側にいられればいい
想いが通じるだけでいい


――― そう思っていたはずだったのに




「日渡くーん!」

試験日で予定より早く授業が終わり、帰ろうとした所を丹羽に呼び止められた。

「・・・丹羽。」

足を止めて振り返ると、丹羽が一冊のノートを差し出した。

「これ、借りてたノート。返そうと思ったら日渡くん教室にいなかったから・・・」

「あぁ・・・ちょっと先生に呼ばれてね。」

「そうなんだ。」

「丹羽はまだ帰らないのか?」

手に何も持っていない事に気付き、そう声をかければ僅かに頬を染め窓の外を指差した。
その先に視線を向けると数人の女子が校庭にいる様子が目に入った。

「梨紅さんを待ってるんだ。」

「・・・そうか。」

ちょうどその時、外にいた彼女が窓辺の丹羽に気付いたのか大きな声で名前を呼びながら手を振っていた。

「丹羽くーん!もう少しだから!」

「うん!」



同じ学校なのだから、こうして声を掛け合うのは必然
まして好きあっている相手ならば・・・どんな時でも声をかけたい

――― いつでも声を聞いていたい



窓辺に両手をついて隣の丹羽をじっと見つめる。

「・・・丹羽達はいいな。」

「日渡くん?」

大きな瞳は不思議そうに僕の顔をまっすぐ見ていて・・・それがどこか僕の好きな翡翠の瞳の彼女と重なる。

「どうしたの日渡くん!?」

「何が?」

「何だか・・・寂しそうだよ?」

「・・・そんな事無いさ。」

「でも・・・」

「丹羽の気のせいだよ。」

そう言いながら唇を少しだけ緩め微笑むと、そのまま何か言いたげな丹羽を残してその場を後にした。



――― いつから自分はこんなに貪欲になったのだろう



気付けば俺は、マンションの部屋ではなく彼女の・・・のいる大学へと足を向けていた。










何処の教室で彼女が授業を受けるか、一度聞けばメモを取らずとも覚えていられる。
今日は確か苦手な数学の講義だったから、きっと今は不貞腐れて食堂か中庭にいると確信して構内に入ってみれば・・・

「こんな所で寝ているなんて・・・」

日当たりのいい中庭の芝生の上で、愛しい彼女は参考書を広げたままそれを枕にぐっすり眠っていた。

「・・・いくら暖かいからと言ってこれは無いだろう。」

でもそれが彼女らしくて自然と頬が緩む。
俺は羽織っていたコートを脱ぐと彼女を起こさないようそっと体にかけてその隣に腰を降ろした。



出会った時は、心にも留めなかった人。
それが今では片時も忘れられない人間になっている。


俺が始めて興味を、好意を持った ――― 女性。




「ん・・・」

寝顔は幼く見えてとても俺より6つも年上とは思えない。
でも、例え俺がアメリカの大学を卒業していたとしても、どんなに優秀な学歴を持っていたとしてもここでの俺は彼女より年下の・・・ただの中学生。



――― その事実は・・・何があっても変えられない。



「・・・。」



君に出会って何度その名を呼んだだろう。
側にいる時も、いない時も・・・気付けば名前を呼んでいた。
いつも側にいたい、見つめていたい・・・触れていたい。
そんな想いが溢れてしまって自分ではどうする事も出来ない。

「子供みたいだな。」

手に入れたくて駄々をこねる・・・そんな子供のような事、出来るはずが無い。
苦笑しながらそっと彼女の方へ手を伸ばすと、何処からかの名を呼ぶ声が聞こえゆっくり手を元に戻した。
自分の名を呼ばれている事気付いたのか、が微かに瞼を揺らして目を開けた。



