暗闇をひたすら走る。
扉をみつけても、決して閉じることはなく。大好きな人の名を叫んでも助けてくれるワケもなく。
何かに追われるように、ただ両足を前へ前へと動かして駆けていた。
(もう、いや)
拒絶の言葉は声になることはなくて、喉の辺りで止まってしまう。
拒絶することは許されない、と言わんばかりに迫上がる気持ちだけが身体を支配する。
「……―ン」
声が聞こえた。懐かしいような焦がれるような声が。
止まって耳を傾ければ、ちゃんと聞こえてくる。
「……――チャン」
あたしを呼ぶ声が。
重い瞼を開けると、深紅のカーテンがかかっていた。
痺れるような煙草の匂いと大きくてゴツゴツした手が優しくあたしを包みこむ。
「ご…じょ…ぉ?」
ぼんやりとおぼろげな頭で、名前を呼んでいてくれた人の名を呼ぶ。
呼び主は、少しだけ起き上がると「おはよ」とまた頭を優しく撫でてくれた。
ハイライトの香りがして徐々にここがどこで誰が呼んでいたのか思考がはっきりしていく。
ここは悟浄と八戒の家で、名前を呼んでいてくれたのは悟浄。
そのことがわかると身体の緊張がとけて柔らかなベッドに身を沈めることが出来る。
もう逃げなくていいんだと、現実が教えてくれた。
「かなりうなされてたみたいだゼ?」
「……うん」
全体的に身体が重くて、起き上がるのが億劫なくらいダルい。もう一眠り、ってわけじゃないけど頭が上手く機能しない。
そんなあたしの様子に気付いたのか「大丈夫か?」と問いかけて、悟浄は無理にあたしを起こそうとはしなかった。
「大丈夫だよ」
悟浄に向けた言葉だったけれど、自分にも向けたような気がした。
まだ大丈夫、頑張れる。
魔法の呪文のように唱えれば、またあの夢を見ても平気でいられると自分自身に言い聞かせる。
それに元気がわいてくる気がするんだ。たとえそれがカラ元気だとしても、元気なのには変わりないから。
「………それにしちゃ、頭がいっぱいって感じ?」
なにが、と問いかけようとして悟浄の視線にふと気付く。
いつもだったら明るい赤なのに今は深紅のような暗い瞳に見える。まるで、あたしの心を吸い取ったかのような沈んだ瞳。
それにいつになく真剣な表情だから戸惑いと少し怖さを感じる。
(……どうしよう)
きっと今の自分の気持ちを話したら嫌われちゃうんじゃないか、軽蔑されるんじゃないかと不安になる。
誰だって負の感情を人にぶつけたりしたくないし、受け入れたくないって思う。
けれど―――。
「…………」
あたしが発するシグナルを聞き漏らすまいとじっと待っている悟浄がいる。
そんな悟浄の姿勢が、申し訳なくも嬉しかった。
あたしの声をちゃんと聞いてくれる人がいるのだと思うから。
「悟浄……あのね、心がぎゅーっていっぱいなんだ」
「ん」
「でね、どうすればいいかわからなくて……」
自分が思ってた以上に心も身体も弱っていて、自分の器量よりオーバーしてることは確か。
でも、ここからどうすればいいかなんてさっぱりわかんない。
見えない先に押し潰されそうで、不安や恐怖や痛みが身体を締め付ける。
「なぁ、欲しいんだけど」
「えっ?」
「チャンの不安、全部俺にちょーだい」
「えっ、え?」
唐突な悟浄の言葉に一体何を言ってるの、と聞き返したくなるけど、抱きしめられたら何も言えなってしまった。
強く求められるような抱きしめ方じゃなくて、包みこむような優しい腕だったから言いかけた言葉も溶けてしまう。
「本当は、チャンのココロもカラダも、って言いたいところだけど、今回はチャンの不安だけにしといてやるからさ」
「………」
「だからくれる?チャンの不安」
恐る恐る悟浄を掴んでみたら、しっかりと手を握りしめられる。
全部すくいとってしまうような手が、あったかくて逆にあげたら冷たくなっちゃうんじゃないかと思ってしまう。
「あんまりいいものじゃないよ?」
「チャンからもらえるモンなら、その辺の石ころだって宝石だゼ?」
「うそ」
「なんだよ、この悟浄サマが信じらんないってか?」
「うん」
「ひでぇなぁ、ごじょさん泣いちゃう〜」
メソメソと嘘泣きする悟浄に笑っちゃったけど、なんだか久しぶりに自然に笑えたような気がした。
(いいかな、悟浄なら)
溜め込んでいた不安が、手の平から伝わる悟浄の体温によって奪われつつあった。
氷塊のようにあった心が溶けて、悟浄のシャツに染み込んでいく。
「悟浄、ありがとね」
「どーいたしまして」
突き刺さっていたトゲが消える感覚を味わいながら、あたしは悟浄にずっと抱きしめられていた。
【ホームワークが終わらない】にご参加下さりありがとうございました!
あやさん、カッコイイ悟浄をありがとうございましたーっ♪
ってか、これ…そのまんまdarkmoonに入れたいぐらいでございます。
悟浄優しい〜っっ!!
ってか、こういう悟浄が大好きですっ!!
さり気ない優しさと、受け止める心の広さ
軽口を叩くのは、こっちに気遣わせないため…
なんて勝手に言ってますが、寄りかかっても大丈夫って安心感があります。
目が覚めて最初に見るのが悟浄っていうのは、本当に…いいですよね。
こちら、喜んで懐に収めさせていただきます。
お忙しい中、本当にありがとうございました!!