「・・・あ、切れた。」

「何が?」

隣で宿題をしていた桂木ちゃんが俺の手元を覗き込もうとしたので、その前に席を立つとテレビゲームに熱中している時任の肩を叩いた。

「ちょっと買いだし行って来るから時任、あと頼むわ。」

ポケットの中の小銭を確認して執行部の部室を出ようとした時、背後からゲームに熱中していた時任の声が聞こえた。

「あっ、くぼちゃん!!そしたら俺の昼飯も!!」

「・・・あいよ。」

いつもならついてくるはずの人間が、新作ゲームにかかりっきりで・・・俺は久し振りに一人で校門を出る事となった。










「ありがとうございましたぁ〜v」

「いつもドーモ。」

「また来て下さいねv」

「はいはい。」

時々利用する弁当屋は、何故か俺が行くと頼みもしないのにおかずとご飯の量が倍増する。
桂木ちゃん曰く無駄に色気を振り撒いてるって言われたけど、俺はただあそこに行った時には必ずメガネを拭いてるだけ。
その時いつも店の人が身を乗り出してるとか、歓声が上がってるなんて・・・知りません。

「さてと、あとは俺のタバコだけ・・・」

目的の自販機の前に到達してポケットの中を漁って小銭を取り出す。

「・・・おやぁ?」

もう一度ポケットに手を入れて残りの小銭を確認するが、何度見ても手の平には銅硬貨しか見当たらない。

「あーらら・・・」

結構な重みがあったので知らない内にタバコ代くらいはあると過信していたらしい。

「・・・時任の昼飯、返品したら怒るよなぁ。」

やれやれと自販機の前で腕を組んで首を捻っていると、腰の辺りを叩く手に気付きゆっくり振り返った。

「こんにちは、久保田くん。」

「君は・・・保健の五十嵐先生の・・・」

「妹のです。」



以前五十嵐先生の忘れ物を届けに学校にやって来た女の人。
セーラー服を着ていたからてっきり他校の子だと思ってたんだけどねぇ。



「今日は・・・ブレザーなんだ。」

「うん、大分寒くなってきたしね。」

初めて会った時と同じ、柔らかな笑顔で笑うこの人が―――気になっていた。

「でも女の人はスカートで大変だね。寒いでしょ?」

「そうでもないのよ。意外とね・・・ルーズソックスって温かいの。」

「へぇー。」

「今度試してみる?」

「機会があれば。」

そう答えた瞬間、目の前の人物は勢い良く吹き出して笑い始めた。

「相変らず笑い上戸ですね。」

「く・・・久保田くんが悪いのよっ!機会があれば何て言うから・・・」

言いながらもクスクス笑い続け溢れる涙を拭うこの人が、俺よりも年上で一流企業のOLサン、尚且つ学生服を着るのが趣味な人だと言うのは未だに信じがたい。





「落ち着きました?」

「うん、ご心配お掛けしました。」

「いえいえ、原因はどうやら俺みたいですから。」

そう言うと彼女はやはり蕩けるような笑みを見せてくれる。
あーそう言えばこの間、桂木ちゃんが読んでた少女雑誌で『綿菓子のような笑み』とか書いてあったけど、それってひょっとしたらこーゆー笑顔の事かもしれないな。

「ところでさっきから自販機の前でずっと悩んでたみたいだけど、何かあったの?」

ちゃんにそう言われて自分がタバコを買いに来たと言う事を思い出した。

「いや、タバコが切れたんで買いに来たんですけどね。小銭が・・・ほら、この通り。」

ジャラジャラと手の平の小銭を彼女に見せると、さっきの俺と同じ様に枚数を数え始めた。

「・・・と言う訳で途方にくれてたんですよ。」

「そうなんだ・・・じゃぁあたしが今一箱買うからそのお釣りで買う?」

そう言うと彼女は財布から千円札を取り出して自販機に入れると、迷うことなくセブンスターのボタンを押した。
出てきたタバコを取り出して、お釣りの返却レバーを捻るちゃんの背にポツリと呟いた。

