最初に目に入ったのは、大きな瞳。
まるで黒曜石とも思える瞳が、瞬きするまもなく自分を見ていた。
次に目に入ったのは・・・太陽に続く糸のように眩しく輝く長い髪。

「・・・」

「何か面白い物でもあるの?」

「・・・あ、いえ・・・すみません。」

見知らぬ少女をまじまじと見つめてしまった自分の行為を恥じ、思わず目を逸らし俯く。
けれど相手はそんな事一切気にしないかのよう、引き続き私に問いかけて来た。

「座り込んでるけど怪我でもしたの?」

「いいえ。怪我はしていません。」

「じゃぁ何でそんな所に・・・って、あぁ分かった!落ちたんでしょ!!

ポンッと手を叩いて楽しそうに笑いながらそう言われると、図星ながら情けなくなる。

「・・・その通りです。」

「上がりたいなら手、貸そうか?」

着物の袖をぐいっと捲くり上げ、衣が汚れるのも気にせず地面に横たわり手を伸ばす。
その腕は表情とは裏腹に、僅かに鍛え上げられた様子が伺える。
けれど、女性の細腕を頼りに自分の身長の二倍はある崖を登るのは難しい。

「いえ、女性の身である貴女の腕で男の私を支える事は難しいでしょう。もしご迷惑でなければ近隣の方に声をかけて来て貰えませんか?」

「え〜そんなの面倒くさい。」



――― 面倒って・・・



心底嫌そうな顔をした少女は、何か思いついたのか私にひと声かけてその場を離れた。
そしてすぐに戻ってくると、先程まで持っていなかった縄を私に見せた。

「あたしの手に掴まるのが嫌でもこれならいいでしょ?側の木に結んであげるから、あとは自力で登りなよ。」

「ありがとうございます。」

これで館の者に心配かけずに帰る事が出来る。そう思って少女が縄を下ろしてくれるのを待つが、一向にそれを下ろしてくれる気配が無い。

「・・・あの」

「ん?」

「縄を下ろして頂けませんか。」

「いいけど何くれる?」

「は?」

突拍子も無い少女の申し出に、思わず声をあげる。

「無料で人を助けるほどあたしはお人よしじゃないよ♪」

「勿論、出来る限りの礼は尽くさせてもらいます。ですが私は館から着の身着のままで出てきてしまったので生憎貴女が喜びそうな物は何一つ持っていない。」

「・・・聞きたかったんだけど、何で貴族様が供もつけずに外歩いてるの?」

崖下を覗き込むように地面に両肘をついて寝転がり、好奇心いっぱいといった表情で私を見つめる少女。
こんな誰もいない場所で、自分を助ける為に取引を持ちかけられていると言うのに・・・この時の私は何故か穏やかな気持ちで少女の問いに、答えた。

「・・・潮の香りに誘われたのです。」

「潮の香り?」

「えぇ、以前私がいた場所ではこんな風に海を近くに感じる事は出来ませんでしたから。」

「ふ〜ん・・・」

意外にも笑われるかと思った私の答えに、少女は満足そうな笑みを浮かべていた。
そんな少女の事をもっと知りたくなり、今度は私から彼女へ質問を試みた。

「貴女はこの近隣にお住まいですか?」

「ん〜近く、と言えば近くかな。」

「お1人で此方へ?」

「うん、ちょっと散歩・・・貴方と同じだね。」

「そうですね。」

手を伸ばしても届かない、崖の上と下で・・・私達は暫くの間、他愛無い話をしながら過ごした。
まだお互い、名乗ってもいない・・・見知らぬ相手なのに、何故こんなにも心弾む時が過ごせるのだろうか。










やがて日が僅かに傾いた時、少女が突然私の足元を指差した。

「ねぇ、その足元の白い花。」

「これですか?」

「うん、それ取って。」

足元に群生して咲いている白い花は、何処にでも咲いている雑草に分類される花だ。

「えっと・・・一輪ですか?」

「ううん、根元から土ごと取って。」

「分かりました。」

その場にしゃがみ、手で柔らかな土を掘って根っこから束になっている白い花を引き抜く。

「これで宜しいですか?」

立ち上がり上を見上げた瞬間、目の前に縄が下ろされた。

「・・・?」

「はい、早く上って。で、それをあたしに頂戴。」

「・・・ですがこれは貴女のすぐ横にある物と同じですよ?」

現に自分がここに落ちた原因は彼女の周りに生えているこの白い花の所為で崖が隠れていたからなのだ。
けれど彼女は何も言わず、ただ早く上がるよう手招きをしている。
それでも暫く躊躇していると、少女がもどかしそうに私の手元にある花を指差した。

「あたしは貴方が持ってるそれが欲しいの!」

「・・・」

何処にでもある花だけれど、今自分の手の中にあるこれが欲しいと・・・言うんですか?

