外でピカッと光っては大きな音を響かせる・・・雷。
あぁこっちでは鳴神とか言うんだっけ?
「・・・!!」
悲鳴をあげれば誰かが心配してこっちに来ちゃう!
そう思って部屋に置いてあった几帳を部屋の隅に引きずり、襖と几帳で囲まれた秘密基地らしきものを作ってその中で目を閉じ、耳を塞いで小さく膝を抱える。
どうして・・・どうしてこんなに音が大きく響くの!
小さい頃から雷が大っ嫌いで、一人でいる時に雷が鳴ったらカーテンを閉めてウォークマンの音量を思いっきり上げて布団の中で嵐が通り過ぎるのを待っているのに、ここにはそんな便利なものが何ひとつない。
「せめて・・・音を遮る壁が欲しいぃ〜っ!!」
ドッカーンと大きな音を立てて落ちる雷の振動を身体に受けながら、襖にすがりつく。
平安の家の作りはしっかりしている・・・とはいえ、部屋を遮る襖や外からの風を遮る障子の紙が貼ってない枠みたいなのはあっても、外からの光を完全に遮ってくれる物はない。
壁に囲まれた部屋もあるにはあるけど、そこはあたしが入れるような場所じゃない。
どうしてもって場合は使わせてくれるとか藤姫が言ってた気もするけど・・・それをお願いするには、外へ出て藤姫の部屋まで行かなきゃいけない。
「〜〜っ!」
眩い光が部屋を明るく照らし、灯台の火もその一瞬だけは意味のないものになってしまいそう。
耳を塞ぐ手が恐怖で震えて僅かに浮いてしまえば、ダイレクトに聞こえる雷の音。
――― 早く、早く雷どっか行って!
そう心の中で叫んだ瞬間、ポンッと肩に触れた大きな手。
誰かと思って顔をあげれば、几帳の布を手で払ってこちらへ顔を出している友雅さんの姿。
「友、雅・・・さん?」
「こんな所で隠れ鬼でもしているのかな、殿。」
「隠れ鬼なんて・・・」
話している途中、友雅さんの背後で大きな稲光が視界に飛び込んできた。
「!!」
慌てて目を閉じて、浮かしていた手で必死に耳を塞ぐ。
やがてゴロゴロという音が遠ざかったのを見計らって、再び耳を塞いでいた手をどけた。
「ふぇ〜・・・」
「ひょっとして殿は雷が苦手・・・なのかな。」
「そっ、そんな事・・・」
――― ありませんのでご心配なく。
と言おうとしたけれど、再び鳴り響く雷鳴がそれを口にする事を許さなかった。
その様子を見た友雅さんは小さく肩を震わせながら、扇で口元を隠しつつ話しかけてくる。
「女房達は控えていなかったのかい?」
「わ、分かりません・・・」
「まぁこの様子じゃ皆、控えの間で震えているだろうね。」
「控えの間?」
「女房の部屋、といった所だね。女性は鳴神が現れると一人でいるのはどうも心細いようだ。」
本来であれば友雅さんの何気ない会話に耳を傾けるべく、耳を塞いでいる手をどけたいけれど今日ばかりはそれが出来ない。
だから折角友雅さんが話をしてくれてるのに半分も聞けず、雷鳴が轟くたびにビクッと身体を震わせ襖にへばりつく始末。
「・・・やれやれ、では落ち着くまで私が側にいよう。」
大きな落雷に阻まれて、友雅さんの声が良く聞こえない。
キツク閉じていた瞳を開けて顔をあげれば、いつの間にかあたしは友雅さんにしっかり抱きしめられていた。
「友雅さん!?」
「しがみついて貰って構わないよ。」
「む、無理です!」
慌てて耳から手を外し、両手を突っ張って友雅さんの腕から抜け出そうとする。
「逃げる事はないだろう?」
「あ、あたしなんかより藤姫やあかねちゃんの方に行ってあげて下さい!」
容易くつかまれてしまった手を外そうともがくけど、そんなあたしを友雅さんは楽しそうに眺めてる。
「安心しなさい。藤姫の元には古参の女房が控えているし、それに神子殿はこの鳴神を楽しんでおられたよ。」
「・・・は?た、楽しむ!?」
「あぁ、外へ出ようとした所を頼久に咎められ、今は天真と頼久と共に室内より空を眺めているんじゃないかな。」
・・・あかねちゃん、雷好きなんだ。
「いやはや、さすが龍神の神子殿、といった所かな。」
「そうですね。」
小さく頷いた瞬間再び落雷の音が耳に届き、つっかえ棒の役目をしていた手で慌てて耳を塞ぐ。
「神子殿に言われて様子を伺いに来て正解だったね。」
くすくすと笑いながら耳を塞いでいるあたしの体をその大きな腕で包み込む。
今まで何も感じなかった周囲の空気に、白檀の香が漂い始める。
抵抗しようにも次にいつ雷が鳴るかと思うと、耳を塞ぐ手を離す事が出来ない。
「その手を離しなさい。可愛らしい耳が赤くなってしまうよ?」
「い〜や〜でーすー」
「では少し力を抜きたまえ。そんなに力を入れていては、聞こえるものも聞こえないよ。」
「雷の音が苦手なんです!!」
そう口にした瞬間、再び大きな光が室内を照らし、すぐ後に雷鳴が鳴り響いた。
「!!!」
「・・・悲鳴をあげても構わないよ。」
「・・・」
肌触りのいい友雅さんの衣が頬に、身体に触れる。
恥ずかしいって思う前に、この恐怖をやわらげてくれている友雅さんの存在に甘えてしまいそうだ。
「今、ここにいるのは私と・・・姫君だけだ。」
僅かに残っているプライドが、小さく首を横に振らせる。
幼い藤姫ならともかく、あたしが・・・悲鳴をあげて泣きつくなんて事は出来ない。
こんな事くらいで根をあげちゃいけない。
「・・・」
「やれやれ、素直に縋りつかれるならば可愛げもあるがこうまで頑なに抵抗されると・・・」
「?」
友雅さんの声色が若干変った事に気づき、耳を押さえていた手を僅かに緩める。
するとその隙を狙ったかのように、友雅さんの秀麗な顔が近づき・・・僅かな隙間から耳元に柔らかな声を落とした。
「・・・泣かせてしまいたくなるね。」
「は?」
――― 何を泣かせるって?
