「おっと、姫君。オレに隠れて何処へいくつもりかな?」

「・・・ヒノエ」

最近、オレが席を外した瞬間、姫君が姿を消す事が多い。
最初のうちは可愛いものだと思っていたけれど、こう何度もオレの目を盗んで動かれると・・・何をしているのか気になるね。

「一応オレはお前の世話をしている人間だからね。オレの知らない所で何かあると色々やっかいなんだよ。」

「・・・」

困ったように視線をそらし、でも時折様子を伺うようにオレへ視線を向ける。
全く、一体いつの間にそんな男の気を引くような仕草を覚えたんだい?



――― まさか、それを教えたヤツの所へ行くんじゃないだろうね



苛立つ想いが胸に湧き上がってくるのに気づきながら、オレは僅かに腰を落としてと視線を合わせた。

「もう一度聞くよ。、一体何処へ行くんだい?」

「・・・」

秘密を守るように唇をぎゅっと噛み締め、首を小さく横に振る。
その仕草もオレの為だと思えば愛しいけれど、そうじゃないなら・・・苛立ちの種にしかならない。

「姫君があまり可愛くない事をすると、オレも優しく尋ねてやれなくなるよ?」

「・・・え?」

その言葉に驚いて顔をあげた隙を狙って、姫君の身体を抱き上げた。

「うわっ!

「その口から言葉が出ないのなら、自然と出るようにしてやるだけさ。」

「???」

「ねぇ可愛い姫君、あんまりオレを怒らせない方がいいよ。」



どんな場合でも女を無理矢理抱くってのは好きじゃないんでね。
どうせならどちらも楽しめた方がいいだろう?



至近距離にある姫君の顔へ唇を近づけ、そっと耳元に囁いてやる。

お前も痛いのは嫌いだろう?

「っ!!」

「さて、それじゃぁこれが最後の質問だ。答えて・・・くれるね?」

少し脅かしちまったけれど、それだけオレはお前の事を気にかけているんだよ。



だから、オレには何も秘密を持たないで・・・。
オレには・・・何でも話して・・・




・・・何処へ行こうとしていたんだい?」

「あ・・・
あたし・・・・・・

小さな唇が何か音を紡ごうと開いた瞬間、オレの頭部に激痛が走った。

「〜〜っ!!」

「何をやってるんだ、この馬鹿者。」

「湛快さん!」

姫君を両手で抱き上げている所為で僅かに動きが鈍って、まともにくらっちまった。

「ってぇなぁ!何しやがるんだクソ親父!」

「可愛いお嬢さんをそんな風に扱う奴が何を言う。大丈夫だったかい、さん。」

「え、あの・・・」

「てめぇ!勝手に何してやがる!」

「お前が抱いてちゃさんが怖がるだろう。」

「そんな事ねぇ!」

「してるだろう。さっき、お前が言ったひと言でお嬢さんの花のように色付いていた頬が色褪せた・・・違うか。」

そう言われて先ほどのの表情を思い出す。

「・・・」

「分かった所でお前はとっとと仕事に戻れ。お前が戻るまで俺がお嬢さんのお相手をしよう。」

はぁ?

「さて、お嬢さん。先日の話の続きを聞かせてあげようか。」

「おい・・・」

腕に抱えていた姫君を怖がらせちまった原因は、が何も言わずオレの前から姿を消したからで・・・何処へ行ったのかを言ってくれれば、あんな事も言わずにすんだ。

「でもヒノエが・・・」

「あぁ、あいつは気にしなくていい。もうこんな事がないよう俺がよぉ〜っく言い聞かせておくからな。」

「ちょっと待て・・・」



――― てめぇがをそそのかした張本人かっ!!



「この間さんが美味いと言った菓子も、また手に入ったからな。」

「本当ですか?」

「あぁ。あんな風に可愛らしく微笑まれたら、また食わせてやりたくなるのが男心ってもんだろう?」



――― お前の場合は下心の間違いだろう!!



