんって約束して」

背に回されていた手が、探るようにあたしの手に触れ、細い指が絡めとるようにあたしの指に絡む。

「せやないと、このまま部屋連れ込んでまうわ」

「…それは、駄目」

そんな事になったら、時間をかけて整えた姿があっという間に元の姿に戻ってしまう。
だから、蓬生の約束を叶える意味を込めて、絡めた指に少し力を入れる。

「折角蓬生のために、おめかししたんだから…一緒に出掛けよう」

「ほな、絶対手ぇ、離したらあかんよ?」

「うん」

抱きしめていた腕が離れても、しっかり手は繋いだまま。

「行こか」

「…はい」



どれだけ頑張っても、やっぱり蓬生の色気には敵わない。
でも、気合いを入れて頑張った分…他の人に見せたくないとまで、彼の口から言わせられた。

蓬生が、喜んでくれた
それだけで、もう十分…





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着流しの蓬生に勝てる人が思いつきません…ニアぐらいしか。
2010/07/02