「・・・さん!!」

「え・・・」

ハッと気づくと目の前に柱があって、額に弁慶の手が置かれていた。

「あ・・・あれ?」

「まっすぐ柱に向かって歩いていくので驚きました。大丈夫ですか?」

「は、はいっ!ごめんなさい、ボーッとしていて・・・」

慌てて弁慶の方へ向き直りペコリと頭を下げる。





昨夜、ヒノエに好きだと言われ、あたしも同じ気持ちだと伝え・・・両想いになった。
それだけでいつもと違う朝を迎えた気がするんだけど、何故か朝から会う人皆の視線が気になって仕方が無い。
何か用があるのかと思って声をかけても、困ったような顔をして離れていくばかり。



あたし、気付かないうちに何かやったのかな?





「・・・」

さん?」

「あ、ごめんなさい!」

いけない・・・弁慶がいるのにボーッとしちゃ。
プルプルと首を左右に振って雑念を払い、意識を弁慶に集中させる。

「えっと何かご用ですか?」

「たいした事ではないんです。さんの首筋が赤く腫れていたので、虫に刺されたのかと思って薬を渡そうと声をかけたんですよ。」

「首?」

言われて首筋に手を当てた瞬間、昨夜の出来事が脳裏を過ぎった。




















ヒノエに好きだと言われ、想いを伝えあったあの夜。
暫くの間抱きしめてくれていた腕が離れた事に不安になって顔を上げると、ヒノエが笑顔でこう言った。

「・・・まだ何かする気はないけれど、可愛い姫君がオレの物だって証をつけとこうかな。」

「え?指輪でもつけるの?」

「姫君の世界では装飾品をつけるって決まりがあるのかい?」

「そういう訳じゃないけど、結婚すると左手の薬指に指輪をつけるっていうのはあるよ。」

「それじゃぁ、姫君の世界の道理にのっとった方法は後日考えさせて貰うよ。誰も手にした事ない最高の品を、この白魚の指に贈らせて貰おうかな。」

さり気なくあたしの手を取り左手の薬指に口付けるヒノエの仕草に思わず見惚れてしまう。

「・・・で、熊野水軍頭領としては、てっとり早くお前がオレの物だという証を残したいんだけど・・・お許し願えるかな姫君。」

「え、あ、はい。」

この時、ヒノエに見惚れていた所為で、何も考えず頷いてしまったのが・・・運のツキだった。

「・・・そんな風にあっさりお許しが出るのも、ちょっと考えものかな。」

「?」

苦笑というか、少し辛そうな顔をしたヒノエの手が背中に回り、ゆっくり床に寝かされる。

「それに、そんな風に可愛らしく頷かれると、証を残すだけ・・・で、止められるかどうか・・・ちょっと自信がないね。」

「?」

一体何の事かさっぱり分からず、頭の中にいっぱい?マークを飛ばしていると、ヒノエの手が帯に伸びてきたので、慌ててその手を止める。

「ちょ、ヒノエ!?

「大丈夫。脱がせたりしないよ。ちょっと襟元を緩めるだけさ。」

「え、え、襟元緩めてどうするの!?

「・・・さぁ、どうするんだろうね。」

動揺したあたしを見ていつものペースを取り戻したのか、不適な笑みを浮かべたヒノエが楽しそうに襟元に手をかけた。

「色白の姫君の肌に咲く花は、さぞ綺麗だろうね。」

「い、言ってる意味わかんないよ、ヒノエ!」

「・・・大丈夫。今から、分かるよ。」

そのままヒノエの顔が首筋に下りて来て、頬に柔らかな髪が触れた。
くすぐったいって思って首をすくめた瞬間、生温かい物が首筋に押し当てられ、一瞬身体にしびれるような何かが走った。
けれど、すぐにチリッとした痛みを感じ、眉を寄せる。

「・・・んっ」

「可憐な音色だね。」

っっ!!

「・・・本当はもう少し楽の音を楽しみたい所だけど、それは後のお楽しみに取っておくかな。」

ヒノエの指先が首筋を辿ると、それだけで身体の力が抜けそうになる。

「今日はお前がオレを好きだと言ってくれただけで、オレの胸はいっぱいだからね。喜びで溢れないよう、今はこれ以上何もしないよ。」

乱れた襟元を整え、緩めた帯を締めなおしてくれたヒノエは・・・初めて見るような柔らかい笑みを浮かべたまま、そっとあたしを抱きしめるとそのまま眠りについてしまった。
暫く頭が真っ白になっていたあたしだけど、ヒノエの寝息を聞いていたら・・・誘われるように眠りについてしまった。



そして朝、手鏡を使って髪を整えようとした時。
そこに映し出されたある物を見て、ヒノエの言っていた
「証」の意味を知った。















さん?」

再びポンッと肩を叩かれて意識を取り戻したあたしは、首筋を押さえてゆっくり弁慶から離れる。

「だ、大丈夫です!い、痛くも痒くもないですから。」

「大分赤くなっているようですから・・・随分毒素の強い虫みたいですよ。」

「いいえっ!問題ありません!!」

「でも一応消毒しておきませんか?」

にっこり笑顔で手招きされるけれど、ごめんなさい!これ・・・虫刺されじゃないんですっ!!

さんの白い肌に痕を残す害虫なんて許せませんね。」

「ほ、本当に大丈夫ですからっ!!」

これ以上ここにいると何もかも話してしまいそうになるので、申し訳ないけれど踵を返して弁慶から逃げ出した。



だって、だってこれ・・・ヒノエのつけた、キスマークなんだもんっ!!






























逃げるように去っていく彼女の後姿を見ながら、口元へ手を運ぶ。

「・・・害虫、ですね。」

今まで背伸びをする幼虫だと思って大目に見ていたら、いつの間に繭から出て成虫となったのか。
アレが虫に刺された物だなんて、ここにいる誰も思っていない。
わざと衣に隠れず彼女の髪でも隠れない場所につけたのだから、明らかにあれは所有者の証、牽制の証

「少し、のんびりしすぎましたね。」

自分の前ではにかむ姿をもう少し見ていたかったけれど、誰かの手に落ちてしまったのならば、もう躊躇う必要はない。



ゆっくり愛を囁くのは、もう止めよう。
愛を告げても、彼女の心は彼の手に落ちてしまったのだから。

それなら、最後のひとつだけでも・・・この手に、掴みたい。




「・・・これ以上僕に罪を負わせるなんて、いけない人ですね。」





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く、黒っっ・・・怖っっ!!
ヒノエのお題のはずなのに、何故か最後の弁慶が全部持ってってる(汗)
あぁ、でもそんな弁慶が好きだ(笑)←大分歪んだ愛だね。
まぁこれは一応お題に近いんじゃないかと思います。
それにしてもヒノエってある意味凄いなぁ・・・据え膳食べずに残してるよ。
まぁ今後も据え膳のままになると思いますけどね(ヒノエの敵は私かもしれません(笑))