「こんな時に海に出なきゃならないなんてね。」

「お仕事だもん。しょうがないよ。」

「すぐに帰って来るよ、姫君。」

「・・・うん。」

「全く、熊野の頭領が奥方に後ろ髪引かれて出航が遅れる・・・なんて前代未聞ですよ。」

ため息をついて、さんから離れようとしないヒノエの襟首を掴む。

「早く帰りたいのなら、とっとと行きなさい。」

「・・・なんであんたがいるんだよ。」

「まさか、君のいない熊野をさんひとりに任せるつもりではないでしょう?」

「親父か。」

「・・・さぁ、どうでしょう。」

にっこり笑みを浮かべ、さり気なくさんの肩を抱き寄せる。

「いってらっしゃい、ヒノエ。旅の安全を祈っていますよ。」

「心にもない事を。ま、いいさ。」

さんの肩に置いた僕の手を払い、彼女の腰を抱き寄せる。

「オレには心強い味方がいるから、ね。」

「ヒノエ・・・く、苦しいよぉ〜・・・」

腕の中でもがく彼女を愛しげに見つめながら、僅かに僕に向けた視線は・・・射抜くようにまっすぐで、幼い頃、僕を慕って後を追ってきた少年の面影はもうない。

「ヒノエ〜」

「っと、悪かったね。暫く会えない分、離し難くなっちまった。」

「・・・湛増。いい加減になさい。皆が待っていますよ。」

「ヒノエ、だよ。」

「・・・では、ヒノエ。気をつけて。」

僕へ向ける視線とは全く違う、愛しさと切なさが混じるような瞳で未来の奥方を見つめる。
そんな所は、幼い頃のままなんですけどね。

「行って来る。」

「・・・行って、らっしゃい。」

「すぐに帰るよ。」

額に優しい口付けを落とし、踵を返したヒノエはまっすぐ海を見て歩を進めた。

後ろを振り返れば、彼女をもう一度その腕に抱いてしまうから。
離す事が出来ず、船に乗ることすら出来なくなってしまうから。



――― だから僕は、動かしたのですよ・・・鎌倉を・・・





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え〜、一部の待っていて下さった方、お待たせ致しました。
暗くて怖いお話の始まりです(笑)

純粋で素直な方
白・灰色弁慶が好きな方

上記の方は、今後読まない事をおススメします。
この話(というか連続お題)を読んで、弁慶の事を嫌いになっても一切責任は取れません。
(現に1名奈落の底に落としてしまった・・・(苦笑))
黒弁慶が好きな方には「この程度か」ってモンかもしれませんが、私的には結構黒です。灰色じゃなくて・・・(多分)
最後まで読めば、なるほどねって事になるようにしてあるつもりですので、出来ればっ!出来れば・・・最後までお付合い下さいませっ!

という訳で、邪魔者はまず排除です。
さて、どうなる事やら・・・(びくびく)←寧ろ皆様の反応に一番怯えてるのが私(笑)