とあるアパートの一室。
そこにすむ堤円の一日は・・・甘い囁きから始まる。
「円ちゃん・・・円ちゃん・・・」
「ん〜・・・」
堤円、彼の目覚めはすこぶる・・・悪い。
何個目覚ましをかけても止め、友人からの目覚ましコールでも起きない。
大学の授業も遅刻スレスレな事が何度もあったが、彼は今最強の目覚ましを手に入れた。
「円ちゃん、学校遅れるよ?」
「も〜ちょっと・・・」
薄手の布団からヒラヒラと手を振って、声をかけた相手に背を向ける。
「もー・・・じゃぁあと五分ね。」
パタパタと軽やかな足取りで離れて行った彼女の名は・・・。
堤円のれっきとした、彼女・・・である。
――― 五分後
「円ちゃん、五分経ったよ?」
濡れた手をエプロンで拭きながら気持ち良さそうに二度寝を始めた円の顔を覗き込む。
普段はどちらかと言うと素っ気なく、表情の少ない円だがの前で見せる表情は多い。
無邪気な顔で気持ち良さそうに眠る彼の姿を見る事の出来る人間は数少ない。
「・・・もぉ、また寝ちゃったの?ほら・・・円ちゃん!」
そろそろ起きないと折角用意した朝食が冷めてしまう。
彼が希望する純和風の朝食。
あとは円が起きて席につけば味噌汁を温めてつぐだけとなっている。
「円ちゃんってば〜」
ゆさゆさと肩を揺すると、円が体を反転させての方に向いた。
ようやく目覚めたかと気を許した瞬間、円がそっと手を伸ばしてを抱き寄せギュッと抱きしめた。
「もぉ〜ちょっとぉ・・・」
抱きしめられた所為で、寝ぼけて掠れた円の声がの耳元で囁かれる。
瞬時に顔が赤くなるのに気付いてその腕を剥がそうとするが、寝ぼけているのかしっかり抱きしめていて離してくれそうもない。
「・・・抱き心地サイコォ〜・・・」
「っ!円ちゃん!!」
非難めいた声を上げても円は手を緩めない。
まるで猫がじゃれ付くかのように、に擦り寄っている。
「気持ちぃ〜・・・」
「円ちゃんってば!」
すりすりと顔を寄せて目を細める彼の姿は、の母性本能をくすぐるが・・・そんな事に構っていては円が学校へ遅刻してしまう。
「え、円ちゃん!!」
「まどか・・・って、言ったら起きるよ・・・」
「え?」
はっきりとした声に気付いて顔を上げれば、さっきまで寝ぼけ眼だった円の瞳はしっかり開いている。
その口元は微かに緩んでいて・・・の、一番大好きな彼の笑顔一歩手前といった感じだ。
「ね、。円って言ってよ。」
「う・・・え!?」
「ほ〜ら。学校遅れるよ?」
「そ、それは円ちゃんだけでしょ?あたしは今日2限からだもん!」
「じゃ、俺が遅刻したらのせいだ。」
「え゛。」
いつの間にか立場が逆転している。
強者であるはずの起こす立場の人間が、弱者である起こされる人間に半ば脅迫されている。
けれどこれも彼等の朝の日常のひとコマ・・・当たり前の事なのである。
「あ〜あ、また津田に出席頼まないといけないなぁ〜」
「ダメだよ!自分で出なきゃ!!」
「ノート誰か貸してくれるかなぁ〜」
「自分で取らなきゃダメでしょ!?」
「はぁ〜・・・どーしよぉ・・・」
「円ちゃんが授業に出ればいいだけじゃない!」
「うん、出るよ。が円って言ってくれればね。」
「・・・」
「いい加減慣れなよ・・・。」
「うぅ〜・・・」
結局円に敵わないは、ごくりと喉を鳴らして緊張を飲み込むと・・・小さな声で名前を呼んだ。
「・・・起きて、円。」
「ん、おはよう。。」
そのまま顔を近づけての唇に軽く触れる。
満面の笑みを浮かべて笑う円は・・・とても可愛いといつもは思うのだった。
そんな風にようやく目覚めた円が朝の準備を終えて、テーブルにつく頃にはキチンと温められた味噌汁が目の前に置かれていた。
「うわ〜・・・美味そうだな。」
「いっぱい食べてね・・・はい、どうぞ。」
「はい、いただきます。」
二人でいられる時間は実はこの朝のひと時だけ。
