「おい…カンベンしてくれよ」



昼休みに屋上に来てみれば、先客がいた。

いや、それはいい、それはいいんだが…



「寝てる…よな」



先客は、だった。

日当たりのいい場所で壁に背を預けて、座り込んで、気持ちよさそうに寝てやがる。


昼飯食って、楽典読みながらうとうとってところか…
まったく気楽なもんだぜ。


「お前…無防備すぎ」


これが俺じゃなかったら…
他の男子生徒だったら…



…月森だったら…



「なんでアイツが出てくるんだよ…」



他に人はいないのに、思わず声に出る。

本当はそんなことしなくても、わかっている。

あいつも、のことを…



自分の気持ちに気付いたのは、最近だった。
だけど、気付いてしまえば、それはずっと以前からだったと、何故か確信できた。


「当のご本人は、夢の中…ってか?」


眠っているの傍にそっとしゃがみこんで、寝顔を眺める。

起こしてやらなきゃ…とは思うが、自分だけが見ている表情という誘惑に勝てない。


普段まっすぐ俺を見る目が閉じられて…こいつ、まつげ長かったんだな、と気付く。

規則的に、揺れる肩も、華奢で、触れたら壊れそうだ…


「って、何考えてんだよ、俺は!」


寝顔を眺めてるだけでも、充分悪趣味だと思うのに、触れようだなんて…


「んっ…」


思わず出た声で、が声を漏らす。
…起きたか…?


「って、おいっ!


起きるかと思ったは、少し身体を動かして…
そのまま、横に倒れそうになった。

んなことしたら、頭を床にぶつけるだろうが…!


とっさに、腕を伸ばして抱きとめた。

それはいいんだが、結果的に考えると…



今、俺の腕の中で、は眠ってる。



「ったく…どうすりゃいいんだか…」



言いながらも、どうすればいいか、なんてことはわかっている。
さっさと、こいつを起こしてしまえばいい。



だけど…



腕に抱きとめたことで、より近くなる寝顔。


「お前、やっぱり無理してるんだろう…」


疲れているように見える。

人にやたら甘えず、まっすぐに頑張る…
俺はお前のそういうところに惹かれたんだろうとは、思う。



「だけど、こんなになるまで一人で頑張られるのも寂しいもんなんだぜ?」



矛盾しているだろうか。

骨のあるお前が好きだ。

なんでも、気軽に言い合えて、やたら甘えたり、頼ったりしないで、むしろライバルでいられる関係。



でも、誰だって一人じゃ、いられない。



「お前が誰かに寄りかかりたいときは…こうして俺に寄りかかればいいんだ」


眠っている相手に言っても聞こえない。
だからこそ、言えるのかもしれないが。


起こさなければと思う気持ちとずっとこうして抱きしめていたいという想い…


「目を覚ますと、今度はどこへ飛んでいくのかわかんねえからな、お前は…」




行くな…と、どこにも行くなと言えば、それは叶うんだろうか…




「大人しく言うこと聞くような女じゃないよな」



溢れそうになる想いを閉じこめて、俺は抱きとめていた肩を揺らす。


「おい、何やってんだよ、起きろ!」

「ん〜…眠い…」


…本当に緊張感とか、警戒心とか、こいつの辞書にないのか?