「だからほら、早く早く!」

「・・・分かりました。」



館の者が心配しているとか、仕事が滞ってしまっただろうという考えは何処かへ行ってしまった。
今はただ、自分とひと時を過ごしてくれた少女に少しでも・・・近づきたい。






























「・・・体力ないね。」

「も・・・申し訳
ありません。

「ま、貴族だからしょうがないか。」

垂直の崖を登りきった時点で倒れた私の側で呆れたような顔でしゃがみこんでいる少女は・・・どこか普通の娘とは違っていた。
風貌だけならば貴族の姫とも取れるのだが、その容貌は・・・村娘とも違う。
けれどそれ以上彼女と視線を合わせるのは、今の私には難しかった。
チラリと視線だけ彼女へ向ければ、その手には先ほど私が摘んだばかりの白い花が揺れていた。



何て優しい顔をして花を慈しむ人だろう。
きっと何処か、良い家の娘さんなのだろう。




そんな事を考えながら再び呼吸を整えるべく目を閉じると、彼女の声が少し高い位置から聞こえて慌てて目を開けた。

「じゃ、これありがとね。」

そう言うと、彼女は私の頭をまるで幼子のように軽く叩いてから背を向けて歩き出した。



――― まだ、何も聞いていない



「ま、待って下さい!」

「ん?」

振り返った少女の顔は・・・夕日に照らされている所為か、何処か大人びて見える。
おかしい、一体私はどうしてしまったのだ。
高鳴る鼓動を抑えながら、そのまっすぐな視線を受け止め・・・問う。

「・・・また、会えますか?」

「は?」

「その、助けて貰ったお礼を・・・」

「いいよ。これで充分。」

「ですが・・・」

「充分だって言ってるじゃん。」

ため息をつきながら手に持っている花を揺らす姿は、艶やかな一枚の絵のようだ。
その姿を見ていたら、自然と口から言葉が零れた。

「・・・では、また会えますか。」

「・・・?」

「わ、私はまた貴女に・・・」



――― 会いたいのです。



声に出さねばならないのに、音にならない。
それほど鼓動が高鳴っているのに、自分の意思に反して目は彼女から逸らす事が出来ない。





波の音だけが周囲を取り巻き、やがて彼女は一度も見せた事のないような笑みを浮かべ風になびく髪をかきあげた。

「・・・いいよ。」

「・・・」

「その代わり今度は、何か美味しい物ご馳走してね。」

「・・・勿論です。」

「冗談だよ。」

「え?」

くすくすと楽しそうに笑いながら少女は手を振りながら歩き出した。

「また機会が会ったら遊ぼうね、国守殿!」

「・・・」

そのまま彼女は海辺への道を下り、姿を消した。
そしてそれと入れ替わりにやって来た供の者が声をかけるまで・・・私は瞼の裏に焼きついた、彼女の面影を追っていた。










館に戻り、机の上の書類の束を手に取りながらふとある事に気づく。

「・・・彼女は何故私の事を知っていたのだろう。」

この国に来て、外を出歩く事はまだ数少ない。
けれど、何処かの村で私を見かけた者かもしれない。

「次に会う時には、キチンと彼女の名を尋ねなければ・・・」

窓の外から届く潮の香りが、岩壁の光景を思い出させる。





潮の香りより強烈な印象を残した少女の名が、大物海賊の頭である翡翠の船の舞姫である事を知ったのは・・・それから数日後の事となる。





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遙か2ヒロインとの遭遇、幸鷹編です(笑)
と言っても、これで遙か2の手持ちは終了してしまっているので、続きを書くのかどうかは不明。
でも琥珀ちゃんは書いていて楽しい子なので、また書きたいなぁと思います。
問題は私が遙か2のキャラを全く把握していない事にあるんですよね(苦笑)
何処までも真面目な幸鷹、琥珀はその真面目さ(堅物さ?)が翡翠にないモノだと知ってどうやらお気に召したようです。
だからきっと自分の正体がばれた後でも、全く気にせず国主殿のお住まいにひょっこり顔を出したりするでしょう(笑)
いいんです、それが琥珀ちゃんの性格ですから♪
でも真面目な幸鷹はそうなるとどうするんでしょうねぇ・・・?
えーっとこの話で好きなのは幸鷹が取った花が欲しい!と言い張る琥珀ちゃんです。
足元にあるけれど、幸鷹が自らの手で取った花が欲しいんだと素直に言えるのがちょっと羨ましくもあります(苦笑)