「金やん、戸締まり確認オッケ〜」
「おー、ご苦労さん。そんじゃ帰っていいぞー」
「はーい」
いつものように、音楽準備室の譜面とかを片づけて、休憩と称してコーヒーを飲む。
そんで、下校時刻前に戸締まりを確認して帰る。
これは、今も、昔も変わらない。
「おっと、ちょい待ち」
けれど、こっそり付き合い出してからは、少し変わった。
手招きされる金やんのそばにたち、そっと目を閉じる。
「お疲れさん…」
優しい声と共に、唇が落とされる。
誰が見ているわけじゃないけど、カーテンに隠れてほんの一瞬訪れる…大好きな人との、甘いひととき。
でも触れた唇が離れると、ちょっとだけ寂しい。
目を開けてしまえば、この甘い時間は簡単に終わってしまう。
それがなんだか今日は寂しくて、暫く目を閉じたままでいた。
「こら、」
「いたっ…」
そしたら、ぺちっと音がして軽く頭を叩かれた。
「もう下校時刻は過ぎてるぞ」
「…わかってるもん」
叩かれた瞬間、反射的に目を開けてしまって、悔しげに金やんを見上げる。
「ほれ、生徒は帰った帰った」
「はーい…」
文句言いたくても、そんな風に言われたら帰らざるを得ない。
渋々カバンに手を伸ばした瞬間、不意に背後から抱きしめられた。
「わ…」
ほんの少し力を入れて抱きしめられたけど、すぐにその手は離される。
驚いて振り向くと、ほんの少し照れたような…なんともいえない表情をした金やんがいた。
「…離れがたいのは、俺もお前さんと一緒だ」
「……」
「また、明日な…」
「…うん!」
今度はちゃんとカバンを持って、歩き出す。
音楽準備室を出る前に、一度振り返って金やんに向けて手を振ると、同じように手を振り返してくれた。
そのとき、ふわりと揺れたカーテンが…一枚の花びらを部屋に招く。
――― 春は、すぐそこ…
三年生かなんかで、もう少ししたら卒業とかそんな感じ。
こうして音楽準備室で一緒にいるのも、校内で会うのもあと少しと思うと寂しいよねとか…そんな。
2010/06/15