「七海ちゃん、キスして。」

「・・・」

しんと静まり返った保健室に、可愛らしい少女の声が響いた。

「・・・もう一度言ってもらってもいいですか?」

「うん、七海ちゃんキスして?」

手に持っていたペンが、カタンと音を立てて机の上に落ちた。
聞き間違いかと思った台詞はどうやら本気だったらしい。

「突然どうしたんですか。今までそんな事一度も言わなかったでしょう?」

現にいつも保健室へやって来る時は、何かに困った時が殆どだ。
きっと今回のこの発言も何か困った事の延長だろうと考え、やりかけの仕事を横に置いて彼女の方へ体を向けた。

「何かあったんですか?」

「・・・ん〜、ちょっと思う事があって。」

「思う事?」

「・・・笑わない?」

ちゃんの言う事を僕が笑ったりするはずないじゃないですか。」

「本当?」

「えぇ、本当です。」

「あのね・・・その・・・」

もじもじしながら周囲の様子を気にするちゃんの姿を見て、僕はそっと耳を彼女の方へ傾けた。
その意図を悟ったちゃんは内緒話でもするように、小さな声で耳打ちしてくれた。

彼女の話を聞いた瞬間、その内容に驚いて思わず声が漏れてしまった。

「・・・え」

「あーっ!やっぱり笑った!!」

「わ、笑ってませんよ。ただちょっと驚いただけで・・・」

「嘘っ!七海ちゃん笑った!」

顔を真っ赤にしてパイプ椅子から立ち上がると、ちゃんは姿を隠すかのようにベッドの方へ駆け出し、勢い良くカーテンを閉めた。
彼女の姿がなくなったのをいい事に、小さくため息をつくと思わず体重を椅子の背に預ける。



――― どうしよう・・・



耳元で囁いてくれた言葉、それは・・・

ファーストキスで失敗したら嫌だ!

と言うものだった。
一体何が成功で何が失敗なのかは分からないけれど、もしかしたら思春期の女の子には理想のファーストキスのシチュエーションでもあるのだろうか。
こういうのはきっと真一朗の方が知ってそうだけど、それはちゃんには難しいですよね。
元々ちゃんが僕の所へくるのは「異性だけれど母性を持っている七海ちゃんだから安心して悩みを打ち明けられるんだ」と以前教えてくれた。

それならば彼女の期待を裏切るような事はしたくない。
でも、本当にどうすればいいんだろう。

暫く考え込んでいたけれど、それよりも隠れてしまったちゃんが気になってしょうがない。
僕は席を立つと、ゆっくりベッドの方へ足を進めた。

ちゃん?」

「・・・」

「さっきは・・・その、驚いちゃってごめんね。」

「・・・」

「・・・ちゃんがそんな風に思ってるなんて思わなかったんですよ。」

「・・・」

「ファーストキスをちゃんとしたいっていうちゃんの気持ちを笑ったわけじゃ・・・」

カーテンへ影が伸び、それがゆっくりカーテンをめくって・・・涙目のちゃんが顔を出した。

「すみません、泣かせちゃいましたね。」

「・・・七海ちゃん・・・馬鹿な子って・・・思ってるでしょ。」

「ううん、思ってない。」

首を振ってベッドの端に腰掛けると、ギシリと音を立ててベッドが軋んだ。

「あたしも、ファーストキスの練習なんておかしいって思うんだけど、でも・・・でもね、キスってどうすればいいか分からなくて、いつ目を閉じればいいのかとか、鼻はぶつからないのかとか・・・そんな事考えてたら不安になっちゃって・・・」

「そうだね。誰でも経験した事がない事は不安だよね。」

「・・・うん。」

手を伸ばして、まだ泣きそうな顔をしているちゃんの頭をそっと撫でてあげる。
髪の毛の流れにそって手を滑らせると、ちゃんが気持ちよさそうに目を閉じた。

「まだ、キスして欲しい?」

「・・・ん」

「本当に僕でいいんですか?」

最後通告、とでも言うように髪を撫でる手を止めて彼女の目をじっと見つめる。
少し戸惑いながらも、それでも何かを決心したかのようにギュッと目を閉じた彼女を見て・・・僕も、覚悟を決めた。

一旦彼女から手を離してベッドから立ち上がると、ちゃんへ体を近づける。

「・・・」

一度は決心したものの、彼女の姿を見ているとどうしても笑みが零れてしまう。

スカートの上できつく握り締められた拳。
ギュッと閉じられた瞳は震える睫がその緊張を表しているかのようだ。
ただ、一文字に結ばれた唇だけは、時折呼吸困難のように薄く開いて相手を誘うように見えなくもない。

僅かに染まった頬にそっと両手を伸ばし、緊張を和らげるよう優しく頬を包み込む。

「・・・緊張しないで、肩の力抜いて。」

「・・・む、無理だよぉ。」

ちゃんが緊張すると僕まで緊張しちゃいますよ。」

苦笑しながらそう言えば、ちゃんが少しだけ・・・笑った。

「七海ちゃんも緊張するの?」

「えぇ、しますよ。」



――― いつも遊びに来てくれている貴女に、触れているんですから・・・



「だから肩の力、抜いていて下さいね。」

「・・・はい。」

幾分緊張がほぐれたちゃんの頬に置いていた手を肩に滑らすと、僕はそのまま彼女の頬に ――― そっと唇を寄せた。
ちゅっ・・・と可愛らしい音が空気に溶けると同時に、目を開けたちゃんが視線を横にずらして僕と目を合わせた。

「・・・七海ちゃん。」

「はい。」

「場所、違わない?」

「そうですか?」

「だってキスって・・・口でしょ?」

「でもこれもキスでしょう。」

「えっと・・・うんと・・・そうだけど・・・」

困惑しているちゃんの唇に、指を押し当てる。

「ここは、本当に好きな人の為に取っておいた方がいいですよ。」

「・・・えーあたし七海ちゃん好きだよ?」

「そういう好きじゃないって分かってるでしょう?」

「う、うぅ〜・・・ん・・・」

「もしもちゃんが本当に僕の事が好きだって思ってくれた時は、ここにちゃんとしたキス、してあげますよ。」

そういいながらちゃんの額にキスをすると、お茶を入れるため席を立った。










「ちょっと勿体なかったかなぁ。」

「え?」

「いいえ、何でもありません。柏餅、もうひとつ如何ですか?」

「食べる!!」

目の前にいるのは、いつも保健室でお茶を飲んでいく可愛い彼女。
ついさっきまでの出来事なんてまるでなかったかのような様子。

愛すべき可愛い少女は、誰のキスで花開くのか・・・
それを一番気にしているのはひょっとしたら、僕かもしれませんね。





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七海ちゃんが女の人だと思った人、手をあげて〜(笑)

はーい←お前かよっ!

私は最初にイラストを見た時、女の人だと思いました(どきっぱり)
…が、しかし!声を聞いて石田さんだというのである意味2度ビックリ(笑)
でもってこちらの作品はまごうことなきBL作品なのですが、アニメをちょこっと見ていて七海ちゃんにときめき、癒されたので書いてしまったようです。

相変わらず私の辞書に節操という文字はないようです。
でもま、男性で一番好きなのは真一朗だったりします。
そういえばこの作品には青くんで宮田ッチが出てますね…これがまたえらい可愛いんだ。
アニメの時は特に気にしてなかったけど、本当に可愛いったらありゃしない。
機会があればまた見てみたい…気が、しなくもないようなそうでもないような?(笑)