「ごめんね・・・ごめんね、ヒノエ。」

「だから、これは姫君の所為じゃないって言っているだろう?」

「だって・・・」

「オレが勝手に姫君を庇って、勝手に腕に矢を受けただけなんだからさ。」

「でも・・・」

「あぁほら、泣き止みなよ。あんまり姫君が泣いてばかりだと、空まで泣き出しちまう。」

今日の空は今の姫君と同じようにお天道様が黒い雲に覆われている。
この様子じゃ、恐らく雨が降るだろう。
まぁ久し振りの雨だから願ってもない事だけど、こっちの雨は・・・出来ればこれ以上見たくないね。
唇をきゅっと噛み締めながらオレの腕に包帯を巻いてくれているの瞳には、瞬きすれば今にも零れ落ちてしまいそうな涙が溜まっている。

「・・・きつく、ない?」

「あぁ、もっと強く縛って貰っても構わないよ。の愛という名の包帯ならね。」

「・・・」



――― いつもならここで何か言うはずだけど、やれやれ随分驚かせちまったみたいだね。



さて、どうやって姫君のご機嫌を直そうかと考えていると、包帯を巻き終えたが怪我をしていない方のオレの手を取って再び謝りだした。

「ごめんね、ヒノエ・・・大事な体なのに。」

「これくらいなんて事ないって言ってるだろう?」

「本当に・・・ごめんね・・・」

ぽたぽたと床に幾つもの雫が落ちる。
それと同時に外でも雨が降り出したのか、静かに雨の気配が広がりだした。

「・・・ごめん・・・」

やれやれ参ったね。
オレは女が喜びの涙を流すのを見るのは好きだけど、こんな風に泣かれるのは苦手なんだよ。
普通の女だったら、言葉をこぼす口を塞いでしまえばそれで終わるけど、の場合はそうはいかないからね。



・・・本当はそうしちまいたいけど、ね。



小さくため息をついて、オレは俯いちまっているの肩に手をかけるとそのまま腕に抱き寄せた。

「お前が無事で良かったよ。」

「ヒノエ・・・」

「今のオレはどうやら自分よりもお前の方が気にかかるらしい。」

あの矢がに当たったとしても、大した怪我にならない・・・というのも分かっていた。
恐らくオレが庇わなくとも、あの矢はの身体をかするくらいだっただろう。
いや、寧ろあの場合・・・オレは動かず、に屈むよう声をかけるべきだったんだ。



――― 熊野水軍頭領、藤原湛増ならば・・・ ―――



「声をかけるより先に、身体が動いちまったんだ。」

「・・・」

「ほら・・・お前が悪い事なんてひとつもないだろう?」

「・・・あたしが気づいて避けてれば。」

「甘いね。戦場に慣れていない姫君がそんな事容易くできるはずがない。避けるどころか的になるだけだよ。」

「・・・」

「厳しい言い方かもしれないけど、これは事実だ。それは心に留めておいてくれるね。」

腕の中で小さく頷いたのを確認してから、彼女の耳にかかる髪をはらい、肩口へあごを乗せ囁く。

「ごめんね、よりもオレは別の言葉が聞きたいよ。」

「別の言葉?」

「そう、謝罪の言葉なんて必要ない。今オレが欲しい言葉・・・分からないかい?」

「・・・」

「じゃぁ姫君。姫を庇うという名誉を得たオレに、お前ならなんて声をかける?」



お前ならきっと、オレの望む言葉が分かるだろう?
オレが欲しいのは、心を苦しめる謝罪の言葉なんかじゃない。




「・・・ありが・・・とう?」

「その言葉だよ。あとは・・・笑顔とキスでも貰いたい所だね。」

「キ!?」

「・・・おっと、でも今日は別の所から祝いの品が届いたようだね。」

「え?」

顔を上げたの目に、もう涙はない。
その様子に何故か安堵している自分に苦笑しつつ、雨の止んだ空を指差した。

「ごらん、姫君の感謝の言葉に天まで礼を述べに来たよ。」

の涙が止まると同時に、雨も止んだ。
雨上がりの空から差し込む日に混じり、七色の虹がくっきりとその姿をオレ達の前に現している。

「ね・・・やっぱり姫君には謝罪の言葉より、感謝の言葉の方が似合うのさ。」

「ヒノエってば・・・」

「そう、には笑顔が似合うね。」

「・・・からかってる?」

「いいや。」

「・・・」

「あぁ、でも今日は得したな。この怪我のおかげで仕事をサボってと一緒にいても誰も文句を言いに来ない。」

「さ、サボッてるの!?」

「言っただろう?これくらいの怪我は日常茶飯事だって。」

抱きしめていた腕の中で暴れ始めたの身体を容赦なく抱きしめる。

「ヒノエ!お仕事サボっちゃ駄目でしょう?」

「サボってなんかいないさ。ほら、こうして姫君のお相手をさせて頂いているだろう?」

「手当て終わったからお仕事戻って!」

「あぁ・・・でもまだ傷が痛むんだよ。」

「嘘!」

「・・・そうかもしれないね。」



でも、傷が痛むって言えばお前はまだ側にいてくれるだろう?
誰の所にもいかないだろう?




「ヒノエ!!」

「ふふ、本当にオレの姫君は可愛いね。」





女の口から聞く謝罪の言葉の理由は大抵ろくでもないもんだ。
けど、なんでだろうね。

の口から聞く言葉は・・・オレの胸を熱くさせるよ。

どうせ熱くなるなら、本当は愛の言葉を囁いて貰いたいものだけどね。
まぁそれは、先のお楽しみって所かな。





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確かお題で一番思いつかなかったのが、これだったと思います。
「・・・ごめんね!?」
謝罪・・・誰が?ヒノエが!?ヒロインが!?
とまぁそんな風に色々考えた結果、ひたすら謝るヒロインのこの話が出来ましたとさ。
頭領として動くならこうするはずだ、だけどヒノエが動いたのは?っていう所が結構好きw
本来そんな事あっちゃいけないだろうけど、お話の中だけならあってもいいかなぁ〜って(笑)
それにしてもヒノエを動揺させるほどの愛の言葉って何かあるのかしら?
私の中では、こっちが動揺する事はあっても彼を動揺させる事なんて思いつきもしないんですけど(苦笑)
皆様の中のヒノエは如何ですか?(笑)