「ん〜・・・」
片手に藤姫から借りた巻物を持ち、もう片方の手は碁盤の横に置いてある碁石を弄る。
「こっちがこーなるから、これを取るには・・・」
縦線と横線の交点にパチリと音を立てて黒石を置く。
「そうすると、こっちの白石が取れるから・・・」
黒石に囲まれた事で取れる白石を取って碁笥に移す。
「そしたらこっちに黒を置いて・・・あれ?でもそうするとこっちがダメになっちゃう・・・かな?」
自分が置いた石の先が見えなくなって、思わず手が止まり考え込む。
「ん〜・・・どうすればいいんだ?」
「そちらに黒を置くと、こちらの白に活路を作ってしまう事になるんですよ。」
「え?」
横から伸びてきた手が碁盤を指差し、今のままでは最終的に生かさなければならない黒石が死んでしまう事を示した。
「あ、そっか!」
「ですから、こちらに打つのではなく、ここに打てば・・・」
そう言ってあたしが最初に置いた黒石を別の場所に置き、続きをどうすればいいか教えてくれた。
「あぁ、なるほど!ありがとうございます、鷹通さん!」
「いいえ。折角貴女自身が考えている所に口を挟んでしまって申し訳ありません。」
「そんな事ないです!あたし一人じゃここで手詰まりになってましたよ。」
突然の来訪に驚く事無く、あたしは持っていた巻物を横に置いて鷹通さんの方へ体を向けた。
「今日のお仕事は終わったんですか?」
「はい。今日の仕事は全て終わりましたので、殿のご機嫌を伺いに参りました。」
姿勢をまっすぐ正してそんな事言われると・・・な、何だか凄く照れる。
思わず鷹通さんと同じように姿勢をまっすぐ伸ばして、座りなおしてしまった。
「あぁ、どうぞ楽にして下さい。神子殿の世界ではこうして足を組んで座る機会が少ないと伺っています。」
「いいえ、少しの間なら大丈夫です!」
「・・・少し、ですか?」
「あ゛」
短時間しか正座出来ない事自分で申告してどうするっ!!
心の中で自分に突っ込みを入れ、あまりの情けなさに俯くと・・・珍しく鷹通さんの笑う声が聞こえた。
「・・・た、鷹通さん?」
「も・・・申し訳ありません。」
頬を染め口元を手で隠しながら何度か咳払いをすると、鷹通さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「あまりにあなたが・・・その・・・素直に物事を口にされる姿が、愛らしく思えて・・・」
「愛らしく!?」
「はい。」
自信を持って大きく頷いてるけど『愛らしい』って言う単語はあたしみたいなのに使うべきじゃないんじゃないだろうか。
「私の知る女性というのは大半が物静かで、自分の意見というものを持ち合わせていませんでした。ですが、神子殿や殿は・・・自分の言葉で自分の思いを口にしています。私にはそれがとても素晴らしい事に思えるのです。」
「そんな大層な事じゃ・・・」
「いいえ、あなたはとても素晴らしい女性です。」
――― どうしてこの人はこんなにまっすぐなんだろう。
まっすぐ自分を見る瞳に迷いはない。
本当に心からあたしをそう思ってくれてるのが分かる。
それならあたしが口にする言葉は否定の言葉ではなく、まっすぐな瞳に応えるよう礼を述べる事だ。
小さく深呼吸をしてから、にっこり微笑み鷹通さんにお礼を言う。
「・・・ありがとうございます。」
「私はただ思った事を伝えただけです。」
「でも、鷹通さんが言ってくれた言葉が嬉しかったんです。だから・・・お礼、言いたかったんです。」
「殿・・・」
ニコニコと笑みを浮かべながら鷹通さんにそう告げると、何だか少し恥ずかしそうに鷹通さんが視線をそらして数回咳払いを繰り返した。
「だ、大丈夫ですか?」
「えぇ・・・ごほごほっ・・・ご心配をおかけしてすみません。」
やがて落ち着いた様子の鷹通さんに、ある事を提案してみた。
「鷹通さん。」
「はい。」
「お時間ありますか?」
「えぇ・・・」
笑顔で頷いてくれたのを確認すると、あたしは手元に置いていた黒の碁石の入った碁笥を鷹通さんに差し出す。
「勝負、とは言いませんが指導碁とかやってくれませんか?」
「私が・・・ですか?」
鷹通さんが驚いた顔をしたので、出過ぎた事を言ったと思っても後の祭り。
取り敢えず大慌てで自分が口にした事を何とか誤魔化そうとする。
「あ、でもあの鷹通さんがすーっごく時間があって、すっごく暇だったらって事で!」
「・・・」
「・・・無理言っちゃって、ごめんなさい。」
指導碁なんて無茶苦茶鷹通さんの時間奪っちゃうのに、仕事を終えて疲れてる人に何言ってるんだろう。
しょぼんと肩を落としていると、碁盤の上においてあった石がいつの間にか綺麗になくなっていた。
「あ、あれ?」
「最初から19地盤では難しいかもしれませんね。取り敢えず殿の碁の腕を知りたいので、ここの部分を使って・・・9地盤で対戦してみましょうか。」
「・・・鷹通さん。」
「女性に指導碁を打った事はありませんので、何か分からない事があればその都度聞いて下さい。」
「はい!」
それから暫くの間、鷹通さんと囲碁を楽しんだ。
現代で興味を持って本を一冊読んだだけのあたしでも、充分楽しめる内容だった。
でもそれは・・・相手が鷹通さんだったから楽しかったのかもしれない。
昔、ヒカルの碁の加賀が好きで本を読みながら囲碁をやってました。
9地盤であれば、何とか出来ますが盤面が広くなったらもうダメです。
分かりません!陣取り合戦だと思えば何とかなるんですけどねぇ(苦笑)
ほんで、暫く何もやっていなかったら・・・分からなくなりました(おい)
ヒカルの碁はホント分かりやすく囲碁を教えてくれるよなぁと思いましたね。
という訳で、多分この話のオチとして、鷹通さんが苦笑しながらこの後、陣取り合戦で遊んでくれるかと思われます。
何となく鷹通さんとコミュニケーションを取るには囲碁かなぁと思ったので書いてみました。