この腕に抱くものが、どれほど大切かなんて確認しなくてもわかる。
流れる黒髪、伏せた瞳。魅力的な唇から暗闇でも浮かび上がる白い肢体まで、全てが愛おしい。
未だにこの手にしたと思っても実感がわかないのは、いつか天に帰ってしまうかもしれないという不安があるからだ。
彼女の身体に証を立てても赤い花は消えてしまう。まるで空に浮かぶ月が、彼女の神聖さを失わぬようにと消しているようで、益々いくつもの痕を残したくなる。何度も何度も彼女の身体に赤い花を散らす。
俺の大切な人だから、と何者にも変えがたい愛しいものだと証明するように。

「んっ……」

起きてしまったかと、一瞬焦るがすぐに夢のなかに戻ってしまったに安堵する。
いい夢でも見ているんだろう。幸せそうな笑みを浮かべているのを見ると、不安だった心も一蹴されて安心感が芽生える。

(らしく…ないな)

いつになく感傷的な自分に笑ってしまうが、文机においてある烏からの報告書が脳裏に過ぎる。
動き出した―――と何がと言わなくてもわかる大きな波にどう舵を取るべきか、熊野を預かる身として考えなくてはならないときが来た。
小さな波ならいくらでも舵の舵を取りようがある。そして、どう読むべきかも。
昔の自分なら、いくつもの手段を考えて行動に移していたかもしれない。けれど、もっと奥深くまで読み込まなくてはならないと考えるようになっていたのはいつからだろう。
思慮深くなった、と烏たちが言うけれど、本当のところは守りたい一心で生まれる抑制欲だ。

「本当にお前は、女神のようだね」

あどけない顔に隠された艶めいた表情。
さきほど見たばかりなのに、もう一度見たいと思ってしまうのは、穢れをしらない天女だからか。
起きないように細心の注意を払いながら頬に触れて、輪郭をなぞる。月光に照らされて、消えてしまわないかと確かめるように。
カタリ、と音がして廊下に目を向ける。誰にも入らないようにしてあるはずがゆえに、警戒心が高まったがそれも杞憂に終わった。
名残惜しくはあるが仕方がない。のやわらかな髪にくちづけを落とすと、寝所から離れて廊下に出た。

「アンタか」

黒い外套が闇から現われる。

「烏からの追加情報と僕からの情報ですよ」

「明日じゃ遅いってワケか。」

月明りを元に手渡された文を読み始める。追加された情報は想定内のことで、急に方針を変えなきゃならないほどのものでもなかった。

「なんだよ。口頭で伝えなきゃならないヤツでもあるのか」

こんなヤツと話しているより、さっさとの元に帰りたい。
目でそう訴えるが、コイツはそれを知りながら無視するから腹立たしいことこの上ない。

「情報を持って来たんです。それ相応の代金をいただかないと」

「んじゃ、明日でいいだろ。俺もさっさと寝たい」

「報酬はさんの寝顔でかまいませんよ?」

……コイツは。
そこに寝ているんでしょう?と、部屋を覗きにかかる。が、そう簡単に姫君の夢路を邪魔するかっての。
妨げるように身体をずらせば、さすがにヤツも顔をしかめる。

「大体アンタ、性格が歪んでるくせにこれ以上、歪もうなんておかしいんじゃねぇの」

率直に意見を述べれば、いつも通り言葉を濁して否定するだろう。そんな答えを期待する。

「そうかも知れませんね」

「………」

歪んでいることを否定しない辺り、自分の叔父として神経を疑ってしまう。が、それ以上に見えない本音が怖い。
揺らぐことのない自信も心に決めた誓いですら覆してしまうような笑みが、歴然と何かを悟らせる。

「これでも歯止めを利かせているつもりなんですけどね。どうも、彼女の瞳はそれを暴いてしまうんです」

だから、困る。と、満更でもなさそうな表情で言うから尚更タチが悪い。
どんなに警戒したって、を見るコイツの目は変わらない。海よりも深く、天竺の先のように果てなき想い。それがどんなものなのかは、俺自身もわかっている。
、本当にお前は罪な女だね。
だからこそ、愛しい。

「さて、今日はこれくらいにしておきましょう。明日、明後日くらいには発つんでしょう?」

「まぁね。いつまでもグズグズしていられるほど、俺もバカじゃない」

寂しい想いをさせてしまうけれど、行かなくてならないんだ。彼女を傷つけるもの全て消すために。
を幸せにすると誓ったから。

「留守は僕が預かっておきますよ」

一番危険なヤツをおいていくほど不安なものはないが、を傷つけるようなマネだけはしないだろう。
親父もいることだし、熊野に関しては安心して預けられる。
恋敵がこれほど憎いのは、初めてだよ。

「あぁ、よろしくな」

「わかりました。そうだ、一つだけ良いことを教えておきましょう」

「なんだよ」

さん。最近、僕のところによく来てくれるんです」

それがどうした。といいたいところだが、不敵に笑うところを見ると自信も陰ってしまう。
再び闇夜に消えた影をキツく睨むと、すぐさま部屋に戻った。

「おかえりなさい、ヒノエ」

「起こしてしまったかな?」

まだ夢うつつな印象を受けるが、それでも笑顔で迎えてくれた彼女にほっとしてしまう。

「目が急に冴えちゃって」

遠慮がちに呟いたところを見ると、もっと別の理由がありそうだ。すぐさま床に戻ってを抱きかかえると、戸惑いながらも頬をすりよせてきた。
これが欲しかったの、と甘えるような仕草は庇護欲をそそる。それと同時に、1つの不安が押し寄せてきた。
俺がいない間、彼女はこうした不安を誰に穴埋めしてもらうのだろう、と。

―――さん。最近、僕のところによく来てくれるんです。

別れ際の言葉が、満たされた心をじわりじわりと浸蝕していく。
アイツの言葉は毒薬かよ。
広がりつつあるアイツの毒が、うざったいくらいに感じる。

「ヒノエ、どうかしたの?なにかあったの」

不安気なの顔ですら、心に響くなんて俺も相当おかしくなってるかもな。
ぎゅっと抱きしめれば、彼女も抱きしめかえしてくれる。
彼女に助けを求めれば、きっと答えようとしてくれてるだろう。そういう君だから、俺は愛してやまないし、独占したいと手に入れたんだ。

、明日か明後日ぐらいに海に出るよ」

「……長くなるの?」

「いや。愛しい姫君のためにも早く帰ってくるさ」

「うんっ」

だから、どうか不安にならないで欲しい。俺だけを見て、俺だけに微笑んで欲しい。
朝が来るまで。
君のぬくもりで俺を満たしてよ、





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【ホームワークが終わらない】にご参加下さりありがとうございました!
あやさん、素敵なヒノエ……と、弁慶をありがとうございましたーっ♪

危うく吐血してぶっ倒れそうでした(きっぱり)
あぁもうなんて幸せなんでしょうっ!!
途中でさらっと弁慶を出してくれる辺りが憎い演出です(笑)
朝が来て昼が来て、また夜が来てでもいましょう!熊野に!頭領の館にっ!
でもって海に出てしまってる間は弁慶に遊んで貰いま…(黙りましょう)
僅かに揺れるヒノエが本当に素敵です!
頭領だけど、熊野を背負ってるけど…でも彼はまだ17歳なんだよね、と改めて思うお話でした♪

こちら、喜んで懐に収めさせていただきます。
お忙しい中、本当にありがとうございました!!