「・・・ありがとうございます。」

「喜んで貰えて俺も嬉しいねぇ。じゃぁ行くか。」

「ちょっと待ちやがれ、クソ親父っ!!」

「あぁ?何だ、ヒノエ。まだそこにいたのか。」

腕にを抱いた親父は、やけに満足そうな笑みを浮かべてやがる。
この野郎、まだ現役のクセして仕事をオレに譲ったと思ったら、こんな所でこんな事してやがったのか。
さっきまで姫君に抱いていた苛立ちは泡のように消え、今は目の前の親父に対する怒りだけがふつふつと沸いてくる。

「お前はとっとと行って、荒波に揉まれて来い。俺はお嬢さんと仲良く穏やかな海見ながら茶でもすすってるからな。」

ははははは・・・という笑い声が耳に届いた瞬間、オレの中で何かが音を立てて・・・切れた。
殴られた頭を押さえていた手で髪をかきあげ、親父の腕の中で俯いているをじっと見つめる。



「は、はい。」

オレの声を聞いて顔を上げたの目を見ながら、まっすぐ手を伸ばす。

「おいで。」

「おいおい、彼女は俺と茶を飲むんだぞ。」

「そんな事知らない。オレは姫君に言ってるんだ。」

「・・・」

「さっきは怖がらせちまったけど、もうあんな事はしない・・・約束する。だから・・・おいで。」

お前を怖がらせるつもりなんてなかったんだ。
ただ、オレの手をすり抜けてお前が勝手に何処かへ行っちまうのが嫌だったのさ。
お前の出先が親父の所だと分かった今なら、その身を優しく包んでやる事が出来る。
だから・・・

「・・・、おいで。」

目覚める時、いつも見せる笑みを浮かべて更に手を伸ばせば・・・親父の腕の中にいたの手がそっと伸ばされた。

「お、おいおい・・・」

「光栄だね、姫君。」

「・・・勝手にいなくなって、ごめんなさい。」

「謝る必要はないよ。悪いのは全部この親父だからね。」

じろりと親父を睨みつけてから、手に取った姫君の手の甲へ唇を乗せる。

「では姫君。先程の所業の詫びも兼ねて、これから私と共に船に参りませんか?」

「一緒に行ってもいいの?」

「あぁ、お前をここへ置いていく事がどれだけ危険か分かったからね。」

「・・・海が安全だと誰が決めた。」

「あんたの側にいるより、海の方が数倍安全だね。」

確かに海に慣れていない姫君を船に乗せる事は危険かもしれない。



それでも館の中にいる、コイツの側よりはマシだ!



「じゃぁ準備しておいで、すぐにオレが迎えに行くよ。」

「はい!あ・・・あの、湛快さん。今日はすみません。」

「いや、構わないよ。この馬鹿息子の相手は大変だろうから、また息抜きに茶でも飲もう。」

「はい!」

「・・・お行き、姫君。出向はすぐだよ。」

姫君の背を見送り、角を曲がった所で親父の腹に拳を一発入れる・・・が寸での所で拳を受け止められ自然と舌を鳴らす。

「ちっ・・・」

「まだまだ甘いな。」

「勝手にを連れ出すんじゃねぇよ。」

「お前に置いてかれて寂しそうにしてたんだよ、あのお嬢さんは。」

「だからって、こっそり連れ出すような事しなくてもいいだろうが!」

「お前が気を許しすぎてたから、ちょうど良かったろう?」

「はぁ!?」

「ま、敵は外だけじゃなく中にもいるって事さ。」

そう言い残すと、親父は思いっきりオレの背中をどついてから自室のある離れへ向かって歩き出した。

「っつ〜・・・あんの馬鹿力!」

ヒリヒリと痛む背を擦りながら、親父の残した言葉を脳裏に刻み込む。



――― 上等じゃねぇか!



このオレから奪えるものなら奪ってみな。
どこの誰が来たって、オレの手の中にあるモノは全て・・・奪わせはしない!!





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弁慶の「いけない人ですね」に弱いのは前から言ってますが、どうやらヒノエの台詞で私が一番好きなのは「おいで」みたいです(笑)
手を差し伸べられて、笑顔つきで「・・・おいで」なんて言われた日には何処にいてもフラフラとそっちへ行ってしまいそうです。
ヒノエが出掛けている間、ヒロインはお留守番をしてるんですが、やっぱりヒノエがいないと寂しいんでしょうね。
それを見た湛快さんが気分転換にお茶に誘ってくれたり、散歩に誘ったりしてくれてます。
ついでに幼い頃のヒノエや弁慶の話もしてくれているみたいで、2人が気付いた時には余計な事をヒロインは全て知ってる状態になります。
勿論、湛快さんが後で弁慶とヒノエにボコられるのは目に見えてます(笑)
さすがに遠方へ行く時にはヒロインを置いて行きますが、それ以外の時は舟にヒロインを乗せるようにするつもりみたいですよ、頭領は。