「葬儀屋?」
ぎぎぎっとさび付いたドアをあけて、中に入る。
「…葬儀屋〜?」
相変わらず気味の悪い場所だなぁと思いつつ、一歩足を進める。
すると、急にドアがばたんと音を立てて閉まった。
最初にここへ来た時には、それに酷く驚いたものだが、今では慣れたものだ。
――― まぁ、半分は強がりだが…
ひと息ついて気持ちを落ち着かせてから、周囲を見回しながら足を進める。
「また塩漬けになってるんじゃないでしょうね?」
毎回毎回、棺のひとつひとつを開けて本人を探すなんて面倒はごめんだ。
だからといって、この間みたいに塩漬けになっている葬儀屋を引っ張り出すのも出来れば遠慮したい。
「自分で呼び出しておいて、いないってどういうこと?」
「ヒッヒ………相変わらずは短気だねぇ〜」
背後から伸びてきた手に髪を撫でられ、反射的にその手を払う。
「おっ、驚かせないでっ!」
「おやぁ〜これぐらい、いつものことだろ?」
「だから、いつも驚かさないでって言ってる!」
「あぁ、そういえばそう言っていたねぇ〜〜」
あぁ…このまま、だらだらと喋っていても仕方がない。
とっとと用件を聞いて……日の光差す「表」の世界に帰ろう。
「で、用事ってなに?」
「まぁまぁ、そんなに焦らずお茶でも出すから、その辺にお座りよ」
「…急いで来いって言わなかった?」
落ち着け…落ち着け自分。
これは葬儀屋のいつものパターン。
ここで怒鳴ったり怒ったりしたら、思うツボ。
「急いで来い、とは言ったけれど、すぐに帰れ…とは言っていないねぇ」
「普通急いで来いって言ったら急用だと思うでしょ!!」
「ヒッヒ…本当に面白い子だねぇ、は…」
「お褒めに預かり光栄です」
嫌みったらしく礼を言ってから、差し出された物を受け取る。
ビーカーに入った真っ赤なローズヒップティー
最初に出された時には思いっきり中身をぶちまけたが、これを口にするのも慣れたものだ。
手近な棺おけに腰を下ろし、ビーカーに口をつけてひと口飲む。
「さて…多忙なキミを呼んだのは他でもない。小生はキミに渡す物があったのだよ」
「渡すもの?」
別に今、葬儀屋に頼んだ仕事もないし…頼まれている仕事もない。
仕事以外で渡すものなんて…一体なんだろう?
「えーと…確かこのあたりに…入れたハズだがねぇ〜〜」
がさがさと引き出しやら棺おけやらを開けて、次から次へと中の物を放り投げている。
でも、大体8割ぐらいが骸骨なのは…店が店だから、だろうと思いたい。
「…手伝おうか?」
「いや〜〜、これは小生のプライベートな問題だからねぇ…キミの手を煩わせたりはしないよ」
「あっそ…」
葬儀屋が探し始めて、数分が経過した。
次から次へと棺の中身をひっくり返し、床に転がる骸骨の数も数えられなくなったほどだ。
いい加減"待つ"という行為が面倒になってきたので、温くなったお茶を一気に飲み干すと、机の上に空になったビーカーを置いた。
「んじゃ、それが見つかったらまた連絡頂戴」
「アレ?もうお帰りかい?」
「さっき葬儀屋が言ってたじゃない。多忙なキミ…って。忙しいから、用事をひとつ片付けたらまた来るよ」
「やれやれ、キミの用事がひとつ片付くのを待っていたら今日が終わってしまうじゃないか」
「タイミングが悪いんじゃない?」
ドアに手をかけて、探し物をしている葬儀屋の方を振り向いたが…その姿は、今までいた場所にはない。
「今日でなくては意味がない」
「っ!!」
耳元で囁かれた声に驚いて、思わずあげそうになった声だけ必死に飲み込む。
「ホラ…ようやく見つけたよ、小生の探し物」
「え?」
とんっと胸元を指差され、そこへ視線を向けると…いつの間にか綺麗なネックレスがかけられていた。
「な、なにこれ?」
「ロザリオだねぇ…純銀の」
「じゃなくて!なんで、こんなのをあたしに?」
「おや…自分で贈っておいて忘れたのかい?今日はホワイトデーとやら、なのだろう?」
「…は?」
「先月、小生にバレンタインだといって持って来てくれたじゃないか。香ばしい味の…漆黒のクッキーを」
――― 思い出した…
「ってか、香ばしいんじゃなくて、あれは焦げたんだ!!」
いつも葬儀屋が食べているクッキーを作るつもりだったが、何度やってもクッキーはあたしの心を示すように真っ黒に焦げてしまった。
それでも、何故かその時は…こいつに、葬儀屋に渡したくて…半ば強引に口に押し込んで、逃げ出した…のだ。
「いやぁ〜〜〜笑い以外で、あんなにも幸せな気持ちになったのは小生初めてだったよ」
「…イヤミかよ」
「い〜や…本当だよ、」
普段は長い前髪に隠れている瞳が、あたしの顔を覗きこむようにした瞬間…ほんの一瞬見えたような気がした。
ただそれだけの事なのに、心臓がぎゅっと握られたような感覚になる。
「言葉なんて不明瞭なものを贈るつもりはないけれども、小生はキミが気に入っているよ…」
「…な、何言って」
「キミが小生に用事もないのに、たびたびここへ顔を出す日が増えた事に喜びを感じるくらいに、ね」
「っ!!」
「このロザリオは、小生からのお守りさ。が、僕のところへ物言わぬ肉体となって現れないように…ね」
あたしの胸にかけたロザリオを手に取ると、その中心にある赤い石に…葬儀屋が口づけた。
それがまるで、さっきつかまれた心臓に口づけられたようで、更に鼓動が早くなる。
そんなあたしの様子がまるで手に取るようにわかるのか、葬儀屋は今日一番の笑顔を見せた。
「……ヒッヒ…本当に、キミは小生を飽きさせない。さぁ、行っておいで…そして、またここへおいで」
「…く、来るもんか!」
「そうだね、次もあの芸術的な炭焼きクッキーが食べたいねぇ〜」
「なっ!」
芸術的な炭焼きクッキー…なんて名づけられたら、それは宣戦布告されたも同じこと。
「まっ、待ってろ!次こそ完璧なものを作ってきてやる!」
「楽しみにしているよ」
ホワイトデーはバレンタインデーの返事を貰える日
別に、告白なんてしたつもりはないけれど…
少し…ほんの少しだけ、相手との距離が縮まった気がする。
ただ、その縮まった距離ってのは、死神との距離ではないか…と思えなくも、ない。
黒執事で好きなのは、葬儀屋とグレルです。
なんで好きかっていうと、理由はただひとつ。
おかしいから(きっぱり)
諏訪部さんもじゅんじゅんも、イロモノ…というか個性的な役のが魅力倍増のような気がします、個人的に。
というわけで、ずっと書きたかった葬儀屋話を、その性格とは間逆のWDの日にUPです!(笑)
アニメ設定は原作設定と同じなのかどうか気になる今日この頃…