「タバコ・・・吸うんだ。」

「え?あぁ・・・たまに、ね。」

ちょうど500円玉も50円玉も切れているのか、お釣りの取り出し口には山ほど小銭が詰まっていて取るのに苦労しているのが後ろから見ていても分かる。

「銘柄はいつも同じものを?」

「うん。好きなんだ、あの名前。」

「・・・名前?」

ようやく全て取り終えた小銭を手に立ち上がった彼女は、出て来たばかりの煙草のパッケージを印籠のように俺の目の前に差し出した。

「ラッキーセブンv」

「・・・はぁ。」

頭をかく俺を余所に彼女は腕時計の時間を見ると小さく飛び上がって、慌てて手の平の小銭を俺の手に移した。

「小銭増えちゃうけどこれぐらいあればどれでも買えるよね。また遊びに行くからその時は宜しくね!久保田くん。」

「あ・・・」

「お姉ちゃんにもそう言っといてー!!」

風のように去って行ったブレザー姿の彼女の後に残されたのは・・・手の平から零れそうになるほど小銭を持った俺と、ホカホカ弁当の名にそぐわなくなってしまった弁当だけ。

「・・・小銭だらけ。」

手の平から零れそうな小銭が落ちないよう一旦ズボンのポケットに入れて、その中から数枚小銭を取り出した。
するとそこにはさっき迄なかった綺麗に光る銀色のコインが一枚混ざっていた。
年数を見ると今年の物だと言う事が分かる。

「やっぱ綺麗な硬貨ってのは使いにくいね。」

フッと口元を緩めてもう一度小銭をあさる。



自分が吸っているタバコと彼女の吸っているタバコの銘柄が同じ。
だけど、自分は彼女のような理由でそれを選んだわけではない。




取り出した硬貨をゆっくり投入し、先ほど彼女が押したボタンを自分も押す。
コトンと言う軽い音を立ててセブンスターが落ちてきた。
取り出してパッケージを見ると、何故かあの時の彼女の笑顔が頭に浮かぶ。

「・・・ラッキーセブン、ね。」

封を開けて一本取り出すと、早速口に咥え火をつける。
ふぅ〜っと煙を空に向けて吐き出すと、雲間に隠れていた太陽が顔を出した。

「やっぱ面白い女性ヒトだねぇ・・・ちゃんは。」

誰に言うでもなくそう呟くと、冷たくなったホカホカ弁当とともに腹を空かせた相棒の待つ学校へとゆっくり戻って行った。










「くぼちゃん!なんでこんなにメシ冷たいんだよ!!」

そう言いながらも口へ運ぶ箸は止まらない。

「あぁ〜ちょっと立ち話してたから。」

「久保田くんが立ち話なんて珍しいわね。」

既に食事を終えた桂木ちゃんは購買で買ったパックのジュースをたたみながら興味深げに俺の顔を見ている。

「んー・・・そう?」

「もしかして、気になる人にでも会ったのかしら?」

ニヤリと言うような笑顔を浮かべた桂木ちゃんに、にっこり笑顔を向けながらいつものようにタバコを取り出す。

「さぁ、どうだろうね。」

「・・・あれ?くぼちゃん、タバコに小銭入ってるぜ。」

既に食事を終えた時任が俺の持っていたセブンスターの外のパッケージに入っている銀色の硬貨に気付いた。

「あぁコレ?ちょっとした記念にね。」

「記念―!?そんなもんにするくらいなら俺にくれよ!」

「これはダメ。」

時任の頭をポンポンと撫でながらセブンスターを胸ポケットにしまいこむ。





別に使ってもいいんだけどねぇ・・・たかが100円だし。
でも・・・さ、あの人がくれた小銭の中でこれだけがキラキラ光ってて・・・
何だか星みたいに見えちゃったら・・・使えなくなっちゃったんだよね、コレ。

セブンスター・・・ラッキーセブン、何かクセになるかもしんないね。

―――――― このタバコ。





BACK



100のお題からこっそり移行させましたが、コメントは殆ど弄ってません。

何故か唐突に思いついた久保ちゃん話。あのヒロインを再び使う私もどうよ(笑)
保健医五十嵐先生の妹で制服好きな一流企業のOL(笑)
元ネタは松本会長に10円借りたと言うあの話(笑)
それ以上借りた場合久保ちゃんはどんなお礼をしてくれるのかと思ったのと、能天気なヒロインだけどタバコを吸うってのと銘柄が久保ちゃんと一緒と言うのを書きたかった(笑)
ちなみに綺麗な硬貨がお釣りに混じっていると思わず手を止めるのは私です。
一時期綺麗な硬貨だけを避けてた事もある(苦笑)・・・カラスか、私は(笑)