――― まっすぐ俺を見つめる至高の宝石を思わせる翡翠の瞳

その目に自分が映る事が・・・酷く嬉しい。



「おはよう。」

「ん・・・あ・・・えぇ!?」

「よく眠っていたね。」

「さっ怜!?何でここに!?・・・って、どうしたの?」

は俺の存在に驚きながらも、肩で息をしている女性の方に視線を向けた。

「もぉー次の講義が始まるから迎えに来たんじゃない!」

「あ゛」

「ほら、あと5分で始まるよ?」

「でも・・・」

がチラリとこちら見たので、俺は彼女にかけていたコートとカバンを手に持って立ち上がった。

「講義には出た方がいい。俺の事は気にするな。大した用事じゃない。」

そう言ってを迎えに来た女性に会釈をすると、そのままゆっくり歩き出した。



――― ただ、に会いに来たんだ



「・・・言えるものか。」

これ以上自分の幼さを思い知りたくなくて、大学近くにあるカフェに入ろうとした背中に声がかかった。

「怜!!」

それはついさっき別れたばかりの彼女の声。
慌てて声のする方へ視線を向けると、マフラーを手に持ちコートのボタンも留めずに走ってくるの姿を見つけた。

?」

「もぉー待ってって言ったのに・・・すぐに帰っちゃうんだもん。」

逃がさないようしっかりと俺の手を掴んで息を整える彼女。

「数学の講義じゃないのか?」

「何で知ってるの!?」

「・・・一度履行表を見せて貰っただろう。」

「あー・・・それでか、すごいね怜は。」

「そんな事・・・」



――― ない。

自分の気持ちも整理できず、相手の迷惑も考えないような俺は・・・何も凄い事などない。



そんな風に気持ちが沈みかけた俺に気付かないが急に両手を合わせて頭を下げた。

「そんな怜くんにお願いがあるんです!」

「お願い?」

「うん・・・聞いてくれる?」

じっと目を見て頼まれたら・・・俺が断る事が出来ないって知ってるんだろうか、彼女は。
結局に言われるがまま、近くにあった図書館の自習室へ向かった。










「・・・そこ、計算違う。」

「え?どこ?」

「そこの・・・」

自習室の一番奥の席を二つ借りて提出が遅れていると言う数学の課題を開く。
高校の問題を多少応用した形式だったから簡単なんだけど、はさっきから公式を間違えたり簡単な計算を間違えたりと四苦八苦している。

「・・・もう少し落ち着いて。」

「必修科目でこんなのがあるのがいけないのよ!」

「声落として。自習室だろ。」

「・・・はーい。」

ため息をついてから再び視線を参考書に戻す
口では呆れたように言っているけれど、本当はこうして頼ってくれるのは嬉しい。
一応俺だって講義に出た方が良いんじゃないかと忠告はしたけれど・・・



「ヨボヨボのお爺ちゃんの顔見てキライな数学やるのはイヤ!怜の顔見て、怜の声で教えられた方が問題もはかどるわ♪だからお願い、日渡センセv」



こんな事言われたらその講義に行けとも言えなくなった。
は本当に俺の扱いが・・・上手いよ。















「ねぇ怜。」

「ん。」

「どうして今日大学に来たの?」

「・・・」

「怜が約束無しで来たのって初めてよね?」

「・・・そうか?」

「うん。」



――― 言えない。

急にに会いたくなったから来たのだと、そんな子供じみた台詞。



「ひょっとしてあたしと同じ理由かな?」

「え?」

気付くと目の前にの顔があり、驚いて目を閉じる間もなく頬に彼女の唇が当てられた。

「!!!」

「怜に会いたかったんだ。」

自習室は時間が早いという事もあって俺と以外数人しかいない。
しかも俺達は一番奥に座っているからほかの人間の目に止まらないとは言え・・・突然何をするんだ?

「同じ学校だったらすぐ会えるのに、声も聞けるのに・・・って最近良く考える。」

それは俺も前から感じていた事。

「仲良さそうにランチを食べてるカップル見ると・・・羨ましくなる。」

俺が丹羽と原田梨紅を見て思っていたのと・・・同じ。

「だからね、こうして突然怜が来てくれて・・・会って話せたのが凄く嬉しかったんだ。」

そう言って少し照れくさそうに笑った彼女を・・・気付けば俺は腕に抱き寄せていた。

「さっ怜!?」

・・・ありがとう。

「え?」

数学の答を導き出すのは容易いけれど、自分の思いを言葉に出す事はとても難しい。
そんな難しい事を的確な言葉で口にするを・・・尊敬せずにはいられない。
そっと背中に回された手が軽く俺の服を掴む。
彼女が体重を預けてくれたのが嬉しくて、ホンの少しだけきつめに抱きしめる。



彼女の素直さを見習って・・・一歩前に踏み出してみようか。



。」

「ん?」

「・・・一緒に暮らさないか。」



――― 最近ずっと考えていた事。
今まで一人でいられたのが不思議なくらい、俺は彼女を欲している。
いつも目の届く所に、いつでも会えるよう側にいて欲しい。




「勿論・・・が良ければだけど・・・」

何の反応も無い事に微かな不安を感じて抱きしめていたの顔を覗き込めば、その瞳が涙に揺れていた。

「嫌な訳・・・ないでしょ・・・
馬鹿。」

「・・・そうだな。」





お互いの想いは一緒だと、分かっているけど言葉で聞かないと安心できない。
そんな所はまだまだ俺の方が子供・・・と言う事だろうか。





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日記でも言っていたように年明けからずーっと脳内を駆け巡っていた日渡くん(笑)
こんな感じで日渡くんがヒロインをじーーっと見つめ、隙あらば側にいるような状態が続きました。
ちなみに現在は少し落ち着いています、が・・・その反動は別方面へ移動しているのカモしれません。
(どこへ行っているのか私ですら分かりません!)
こんな風に人を好きになって、愛される事に戸惑いながらも自分の気持ちを伝えようと頑張る中学生(笑)日渡怜くんがツボです←お馬鹿サンだ(爆笑)
気の向くままに書いていたら予想以上に手が進み・・・D・N・ANGELドリームはもう少し続きそうです(苦笑)
見捨てずにいてくれると嬉しいなぁ〜(縋る目をしてみたり(笑))
追伸:日渡くんのような人に勉強を教えてもらえればもう少しかしこくなれた気がします。(しかも石田さん声(笑))