薬を塗ってくれていた弁慶の手が、ピタリと止まって俯いてしまった。
――― 心を強くしたい、弁慶のように。
あたしがそう言ってから、どうも弁慶の様子がおかしい。
・・・あ、もしかしてあたしみたいな女の子じゃ無理だと思われているのかな?
でも、なれるって弁慶は言ってくれた。
――― それじゃあどうして今、弁慶の表情は読めないの?
「あの、弁慶?」
空いている方の手を床について、俯いた弁慶の顔を覗き込もうと一歩前に出た瞬間、不意に怪我をした方の手をギュッと握り締められた。
「っ!」
「・・・さん、ちょっといいですか?」
「え、あ、はい?」
どうしたんだろう?
いつもは怪我した手をこんな風に握ったりしないのに。
前を歩く弁慶の足取りは普段と違って急ぎ足で、駆け足に近い状態で後を追う形となった。
おかげで弁慶の私室へ辿り着いた時には、若干息が上がる始末。
うぅ、運動不足かなぁ。
はぁはぁと肩で息をしつつ、額の汗を手で拭おうとした瞬間、不意に抱きしめられた。
「弁慶?」
「・・・」
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「・・・そう、かもしれない。」
「え?」
「もうずっと・・・そうだな、君に出会ってから僕はずっと・・・おかしいのかもしれない。」
今まで聞いた事がないような、切なげな弁慶の声。
どうしよう、本当に具合が悪いのなら、あたしなんかじゃダメだ。
湛快さんにお願いして、他のお医者様を呼んで貰った方がいいのかもしれない。
「弁慶、待ってて。今、湛快さんに・・・」
「兄に、何を言うつもりですか。」
「弁慶が具合悪いって・・・お医者様を・・・」
「薬師なら、ここにいるじゃありませんか。」
抱きしめていた腕の力が緩んだので顔を上げて弁慶の様子を伺おうとすると・・・何処かいつもと違う笑みを浮かべた弁慶が、いた。
――― コノヒトハ ダレ?
「僕のことは、僕が一番分かっています。」
指と指を絡めるように、あたしと弁慶の手が繋がれる。
「薬師は、いりません。」
「でもっ!」
「それに・・・これは、薬師でも治せないんです。」
「え?」
両の手が弁慶の指に絡め取られると同時に、妙な緊張感に襲われる。
――― コワイ
「どうしました、さん。急に身体が強張っていますよ。」
「・・・は、離して下さい。」
「そう言えば離すと思いますか?」
「・・・はい。」
「そうですね。今までの僕は、君が嫌がる事はしませんでしたから。」
足が震える。
繋いでいる手は温かいはずなのに、徐々に自分の手が冷たくなっていく気がする。
「僕に今必要なのは薬師ではなく、君です。」
「・・・あた、し?」
「えぇ、僕の心を捕らえて離さない・・・可憐な女性。」
「・・・」
「そして、僕を狂わせた・・・愛しい女性。」
♪〜お医者さまでも〜草津の湯でも〜治せない〜♪
・・・弁慶の心の箍が外れてしまいました。
ヒロインは、パンドラの箱を開いてしまったのです。
この辺からは・・・まぁ、どうなるやらって感じです。
本気の弁慶は、怖いよ?色んな意味で(笑)