保健室でいつものメンバーが仲良くお茶を飲んでいた時、不意に五十嵐がポケットに入っていた物を見て声をあげた。
「やっだー、これ今日までじゃない。」
「どうしたの?」
「ほら、この間新聞屋さんがくれた遊園地のタダ券。今日までだったのよ〜。」
ヒラヒラと皆の前に差し出された券には確かに今日の日付が記されている。
「折角久保田くんと行こうと思ってたのに、今日は職員会議があるのよねぇ。」
「ばーか、くぼちゃんが行くわけねぇだろ。」
「あら?誘ってみないとわからないじゃない。」
「どーせ断られるに決まってんじゃん。」
「そんな事分からないでしょ?」
「とか言って、断られるのが嫌で今まで言い出せなかったってオチじゃねぇの?」
げらげらと笑いながら時任が五十嵐を指差せば、見る間に五十嵐の眉間に皺が寄りだした。
――― どうやら、図星らしい
「大体オレ達だって暇じゃねぇんだしさぁ〜」
「あっそ。じゃぁが持って来たお茶菓子置いてとっとと出て行きなさい。」
「はぁ!?」
「暇人に出す茶なんてないわよ。」
「じゃぁくぼちゃんのも取り上げろよ!」
「あーら、久保田くんのは別よ。アタシの愛がこもってるんだから。」
久保田に向けて投げキッスをする五十嵐を見て砂を吐く時任。
今まで話に絡んでいなかった久保田が持っていたこぶ茶を飲み終えると、にそっと声をかけた。
「・・・さん、これから暇?」
「え?うん。今日はお仕事休みだから。」
「じゃあ、遊園地行きましょうか。」
いつの間にか取っ組み合いの喧嘩に発展した二人を無視して、机の上に置かれていた遊園地の券を2枚抜き取る。
「折角の券、無駄にするのも勿体無いし。」
「・・・いいの?」
「さんさえ良ければ、どこへでもお供しますよ。」
「あはははは、ありがとう。じゃぁ一緒に遊園地行ってくれる?」
「喜んで。」
わざとらしくの手を取って、その手の甲に口付けるような仕草を見せた後、二人は静かに保健室を後にした。
残された五十嵐と時任は机の上の券がなくなっている事に気づくまで学校中、二人を探す事となるのはその後の話。
「これまた、随分と懐かしい感じの・・・」
「小さな遊園地、だね。」
派手派手しいジェットコースターや絶叫マシーンは無いが、子連れには充分楽しめそうなローカルな遊園地の前で二人は顔を見合わせた。
「行きますか。」
「うん。・・・あ」
二人分の入場券を入口のお姉さんに久保田が渡す時、不意にが声を漏らした。
「忘れ物?」
「ううん!ただ、こんな風に男の子と遊園地に来るのって・・・小学生以来だなぁって思って。」
「・・・俺は人生初かなぁ。」
「え!?」
「あいにく今まで日の当る健全なデートってのにご縁が無くて。」
「時任くんとは来ないの?」
「あー、まだないですね。」
入口で配っているサービスともいえる風船を受取り、に差し出す。
「やっぱこーいう所は、女の子と来るもんだと思うんで。」
「初めての人があたしでごめんね?」
「いえいえ、初めての相手がさんで嬉しいですよ。」
端から聞けば何の話をしているのか疑問だが、当人達はあまり気にしていないようである。
「さて、と。何かご希望は?」
「取り敢えず片っ端から・・・って言いたいけど、今日は初体験の久保田くんに合わせようかな。」
「オレとしては、先輩に手取り足取り教えて貰った方が楽しめるんですが。」
半分冗談、半分本気。
そんな久保田の気持ちも知らず、は頭ひとつ大きい久保田の顔の前にビシッと指を立てた。
「最初から人に頼っちゃいい男になれないわよ?」
「・・・そう来ましたか。」
「久保田くんが一番気になるのに乗ろう!!ね、何が気になる?」
今一番気になるもの・・・ねぇ。
それは目の前にいる君だって言っても、今の状況じゃ笑われるだけか。
「ほら、小さいけど種類は色々あるみたいよ。」
入口に置いてあったパンフレットを開いて、細い指が一個一個示しながら久保田に説明していく。
その声を聞いているだけでも、充分楽しめてるんだけど・・・。
普段ならすぐに火をつけるはずの煙草も、彼女と一緒にいる間はまだ一度も火をつけていない。
太陽の下、こんな健全なデートが出来るなんてねぇ。
桂木ちゃん辺りが見たら、明日は雹か槍が降るとかいいそうだ。
そんな事を考えながら、彼女の横顔を眺めていたら、不意に視線が重なった。
「久保田くん。」
「・・・さん?」
ゆっくり伸ばされる手に身動きが取れず、そのままさんの行動を見守っていた。
やがてその手は久保田が口にくわえていた煙草に伸びた。
「久保田くん、制服のままでしょ。未成年の喫煙は禁止です。」
「学校では止めませんよね?」
「学校では個人の判断に任せるけど、ここは未来ある子供達も見てるでしょ?だから、遊園地内での喫煙は許しません。」
にっこり笑顔で言われ、苦笑する。
とても制服のまま自販機で煙草を買おうとした時、小銭をくれた人の台詞とは思えない。
「一応オレも未来ある子供なんですけど。」
「じゃぁ余計に吸っちゃだめ。」
「さんって、ホント面白い人ですよね。」
「ありがとう。」
普段、弁当屋のお姉さんやコンビニのバイトのお姉さんがよろめくような笑顔を至近距離で見ても、彼女の表情は変わらない。
これが、年の差・・・なのか。
そう思いながら久保田から没収した煙草をどう処理するのか眺めていたら、は躊躇う事なくその煙草を自分の口にくわえ・・・火をつけた。
「・・・」
「・・・リサイクル。」
「・・・ぷっ・・・くくくっ・・・」
「久保田くん?」
「ははははっ・・・いや、す、すみませ・・・」
吸うな、と言って取り上げて、遊園地内では禁煙だ、と言っていたのに・・・
「さんは、吸っていいんですか?」
「だってあたしは社会に出て働くOLだもん。」
自慢気に運転免許証を見せられ、再び笑いがこみ上げてきた。
外見だけならどうみたって久保田の方が年上で、制服を着ているのだからだってどうみたって未成年者の喫煙。
「久保田くん、乗りたい物決まった?」
煙草を吸いつつ、広げたパンフレットを久保田の顔の前に突き出す彼女の表情は・・・保健室で見る顔とはまた違う。
そんな彼女の表情をもっとゆっくり側で眺めてみたくて、久保田は遊園地の外周を走っている・・・SL乗り場を指差した。
「最初は園内観察から。」
「じゃ、行きましょう。」
煙草を吸っている彼女の手にあるのは、入口で貰ったパンフレットと風船。
そしてもう片方の手には、つい先程まで久保田がくわえていた煙草。
初めての遊園地に、初めての間接キス・・・か
あ、あれ?
一応遊園地に来てるけど、遊んでないねぇ(苦笑)
でも久し振りに書いた久保ちゃんですが、意外に好きな方向性に進んでおります。
という訳で、遊園地で遊ぶ手前までですが、結構楽しく書かせて頂きました。
でも頼むから遊園地の入口で初体験だとか、初めてだとか、手取り足取りとか・・・大人の想像力を駆使させる発言は謹んで貰いたい(苦笑)←自分で書いたクセに。
短冊No.28 norikoさん:一応、お願い受理・・・したつもりですByお星さま