借りていた書物を返しに来たら、珍しく弁慶がうたた寝をしていた。
ヒノエとは違う・・・大人の男性の寝顔だなって思いながら、暫く眺めていたら、ふと名前を呼ばれた気がした。

「寝言?」

ポツリと呟き、その場にしゃがみ込んで、小声で名前を呼んでみる。

「弁慶?」

「・・・」

「べんけ〜?」

「・・・」

「熟睡してるみたい。」

本返しに来るのは、少し時間を置いた方がいいかな。
そう思って立ち上がろうとした瞬間、乱雑に散らばっていた紙に足を取られバランスを崩した。

「わっ・・・」

そのまま後ろに転倒し、訪れるだろう衝撃を待っていたら・・・柔らかな腕が、身体を受け止めてくれていた。

「・・・大丈夫ですか、さん。」

「弁慶・・・」

「すみません。少し散らかし過ぎたかな。」

「いいえ、あたしが足を滑らせただけですから。」

「滑らせる原因を作ったのは僕ですから。」

苦笑しながら、あたしを抱き起こしてくれた弁慶の顔を、じーっと見つめる。

「僕の顔に何か?」

「・・・あの、えっと・・・」

「はい?」

立たせて貰ってからパタパタ衣を叩き、そういえばさっきヒノエに投げつけてハンカチがない事を思い出し、背伸びをして弁慶の目元を着物の袖で拭った。

「・・・、さん?」

「悲しい夢でもみたんですか?」

「・・・夢?」

驚いたような顔をする弁慶に、逆に驚かされる。
こんな風にあからさまに表情を顔に出すなんて、珍しい。

「泣いて、ましたよ。」

「・・・気のせいじゃありませんか?」

すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。
けれど、着物の袖が微かに湿っている事が泣いていた事を示している。



――― でも、触れられたくない事もあるよね



男の人には色々事情があるものだってヒノエも良く言ってるし。

「気のせい、だったかもしれません。」

「えぇ・・・多分。あぁでもうたた寝なんて情けない所をお見せしましたね。」

「いいえ、可愛い寝顔でしたよ。」

「・・・ふふ、敵わないな君には。」

少し恥かしそうに微笑む弁慶を見ていたら、不意に後ろから抱きしめられた。

「わっ・・・」

「オレを無視してこんな所で逢引とは、頂けないね。」

「ヒノエ!?」

「逢引だなんてよして下さい。そんな事せずとも、お望みならきちんと正面から攫って差し上げます。」

「・・・冗談にしちゃタチが悪いね。」

「冗談じゃない、と言ったら?」

「受けて立つぜ。もうガキの頃みたいに一発でのされたりしないからな。」

「ふふ、楽しみですね。」

「え?え?

「さ〜て、弁慶なんかと話す時間があるなら、オレと楽しく過ごす時間があるって事だろ?」

じたばたヒノエの腕の中でもがいている内に、勝手に話が進んでしまったようで、話に乗り遅れたあたしはただただ首を傾げてしまう。

「楽しく?」

「そ、明日から航海に出ちまうオレの胸を・・・お前でいっぱいにしてくれるかい?」

意地の悪い、でも、あたしの大好きな笑みを浮かべられて見惚れていると、不意に音を立ててキスをされた。

「っっ!!」

「邪魔したね。」

「・・・全く。人前でそんな風に見せ付けるなんて、本気で奪いますよ?」

「出来るもんなら、やってみな。」

「受けて立ちましょう。」

二人の間を熱い火花が散っていた気もするけど、弁慶の前でヒノエがキスをした事実に頭が真っ白になっているあたしには何もいう事が出来ない。
気付けばヒノエに抱き上げられて、驚きつつも肩口から後ろを見れば・・・弁慶が笑顔で手を振りながら、妙な事を口走っている。

さん、いずれ僕がヒノエ以上に愛して差し上げますよ。壊れるくらい、深く・・・ね?」

・・・っ?!

「馬鹿のいう事に耳を貸す必要はないよ。」

大きなため息をついたヒノエを見て苦笑し、最後にもう一度弁慶の方を振り向いた時・・・その瞳の色の変化に、一瞬身体が硬直した。
けれど、それも一瞬の事で、湛快さんが弁慶に声をかけたら凪いだ海のように穏やかな笑みを浮かべ・・・いつものように談笑し始めた。










「弁慶と湛快さんが笑って指差してたよ?」

「・・・どーせ人の事ガキだとかなんとか言ってんだろ。」

「頭領なのに?」

「あいつらから見たら、まだまだガキって事なんだろうさ。だから・・・ね?」

耳元に唇が近づいて、熱い吐息と共に・・・甘い囁きが降り注ぐ。

「早くオレ以上のガキを作って、あいつらに見せつけてやろうぜ?」

・・・っっ!!

「おいで、姫君。真昼の月を見ながら、この腕に・・・溺れなよ。」

胸の中に微かに渦巻く不安を消し去るように、しっかりヒノエにすがりつく。



離さないで、
置いていかないで・・・
この、見えない不安に飲まれないように

しっかり、その手で・・・抱いていて




「愛してるよ。」
――― 愛してるよ



「・・・?」

ヒノエの声が、別の声と重なった気がしたけれど・・・それも一瞬の事。





大丈夫。
あたしも、あなたを愛してる。

誰よりも深く、ただ・・・アナタだけを・・・





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はい、長い間お付合い有難うございました。
本当に本当に有難うございました!
大丈夫ですか!?嫌いになってませんか?弁慶!?←無茶苦茶心配。
本当の弁慶はもっと奥が深くて、こんなあからさまじゃなくて、いい人ですからっ!
・・・皆が弁慶を嫌いにならないといい
ホントそんな気持ちでいっぱいです(苦笑)

最後を読んで頂ければ分かるとおり、夢オチです。
サイト引越しに伴い、ちょっくら一部弄ったので奥方にはなっておりません(苦笑)
だからこそ、運命がどう変わっていくかわからない。
最後の「愛してる」の声が何かと重なって再びお題1に逆転する可能性もあるよ〜なんて意味も込めてみました。
だからほら、深く愛するのは「アナタ」になってるでしょ?
この最後の台詞は・・・誰が言ってるんでしょうねぇ〜?ヒロインかもしれない、弁慶かもしれない・・・ってね。

更に言えば、お題1〜9までは夢という意味で文字色を変えてあります。
だから、最後だけは現実なんですよ(笑)気付いたアナタは凄いっ!!!

弁慶って、狂喜的な愛情持ってる気がするんだよね・・・なんとなく。
でもその愛情って、狂喜と純粋さ紙一重なんです(うちは(笑))
相手を想うあまり、信じられない行動に出てしまった・・・と。
でも、このお題でどんなに酷い事をしたとしても、必ず根底に”愛”はありますから!(歪んでるけど)
弁慶は狂ってしまいそうなほど、貴女を愛しているんです。

・・・ちなみに、私はこんな弁慶が好きです。
というか、ここまでやられて怖いとも思うけど、すっげぇ深い愛され方してんなぁと思うわけで・・・って、実際にやられたら多分本気で怯えますけどね(笑)
あれやこれやとやられて、気付いたら誰かさんの手の中ってのは・・・嫌いじゃない。
狂ってしまうほど、相手を想える【想いの深さ】って凄いよねって話でしたっ!