「やぁ、ちゃん。こんにちは」
「榊さん」
「随分と凄い荷物だね」
「あははは…つい、安くて買い過ぎちゃって…」
「手伝うよ」
苦労していた荷物をひょいっと片手でまとめて持たれてしまい、慌ててその中のひとつに手を伸ばす。
「あの!ありがたいですけど…榊さん、用事あるんじゃ」
「ん?あぁ、菩提樹寮にいる律に話があるんだ」
「如月さんに?」
「あぁ、明日の練習内容についてね」
同じ方向ならば、お言葉に甘えてもいいのだろうか。
でもやっぱり全部持たせるわけにはいかず、伸ばした手で袋をぎゅっと握る。
「それじゃあ、お言葉に甘えて荷物を少しお願いできますか?」
「あぁ、喜んで」
ウィンクしながら微笑むという仕草を間近で見てしまい、喉元まででかかった台詞を忘れてしまいそうになったが、なんとか気合いで音にして吐き出した。
「で、でもっ、全部じゃなくて!あたしも持ちますから下さい!」
気合いで音にはしたが、日本語としては残念な結果になった気がしなくもない。
そんなあたしの声に、一瞬呆気に取られた顔をしたけれど、すぐに榊さんは納得したように一度袋をベンチに置いた。
「それじゃあ、ひとつ君にお願いしようかな」
「はい!」
けれど、荷物を渡されると思って差し出した手には、予想外のものが差し出された。
「菩提樹寮まで、手を繋いでいこう」
「…………はい?」
「俺が荷物を持つから、君は俺の手を握っていてくれないか」
太陽を背に、きらりと爽やかな笑顔と共に差し出された手。
なんでそうなる?
とか…
それは荷物じゃないよね?
とか…
そういう当たり前の常識すら、吹き飛んでしまいそうだ。
「あの…で、でも…」
「やっぱり少し汗で汚れてしまっている手じゃだめかな…どこか水道でもあれば、綺麗に洗ってくるんだけど」
「い、いえ!そんなことないです!榊さんの手がどうのってわけじゃなくて…」
「それじゃあ、お手をどうぞ…お姫様?」
有無を言わせず…というのは、まさにこのことだろう。
確かこんな風に後に引けなくなるような会話のやり取りを、昔から良くしているような気がする。
そう考えた時、ふっ…と、着流し姿で微笑む幼馴染の姿が脳裏をよぎり、頭を振ってそれを打ち消し、顔をあげる。
「このお礼は、寮についてからのお茶でいいですか?」
さり気なく言いながら、差し出された手にそっと手を乗せる。
幼馴染たちとは少し違う…大きくて厚い、手。
「お礼なんて…君みたいな可愛い女の子と、こうして一緒に歩けるだけで十分お礼になっているよ」
「もぉ…あんまりそんな風なこと沢山の人に言ってると誤解されちゃいますよ?」
榊さんは、よく可愛いっていってくれる。
その口調は、様々だけれど…社交辞令だって、何度言い聞かせても、やっぱり女の子だもの。
社交辞令だとわかっていても、鼓動は高鳴ってしまう…誤解、してしまいそうになる。
だからこそ、自分に釘を刺す意味も込めてそういったんだけど、歩いていた足をぴたりと止めた榊さんの方へ何気なく視線を向けた瞬間…その眼差しに、声をなくした。
「ちゃんなら、誤解してくれても構わないんだけど、ね」
「榊…さん…?」
握った手を、ぎゅっと強く握られる。
直射日光の熱さとは違う…体内からこみ上げてくる熱で、眩暈がしそうだ。
「チャンスを利用してでも、手を繋ぎたい…触れたい。そんな風に思うのは、君だけだよ」
くらくら、くらくら…
真っ直ぐな眼差しと、言葉に…心臓は破裂寸前。
突然訪れた恋の眩暈に、息が止まりそうだ。
うちの榊さんは…なにをするにしても、全部突発的だ。
…おかしいなぁ?(苦笑)
2010/07/23