「・・・痛っ・・・いかな?」

朝食の後片付けも終わり、掃除機を操っていると不意に耳に痛みが走った気がした。
耳の奥がツーンとした感じがする。
けれどもそれだけで終わったので気のせいか、その場限りの痛みだと、あまり気にせず
掃除を続ける。

家の主である悟浄はまだ起きてこない。きっと朝方帰ってきたに違いない。
私と同じ同居人の八戒は只今洗濯物を干しに庭に出ている。
今日は良い天気だから機嫌よく手際よく作業しているのだろう。
ご機嫌のその顔を眺めたい気もするけど掃除をサボるわけにはいかない。
ふんふんと鼻歌交じりで自分のすべき事を続けていると、また痛みが走る。

「やっぱり痛いな。何だろ?」

もしかして頭の中の神経回路の接触が悪いんじゃないかと、それこそ頭の悪そうな
考えが浮かび、自分の頭を拳骨で軽く小突いてみた。

「なーにしてんの、チャン?」

「うわっ!悟浄!?お、おはよう。びっくりしたー」

いつの間に起きたのか、知らない間に後ろに立っていた悟浄に驚きつつ朝の挨拶を
する。頭をコンコンしてたの見られちゃったかな?

「頭、どうかした?」

やっぱり見られてたかと苦笑すれば頭をくしゃりと撫でられた。
そんなに大した痛みでもないのに心配かけてはいけないと、こんな時の決まり文句
を言ってみる。


「何でもない」

「そっか?」

「うん、そう。コーヒー入れるね」

そう言ってキッチンへと歩き出そうとしたその時。

ズッキーン!

先刻よりもハッキリした痛みが走り思わず耳に手を当てて立ち止まってしまった。
そんな私の様子に悟浄が慌てて近づいてくる。あーあ、折角煙に巻いたのに。

「おい、やっぱ変だぞ。痛ぇのか?」

「んー、大丈夫」

「大丈夫じゃねぇだろ、その様子じゃ」

「全然平気だよ・・・痛っ」

「ほーら、痛ぇんじゃねぇか。あのなぁ、言ってくれねぇと余計心配だっつーの。
な?言ってみ?てか、言って下さい」

溜息交じりにふざけたような口調で言う割に真剣な色を含んだ紅い瞳。
これは正直に言わないと傷付けてしまうと感じて、素直に今の自分の状況を説明する
事にした。

「さっきから耳の奥が痛いんだけど、何でか分からないんだよね。でも我慢出来な
いって痛さじゃないから大丈夫」

「おい、ちょっと」

そう言って悟浄は私の手を掴んで引っ張り始めた。

「ちょ・・何?どうしたの?」

「いいから、こっち来いって」

ずるずると引き摺られるようにしてソファーの前に連れて行かれ、そこへ座らされた。
少し間をとって悟浄が隣に座ると、その長い腕は私の肩に回されて引き寄せられる。
何をされるのか全くわからず、よって何かに抵抗する準備も出来てなくて、そのまま
ストンと横にされてしまった。
つまり座ったまま上半身横倒しの姿勢。しかも頭は丁度悟浄の膝の上。

「何するのっ!?」

悟浄の膝枕なんて、自分が進んでやったわけじゃないけど大それた事をしてるようで
うろたえてしまう。は・・恥ずかしい。

「耳、見せてみ?」

「っ!?」

見られて恥ずかしい箇所は色々あるけど、こうなってみると耳も恥ずかしいもので思
わず手で耳を隠してしまう。悲鳴に近い声を上げながら。

「い、いやーーーーーっ!ダメ!見ないでっ。恥ずかしいよ〜」

「あのね、俺のイイ声が聞こえなくなったらどーすんの」

耳元でそう囁かれたらしい低い甘い声は、そこを塞いだ手を障害としないらしい。
その声は頭に直接響いてくるようで、もし立っていたらヘナヘナと座り込んでしまい
そう。

「その手、邪魔・・・」

更に低く聞こえてきたその声に手の力も抜けてしまったのか、あっけなく私の細やか
な抵抗は悟浄の大きな手によって外されてしまった。
何でこんな事でそんな甘い声出す必要があるのだろう?
そう思っても既にこうなっては仕方ないと諦めて、でも恥ずかしくてギュッと目を
瞑ってされるがままになるしかない。

悟浄の男らしい指が私の耳たぶを軽く掴んで引っ張る。
無骨に見えるその手は存外に優しい動きで、思わず溜息が出そうになる。
恥ずかしいけど気持ち良い・・・・そんな複雑な気持ちを迷走していると、それを
邪魔するように再び痛みが走る。