頭が一瞬真っ白になって、口をパクパクしていると友雅さんがそれはもう楽しそうに微笑みながらあたしの顎に指をかけた。
まっ、待て!一体何が起きようとしてるんだ?あたしの身に???
「と、友雅さん?」
「何かな?」
「あの、な、何してるんですか?」
「素直になれない姫君の心を伺おうと思ってね。」
「・・・はい?」
顎に指をかけられたまま首を傾げると、そのまま背中を支えていた友雅さんの手がゆっくり後ろに下がっていく。
・・・という事はつまり、つっかえ棒が無くなるからあたしの体は自然と床の上に寝かされる事になる。
――― これって別名、押し倒されてる。とか言わないか?
「殿があまりに無理をしているようだからね。少し素直になって頂こうかと思ったのだよ。」
「そ、それとこの体勢と何の関係が?」
「女性が素直になるのは私の腕の中、というのが自論でね。」
あぁ、それは凄く納得がいく。
友雅さんの腕の中にいて、素直になれない人なんていないだろうなぁ。
ポンッと手が叩きたかったのに、その手はいつの間にか頭上で友雅さんに押さえつけられていて動かせない。
そこまでされてようやく現状を把握した。
「友雅さん!!」
「おや?ここまで来て何かな?」
「手を離して下さい!」
「・・・何故?」
「何故も何もこんな時に何してるんですか!」
「こんな時だからこそ、殿の恐怖を取り除こうとしているのだよ。」
確かに雷の恐怖よりも身の危険を感じ始めてるおかげで、外の雷鳴は気にならなくなったけどこの体勢は鳴神よりも心臓に悪い。
「もう怖くないです!」
「では私の前ではもう少し素直になって貰えるかな?」
「だから何の話ですか!」
顔を真っ赤にしてそう問えば、友雅さんが両手を拘束していた手を緩めてくれた。
その隙に起き上がって友雅さんから離れ、襖と几帳で作った自称秘密基地から飛び出し、すだれを背に立つ。
僅かに乱れた衣の裾を整えながら立ち上がった友雅さんが、あたしから一歩下がった位置まで近づき、最初に見せた穏やかな笑みを浮かべながら僅かに口を開いた。
「・・・私の前でだけは、そのままの君でいて欲しい。」
「え?」
何を言ったのか聞きなおそうとした瞬間、背後で今日一番大きな雷が ――― 落ちた。
「キャーーーーッ!!」
悲鳴をあげ、反射的に目の前の友雅さんにしっかりしがみつく。
一度口から溢れた悲鳴はもう止める事が出来なくて、これでもかって程友雅さんの衣をしっかりと掴む。
「殿・・・」
「いやぁーっ!」
「・・・殿。」
「きゃぁっっ!」
何度も、何度もあたしの名前を読んでくれる友雅さんの声は、雷よりも小さな声なのに・・・怯えていたあたしの心には何より頼もしく聞こえた。
「やはり貴女は素直なのが一番だよ。」
楽しそうに笑いながら、今度はしっかりあたしの体を抱きしめて子供をあやすように背中を叩いてくれた少将殿は、雷が鳴り止んでも暫くあたしを抱きしめる手を緩める事はなかった。
随分と前に書いた、鳴神話です。
えー、雷がキライなのは・・・私です(苦笑)
えぇもうホント嫌いです。
幼い頃、1人でいる時に近くに落ちた雷が影響してると思うんですよね。
夕方、急に暗くなってきて、自分で電気をつけるには背が足りなくて・・・やがて降り出した激しい雨と、徐々にゴロゴロし始める雷。
部屋の窓が一面真っ白になって、ドーンと音を立てて落ちた雷は今でも忘れられません。
という訳で、平安の家では風通しも良さそうだから雷もそりゃぁでかい音だろうなぁと思ったので、こんな話を書いてみました。
・・・雷、というよりも友雅さんが怖いと思える話な気がするのは気のせいでしょうか?(苦笑)
家の中が、幾分適当・・・げほっ・・・無理矢・・・ごほっ・・・嘘っぽいのは私の下調べ不足でございます。
いずれ京都や何処かで脳内京屋敷が確定したら、書き直すかもしれませんので、すみませんがそれまで大目に見てやって下さいm(_ _)m