「あとは・・・」

「これをお願いします。」

「はい!」

ヒノエが海に出てから、さんは自ら僕の元へ足を運ぶようになった。
主な理由は熊野水軍の奥方になるのだから、いつ何が起きてもいいように薬草について教えて欲しい、というものだったが、本音は・・・常に身体に傷を負う事を恐れないヒノエを気遣うもの。
慣れない手つきで薬研を動かす手は、日に日に荒れていく。
手に布を巻くよう声をかけたけれど、加減が掴めなくなるから・・・と、笑顔で断る。

「ヒノエが帰って来た時に、さんの手が荒れていたら僕が怒られるかな。」

「大丈夫です。その時は、あたしがちゃんと言いますから。」

本当に君は、何処までも純粋で・・・優しい人ですね。

「ふふ、それじゃあその時はお願いしますね。」

「はい!」

「では、次はこれを磨り潰して頂けますか?」

「これですか?」

「はい。実を潰す際に、少し液が出ますので・・・」

僕が注意を促している間に実を入れ、薬研をその上に下ろした瞬間・・・液がさんの手にかかった。

「っ!」




















「すみません。やはり僕がやるべきでした。」

「いいえ。あたしが説明を聞く前にやろうとしたから・・・」

「強い薬は、そのまま使うとこのように身体を痛めるものでもあるんです。」

「・・・身をもって体験しました。」

「勉強熱心ですね。」

真っ白な彼女の手に、痛々しい赤い痕が残る。

「今は少し腫れていますが、痕が残るほどではないと思います。」

塗り薬を塗りながら、彼女にそう伝えると、安堵のため息と共に思わず洩れた言葉。

・・・ヒノエが帰るまでに、治るかな。



それが、僕の心に・・・棘を刺す。



「・・・・・・えぇ。」

「良かった。ヒノエ、自分が傷を作るのはいいけど、あたしが傷つくのはダメだって言うんです。」

「・・・君のように可愛らしいお嬢さんが傷つく事を望む者はいませんよ。」

「でも、痛みを知らない人間は・・・強くなれなくありませんか?」



――― 痛みを知らない人間は、強くなれない・・・



「・・・君は、強くなりたいんですか?」



心の、箍が・・・外れる



「そう、ですね。急に力や剣が強くなる事は無理だから、せめてヒノエが背中を安心して預けられるように・・・心を強くしたいです。」

「心を・・・」

胸の中に押さえ込んでいた、何かが・・・ゆっくり僕の身体を包み込む

「はい。出来れば弁慶さんみたいに、強くなりたいです。」

にっこり僕に微笑みかける君に、今の僕はどんな風に映っているんでしょう。

「・・・きっと、なれますよ。」



――― このまま君を、捕らえてしまおうか?

後ろを振り返る、隙も与えぬ間に・・・





BACK



薬研(やげん)と読みます。
無知な私は、一生懸命調べました(笑)
調べたはいいけど、読めない・・・というオチもあったので、ここに書いておこう(忘れないよう)
あの、ほら・・・深夜通販番組で出てきそうな・・・棒の真ん中にバーベルの重りがひとつついたようなので、薬をごりごり潰すやつですよ!
・・・想像出来ない人は、検索してみましょう。

こうやって関係ない話を挟まないと、堪えられない・・・この先、ネタバレしてしまいそうで。