「ほら、起きろって!」

「あ〜梁太郎〜」

「梁太郎〜じゃねえだろ、起きろよ、風邪ひくぞ!」

「あと5分〜…」


あろうことか、一度顔をあげたは、もう一度、俺の腕に顔を埋めて寝ようとしてやがる。

もう一回、声を大にして言いたいぞ。

「お前、もうちょっと警戒心とかだなあ」

「あったかい〜…」



俺、こいつに男として全く意識されてないってことなんだろうか…


それでも、なんとか、本当にようやく、目を覚まさせることが出来た。



「お前、こんなところで一人で寝て、見つけたのが俺じゃなかったらどうするつもりだよ…」

さっきのやりとりを思い出すと、本当に頭を抱えたくなる。
お前を狙ってる男子生徒は多いんだぞ、こんなところ見かけたら…


「えーでも、梁太郎だったんだから、よかったじゃない」



いともあっさり言い切られて、ますます頭を抱えたくなる。

…本当に俺、こいつに男として見られてねえんだな。


「それに寝るつもりなかったんだよ〜気が付いたら、こう、うとうとと…」

「それだけ疲れてるってことだろ?無理しすぎなんだ、お前は」


問題外ってことが、思ったよりショックが大きくて、憮然とした声になる。


「頑張ってるのはすごいと思うし、お前は骨のある女だとは思う。
だけど、頑張ることと、無茶をするのは違うだろう」


…こんなところ、他のヤツに見られたら…

まだそんなことを思っている俺がいる。
これはきっと、嫉妬ってヤツなんだろう。

みっともないな、俺…

だけど、つい、口に出た言葉は止まらない。


「こんなところで寝て、風邪でもひいたら、困るのはお前だろう?」

「あ〜そうだね、気をつける…迷惑かけてごめんね…」


しゅんとうなだれる様子に、胸が痛む。


「いや…俺も言いすぎた…
それに、迷惑じゃ、ない。
だけど、無理をしてほしくないって言うのは本当だ。
頑張るのはいいが、時には休んで…」



…その、休んで気を許す場所に、俺はなりたいと思う。



なかなか、人にそんなところを見せないお前だからこそ、なおさらに。

だけど、言葉には出来なくて。

そんなもどかしい想いをかき消すように、予鈴のチャイムが鳴る。



「あ〜5時間目始まる…って、梁太郎、お昼まだなの!?」


手に持った購買の袋を見て、が悲壮な声をあげる。

お前の寝顔見たとたんに、昼飯のことなんて頭から消えてたぜ…


「ん…ああ、まあ…」

「ひょっとして、あたしのせい?昼抜きになる?」


にしてはめずらしく、おろおろおたおたと、俺を見ている。

…お前、人のこととなると、そうやって慌てるんだよなあ。
自分のことも、少しは考えろよ。


「まあ、確かに誰かさんがこんなところで寝ていてしかもなかなか起きなくて…ってのはあるが、まあいいさ。
5時間目フケて、ここでゆっくり食うよ」

「う〜…いけないんだ〜と言いたいところですが、今日ばかりは…」

「言えないよな?むしろ、なんて言ってくれるんだ?」

「え〜ご、ごゆっくり…?」



5時間目フケるつもりはなかったが、まあ、大丈夫だし、自分で言ってみて、そうするかという気になる。


「ごゆっくりっての面白いな」

「う〜ん…」


は、うまい言葉が出てこない…と、頭に手を当てて考え込んでる。
そこまでのことか?


「俺より、お前のほうこそ、遅刻するぞ?」


そう言って、さっき、を起こそうとしたときと、同じ寂しいような気持ちが、心によぎる。


「え、あ、そう、そうだ…ね」


まだ本気で考え込んでいたらしいは、慌てて、その辺の荷物を集めようとした。



「…梁太郎…?」



は、荷物を集めようとしたが、集められなかった。

俺が、の腕を掴んで、引き止めたから。

不思議そうに、振り向いて、俺をみている。



「行くな…」



思わず出た言葉。


は授業がある。
行かなきゃいけない。

わかってる。
だからこそ、早く行けと促したのは、他ならぬ俺だ。

それなのに、今…俺は…


の腕を掴んだ手を、どうしていいのかわからず、そのまま、離せないでいる。



「あ〜やっぱり、そうだよねえ…」



混乱した俺と対照的に、のんびりした声が聞こえる。

ここに俺の他にいるのは…


「な、なにが、そうなんだよ、お前…」


知らず、俺の気持ちに気付かれたのかと、ますます慌ててしまうが、どうみてもの様子はそれと違う。


「梁太郎がさぼる原因作ったのあたしだし、梁太郎一人にさぼらせるわけにいかないよね〜」



………どういう理屈だよ。



気をそがれて、思わず手を離すと、は手早く荷物をまとめて、またそこに座り直した。


「一人でご飯食べるのも味気ないでしょ〜?あたしさっきそうだったし…」

「もっと早く俺がくればよかったんだな」

「あ〜そうだねえ」

「じゃあ、明日は一緒に食うか?」

「うん!」



隣に腰掛けて、昼飯を広げる。


「お前も食うか?」

「いや、さすがにさっき食べたし…」

「じゃあ、お前はさっきの昼寝の続き、かな」

「え?でもそれじゃ…」


自分が寝たら、俺が一人で昼飯食うことになるって心配しているのか?
まったく、本当にいつも人のこと、だな、お前は…


「明日一緒に食うし、別に今日はいいさ。
それより、休めるときに休んでおけよ。
6時間目近くなったら起こしてやるから」

「う〜ん…」



それでもしばらくは、買ってきたパンの話や、楽典の話をしていたが、暖かい日差しに、また眠気がやってきたらしい。


「う〜…」

「無理しても、寝る時間少なくなるだけだろ?」

「うん…」


そのまま、目を閉じて、すぐに寝息を立てはじめた、の頭をそっと自分の肩に引き寄せて、祈るように囁く。



「だけど、こうやって無防備に寝顔見せるの、俺だけにしておいてくれよ。な、…」





BACK



【ホームワークが終わらない】にご参加下さりありがとうございました!
犀さん、土浦くんをありがとうございましたーっ♪

土浦くんといえば、いい人…という印象があります。
ゲームや原作の出だし…とでもいいましょうか、そのインパクトが強いみたいなんですよねぇ。
でもこのお話のように面倒見が良かったりするけども、ヤキモチもしっかり焼いてくれて…でも優しいっていう、土浦くんにはドキッとさせられます。
金やんや火原先輩以外に好きなのは土浦くんだったはずなのに、金やん度合いが高くなりすぎて薄れがちな土浦くんを再び思い出させてくれたお話でした(笑)

こちら、喜んで懐に収めさせていただきます。
お忙しい中、本当にありがとうございました!!