「どうしても駄目ですか。」

「・・・ごめんなさい。」

しゅんと頭を下げてしまっている彼女の前にあるのは、白い小さな包み。
包みは開かれ、その横に白湯が置かれているが、今まさに用済みにならんとしている。





何故こんな事になってしまったかというと、夕食に出た野草が原因だ。
食べ慣れた僕らにとって、野草は体調を整える為に必要な食材ですが、食べ慣れない人間の身体には・・・些か不向きだったようです。
食後、さんが僕の部屋を尋ねた時には随分辛そうな顔をしていたので、すぐに薬草を調合して胃痛の薬を作り彼女へ渡しました。
けれど、元々粉薬が苦手なさんには申し訳ない事に・・・随分と匂いのきつい胃痛の薬となってしまいました。





「・・・」

「すぐ胃の痛みを和らげるには、香りの強いものを使う他なかったんです。」

「・・・ありがとう、ございます。」

痛む腹部を押さえながらも、弱々しい笑みを見せる姿が痛々しい。
白湯を片手に、もう一度包みを手に持ち覚悟を決めるが・・・どうしても口へ運ぶ事が出来ない。

「やはり匂いが苦手ですか。」

「ごめんなさい。折角作って貰ったのに・・・」

「構いませんよ。」

けれどこのまま胃痛が自然と治まるのを待つのは辛いでしょうし、何よりそんな彼女を見ているだけしか出来ない僕も・・・辛い。

「・・・さん。」

「はい?」

「ひとつ、薬を飲むいい方法を思いつきましたよ。」

「どんな方法ですか?」

痛みではなく、ほんの僅か喜びの表情を浮かべた彼女につられるよう僕も微笑む。
そして彼女の前にあった薬と白湯を手に持って、はっきりと言った。

「僕が飲ませてあげますよ。」

「・・・・・・え」

「勿論、口移しで。」

「・・・・・・・・・え?」

「大丈夫です。零したりしませんから。」

「・・・あ、・・・・・・あの?」

「薬師として、目の前で苦しむ人を無視する事なんて出来ませんから。」

「べ、弁慶?」

自然と後ろへ下がろうとするさんを、壁際へ追い詰めるよう膝を立てて前へ進む。
薬が零れないよう包みを折って懐へ偲ばせ、白湯だけ持って彼女を追い詰めた。
ついに壁に背をついた彼女は、追い詰められた小動物のように周囲をきょろきょろ見回している。
緊張している彼女を安心させるよう、笑みを浮かべ名を呼ぶ。

さん。」

「はっ、はい!」

本当に君は素直な人ですね。
追い詰めている相手から逃げるのなら、名を呼ばれたくらいで振り向いちゃいけませんよ。
動揺しつつも僕を見つめてくれる瞳は、僅かに落ち着きがなくて思わず口元がほころぶ。

「そんなに動くと、痛みが増しますよ。」

実際、今日はそんなに暑くないはずなのに、彼女の額には脂汗のような物が滲み出している。
前髪を指ではらい持っていた布で彼女の額の汗を拭うと、僕は彼女へ顔を近づけ・・・ほんの少しだけ、声を落として囁いた。

・・・僕に、任せて貰えませんか。

「!!」

「君の苦しむ姿を、これ以上見たくないんです。」

僕の声に驚いて動きを止めているうちに素早く白湯を口に含み、懐の包みを手に取り口に入れようとした瞬間・・・慌しい足音が近づいてきた。










弁慶殿!お休みの所失礼致します!!」

「・・・病人の前で何事です。」

やって来たのは僕が熊野で手足のように使っている烏の一人。

「はっ!弁慶殿に申し付けられていました一団が動きました!」

「・・・あの馬鹿。」

「は?」

「いいえ、何でもありません。それで、状況は?」





烏が持ってきた情報は、今動かねば源氏にとって不利な状況を作りかねないというものだった。

「・・・分かりました。すぐ行きます。」

「では馬の支度をして参ります。」

「お願いします。」

熊野の烏は有能で、忠実。

その上手際もいいので、前回ヒノエから借りたまま返していないんですが・・・今回はそれが仇になりましたね。
まるで誰かが邪魔をしているようだと思いながら、壁際で僕の黒衣を膝にかけたまま固まっているさんへ視線を戻した。

「残念ですが、すぐ出立しなければならなくなりました。」

「・・・」

懐へ手を差し込み、開きかけた粉薬を彼女の前にもう一度置く。

「匂いは鼻を摘んで飲めば大丈夫です。」

「・・・」

「もしまだ飲めないと言うのなら、目を瞑っている間に飲ませて差し上げますよ?」

「だ、だい・・・丈夫、です。

「それでは、せめて飲んだ後に差し上げようと思っていた物だけでも受け取って貰えますか?」

そう言って彼女が口を開くよりも先に、その柔らかな頬にそっと唇をのせた。

「・・・お大事に。」

唇を離すのは惜しいが、ゆっくりしている時間はない。
そのまま振り返らず部屋を出て外へ向かう。




















「弁慶殿!」

「ありがとうございます。この遅れを取り戻せますか。」

「少々足場は悪いですが、近道があります。」

「案内頼みます。」

「はっ!」





折角の機会を潰してくれた相手です。
この僕が、直々にお相手して差し上げますよ。

これ以上ない、というくらい、
丁重に・・・ね。





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多分、この話がうちのサイトの弁慶の基本・・・かなぁ?
おいしい機会があれば見逃さず、言葉巧みに相手を騙す(笑)
ま、話を書いているのが私なので、弁慶本人ほど上手く騙す事は出来ませんけどね(苦笑)
このお題もあっさりお題どおりの事をやるのが悔しくて、こんな風にしてしまいました。
大好きな台詞は沢山詰まってるんですが、ここはやはり「あの馬鹿」が名言でしょう(笑)
だって敵の一団が動かなかったら、今ここで確実にヒロインは弁慶の手に落ちましたからね。
多分一団は九郎の耳に届く前に、弁慶が崩壊に導いている事でしょう。

「あの時の弁慶殿は・・・まるで鬼のような強さで、向かってくる敵をたったお1人で倒しておられました(烏の証言(笑))」

ね?弁慶黒いでしょう?
このお題ぜーんぶこんな感じですよ?
ときめく前に怖いって思うかもしれませんよ?←夢小説としてどうよ、それ(汗)
でもね、心の中は優しくて独占欲の強い策士な弁慶なんですよw(フォロー!?)