「っ・・・ねぇ、何かわかった?」

「んーーーー、わかんねぇ」

なんともガックリする答え。
こんな恥ずかしい思いをして結果が出ないとは。

「そりゃそうだよ、耳の中なんてお医者さんじゃなきゃ分からないよ」

「そだな。じゃ、早いトコ病院へ行こうぜ。連れてくからサ」

ジープを呼ぶから待ってろと言いながら立ち上がろうとする悟浄を制したのは私。
今の時間からでは午前中は混んでてすごく待たなければならない。
それなら午後早目に行って早く診てもらった方が良いと提案すると、それもそうだ
と悟浄も同意してくれた。

さてと、と起き上がろうとした私を制したのは今度は悟浄。

「大人しくしてろって。動くと余計痛みそうだからさ、横になってろよ」

悟浄はそう言ってやんわりと自分の膝へと私を押し戻した。

「ん、ありがと。でも膝枕はもう良いよ?」
「えーーー?俺の膝枕って居心地悪ぃの?」

そう問われてみれば、男の人の、しかも筋肉質であろうこの長い足はそれなりに体積
があって正直枕にするには高い。
でも、悟浄の気持ちが嬉しくて、それに高いのを差し引いても何だか安心する。

「温かくて気持ち良いよ。それに安心する」
「じゃ、いいんでね?このままで」
「うん」

そう言って体の力を抜くと、それを感じたのか悟浄の手が私の髪を梳き始めた。
それも気持ち良くて、私は目を閉じた。





どの位経ったのか、唐突に目が覚めて自分がうっかり寝ていたのを知った。
いくらなんでも悟浄も重かっただろう。

「ごめん、寝ちゃってた。重かったでしょ?」

そう言いながら体を起こそうとするとまたもや押し戻される。

「いいえ、何時間でも平気ですよ。のためなら」

「!?」

降ってきたのは柔らかいくせに涼やかな八戒の声。
どうして悟浄から八戒の膝枕に代わっているのだろう?

「は、八戒?あれ?なんで?悟浄は?」

「悟浄は庭で草取りです」

ニッコリとしているであろうその声の言う通り、慌てて上体を起こして窓越しに庭を
見れば大きな背中を丸めてしゃがんでいる悟浄がいた。
何と言うか・・・・背中に哀愁が漂ってる。草取りで哀愁を醸し出すとはさすが悟浄
と言うべきか。

「洗濯物を干し終わって戻ったら貴方にこんな事していたので、その罰です」
「や、それは悟浄のせいじゃないから!」
「いいえ、僕の目を盗んでに過剰接触した罪は重いです。それにここは悟浄の家
ですから、家主が庭の手入れをするのは間違っていませんよ」

それはそうだろうけど、何か納得し兼ねる気がするのは気のせいだろうか?
でもこんな物言いをする、おそらく目が笑っていない微笑を浮かべているであろう
八戒に逆らうなんてとても出来ない。
ごめん、悟浄。今度は私が膝枕してあげるからね。

「悟浄から話は聞きました。早目にお昼を食べて病院へ行きましょう。それまでは
大人しくしていて下さいね」

そう言って八戒は再び私の頭を自分の膝の上に迎えて、私の髪を梳き始める。
悟浄と違ってしなやかで長い指は、だけど悟浄と同じように気持ち良い。



私を特別大切に思ってくれているらしい二人。
ぽたぽたと落とされる甘やかすような優しさ。
それは、まだ午前中の白い光さえも蜂蜜色に変えてしまいそうなくらいで。

だから今はこのちょっと贅沢な時間に浸らせてもらおうと瞼を伏せる。
くどい程甘い優しさで目を開けていられないのは二人のせいなのだから。





BACK



【ホームワークが終わらない】にご参加下さりありがとうございました!
六花さん、悟浄と八戒をありがとうございましたーっ♪
っていうと、なんだか語弊があるような気がしますが…気にしちゃいけません(どきっぱり)

う〜ふ〜ふ〜ふ〜♪悟浄と八戒の膝枕〜♪
…って、まとめて書くとなんだか変な感じがするのは気のせいでございましょうか?(笑)
どういう体制なのか一瞬首を傾げるような書き方は止めましょう(苦笑)
でも、悟浄の声で耳元に囁かれたら、そりゃ腰も抜けて力も抜けます!
…抜けてもいいからお願いしたいとか思った人、同士です!!

こちら、喜んで懐に収めさせていただきます。
お忙しい中、本当にありがとうございました!!