「…あぅぅ〜」

綺麗な花を見つけて、ちょっと近くで見ようと顔を近づけた。

「と、取れないぃ〜…」

目の前の目標しか見えていなかったからか、すぐ側に蔦があるのに気づかなかった。
運悪くその蔦には小さな棘がついていて、そこに髪が絡まり身動きが取れなくなってしまった。
思いっきり引っ張れば千切れない事もないけれど、そうすると自分が見ようと思った花も一緒に千切れてしまう。

「あ、そうだ!」

確かペンケースにカッターが入ってた!
そう思ってカバンに手を伸ばすけれど…

「っ!!」

あと少し、のところで蔦に絡まっている髪が引っ張られて届かない。

「ん〜〜〜〜っ…」

それでもなんとか引っ張られる痛みに耐えつつ頑張っていると、ようやく指先がカバンに触れた。

「も、もう…少し……」

筋がつりそうなくらい手を伸ばし、爪先でカバンを手繰り寄せようとしていると、カバンに触れていた感触がなくなった。

「あ、あれ?」

「…なにしてるの」

逆光で影になっているが、その声に聞き覚えがあり思わず頬を染め声をあげる。

「那岐先輩っ!!」

「…」

な、なんでよりにもよってこんな間抜けな状態の時に先輩に出会うの!?
この状態も充分変だが、それでも正座をして姿勢を正してから、引きつった笑みで先輩に話しかけた。

「お、お散歩ですか?」

「…あのさぁ」

「はっ、はい!」

「あんた、何やってるの」

「…」






























ベンチに座って何気なく空を眺めていたら、後ろの方で何か物音がした。

「?」

野良猫でもいるのかと視線を向けたら、そこにいたのは…千尋が珍しく可愛がってる後輩がいた。

名前は、確か…
長い黒髪が印象的で、黙ってれば理知的にも見えるその風貌。
けれど、中身は千尋と同様、手のかかる人間。

様子を伺っているとどうやら蔦に髪が絡まったらしい。

「…馬鹿だな」

蔦を千切ればいいのに、どうもそちらに思考が働いていないらしく、カバンを取ろうと必死に手を伸ばしている。

「届かないだろ…どう考えても」

千尋以外、別段世話を焼くつもりもないし、手を貸すのも面倒くさい。
それなのに、何故だか…あいつが気になって仕方がない。

「…」

ゆっくり立ち上がり、手繰り寄せようとしているカバンを手に取り声をかける。

「…なにしてるの」

「那岐先輩っ!!」

「…」

驚きの声をあげたくせに、顔を真っ赤にして急にその場に正座。
そして、何事もなかったかのように話しかけてくる。

「お、お散歩ですか?」



――― 面白い…



自然と緩みそうになる口元を手で隠し、いつものペースで話す。

「…あのさぁ」

「はっ、はい!」

「あんた、何やってるの」

「…」

困ったような、何ともいえない表情で固まった姿を見て、小さくため息。
全く、どいつもこいつも本当に手がかかる。

カバンを脇に置いて、蔦に絡まっている髪に手を伸ばす。

「蔦、千切ればいいだろう」

「……で、でもっ!」

「なに」

「…花が」

彼女が示す先にあるのは、小さな白い花。

「髪より、こんな小さい花が大切なんだ」

「髪は切れても伸びますけど、花は…今だけだから」

「…」

「だから、あの!カバンにカッターが入ってるので、それでザクッと切って貰えますか!?」

馬鹿みたい
花は今だけ、なんて言っても、またすぐ生えてくるのに。

無言でカバンを開けて、ペンケースの中からカッターを取り出す。

「って、先輩の手を煩わせるまでもなく、あたしがやりますからっ!」

「…いいよ」

カッターの刃が日の光を受けてキラリと光る。
別に自分が痛みを感じるわけでもないだろうに、彼女はぎゅっと目を閉じている。



――― 本当に、馬鹿だよ



刃をしまい、それをカバンに放り込むと、髪が絡まっている蔦に指を添えて小さな声で術を唱える。
音も立てず彼女の髪が自然と蔦から解かれ、さらりと落ちたのを確認すると、カバンを彼女に向かって放り投げ立ち上がる。

「じゃあね」

「え、え…あ、あれ!?」

切られていない髪の毛と、静かに揺れる蔦…そして側に咲いている花。

「せ、先輩?あの…」

戸惑いつつも慌てて追いかけて来ようとする後輩に気づき、無造作に手を差し出す。

あっっ!!

足元の石に躓くだろう、と思ったら、本当に躓いたよ。
構えていた腕の中に飛び込んできた、千尋よりも小さくて、細い身体。

「あ、ありがとうございます」

腕につかまって、礼を言うために僕を見上げた視線に鼓動が1度だけ大きく高鳴った。
それに気づいて、無言のままその手を離して、彼女に背を向ける。

「あのっ、色々ありがとうございました!那岐先輩!」

「…」





乱さないで
これ以上
僕は、あんたに乱されちゃいけない

…今は、まだ





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遙か4発売前にLaLaで読みきりで書かれた漫画を見て思いついた小話ですね。
那岐がどんなだかわからないけど、多分、こんなの?というアバウトな状態で書き上げた…って、ホント危なっかしいなぁ、おい(苦笑)
漫画に出てきたどのキャラよりも、千尋の髪留めであるニラックマにときめいたのが印象的(笑)
あれが限定版とかにつけばいいのに…と暫く呟いていました。
グッズにでもなればいい…と今はグッズ化を気長に待っています。
…ヒロインが後輩という、またもや後先考えない設定。