「ちょっ、ヒノエ!?」
「ふふ、暴れると落ちちまうよ?」
足を痛めたさんを抱き上げたまま、庭を散歩している二人を見つけ、九郎に書いていた書の手が止まる。
「も、じゃあ降ろしてよ!」
「さぁて、どうしようかな?」
「高いし怖い〜!」
「じゃあしっかり掴まってな。」
「きゃっ!」
わざと不安定な抱き方をして、自然とさんが両の手を首に回すよう仕向けている。
だらしない笑みを浮かべているものだ。
そう思いながらも、自分がヒノエの立場だとしたなら・・・同じ事をするだろう、と思う。
最近、僅かに心が戻る事がある。
この綺麗な熊野を思うのならば、僕は身を引くべきだ。
そして、彼女の幸せを願うのならば・・・尚更、僕はここにいてはいけない。
「ヒノエってば!」
「おっと、そんな風に暴れられると足元が見えないぜ?」
「うぅ〜・・・」
「いい子だから、オレに抱かれてな。」
「・・・馬鹿。」
「ふふ、そうかもしれないね。今、オレが見てるのは腕の中の可憐な花だけだからさ。」
けれど、彼らの姿を見ていると・・・心がすぐに砕けてしまう。
全てが欲しい。
温かなぬくもりも、限りない愛も・・・彼女の全ても。
あぁそうだ。
太陽の下、笑顔でさんを抱いているヒノエに問いかけてみようか。
どうすれば、手の中の花を手放す事が出来ますか・・・と。
刀を向けられれば、離しますか?
それとも、熊野に剣を向ければ離しますか?
でもきっと、彼はどちらも頷かないだろう。
自らを盾にして、さんを守り・・・その後ろに熊野を抱えるに違いない。
「そう、育てましたからね。」
どうすれば、手放してくれるんでしょうね。
――― 最愛のものを・・・
つかの間の休息、みたいな?
弁慶と何かがあったとしても、弁慶はそれを彼女の記憶に残さないよう手を施しているので、何もなかったかのようにこうしてヒノエと一緒にいるのです。
・・・記憶あったら、こんなコト出来るかい。
自分は身を引くべきだ、と思ってるけど、どうしても・・・出来ない。
葛藤しているけど、結局・・・負けてしまう。
温もりと、笑顔と・・・愛、という誘惑に。
本気で弁慶を敵に回したら、熊野のひとつやふたつ無くなるでしょうね。
・・・敵に、したくない男(ひと)です。