学校が始まれば二人とも授業とバイト・・・特に円はGSG(極楽送迎)と言う特殊なバイトも行っているので突然連絡が取れなくなる事も多い。
「・・・あ、味噌汁美味い。味噌変えた?」
「うん、前の無くなっちゃったから・・・どう?」
「俺、これ好きかも。」
「じゃぁ今度からこれにしようね。」
「・・・卵焼き最後、貰ってもいい?」
「ダメ。」
「・・・」
「嘘、半分あげる。」
「・・・ありがとう。」
寂しいと、会いたいと、いつも一緒にいたいと思う事もあるけれど・・・それでも限られた時間を二人で過ごせるこのひと時を二人はとても大切にしている。
誰にも邪魔されたくない・・・と。
だからはいつも学校が終わると自分の部屋を片付け、用事が全て終わると円の家にやってくる。
円は学校が終わると自分の家に帰り、やはり同じように自分の用事を済ませバイトへ向かう。
そして、二人は同じ朝を迎え・・・また、それぞれの生活へ出て行く。
玄関でスニーカーの紐を結び直す円の後ろで彼のバックを手に持ったが声をかける。
「今日は遅いの?」
「んー・・・そろそろあっちのバイトが入りそうな気が、する。」
「そうなの?」
「うん。」
「じゃぁ明日は消化のいい中華粥にしようか。」
「いいね、じゃぁチャイナ服で起こして。」
くるりと振り返ってカバンを受け取ろうと手を伸ばす円の顔は笑顔。
いつもこんな風にサラリととんでもない事を言い出すのが・・・堤円だ。
「・・・円ちゃん?」
「白いエプロンのも可愛いいけど・・・そろそろ別の格好がいいなぁ〜」
「円ちゃん・・・」
「平気、似合うよ。チャイナドレス。」
「いや、そうじゃなくて・・・」
こめかみを押さえて円の真面目なリクエストに反論しようとしていたの手を円がグイッと掴んでその腰をギュッと抱き寄せ、じっと目を見つめる。
「!」
「本当は学校なんか休んで、あーんな事やこーんな事もしたいんですけど。」
「・・・と、とっとと学校へ行きなさい!セクハラ魔人!!!」
瞬間湯沸かし器のように顔を赤らめて持っていたカバンを振り上げて円の顔に投げつける。
ぶつけられる前にカバンを受け取り、抱き寄せていたの体をその手から離す。
「ははっ・・・ホント可愛いなぁ。」
「もー・・・時間!」
「はいはい、じゃぁ行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
いつものように背伸びをして円の頬に、いってらっしゃいのキスをする。
その時のの顔を蕩けそうな顔で眺めている円の姿を・・・彼女は知らない。
楽しそうに笑いながら家を出て行く円の姿を見送って、食べ終えた食器を片付けるは・・・ふと思い出したように携帯を取り出し友達に電話をかけた。
「・・・ね、チャイナドレス持ってる?」
「もしも〜し、そこの二人?」
学校へ向かう途中の一本道で、円が突然振り返って電柱の影からはみ出しているもこもこのウサギ人形へ声をかけた。
「邪魔しないのは嬉しいんだけど、覗きは犯罪だよ?」
「「・・・・・・」」
「あんまり覗くと・・・人には見せられない事、朝からやっちゃうからね。」
「「・・・!?」」
「じゃ、俺授業に行くから。終わったらまた公園で・・・」
そう言ってゆっくりその場から離れていく円の後姿を見ながら、電柱の裏で滝のように汗を流す小さな女の子とウサギの着ぐるみ。
「ば、ばれてますよ!ナベシマさん!」
「いつから気付いてたんだアイツっ!!」
「だから止めましょうって言ったんですよぉ〜っ」
「だーっゆずこ!人の所為にすんじゃねぇぞ!お前も『円ちゃんの朝ってどんなでしょうね♪』
って乗り気だったじゃねぇか!!」
「でもでも本当にナベシマさんやるなんて思わなかったんですもん!」
それでもの存在が堤円を変えたのは言うまでもない。
今、彼の周りには・・・老若男女問わず、人が集まっている。
勿論 ――― 生死も問わない。
お迎えです。のCDを聞いた。
朝の円ちゃんと千里の告白を受ける円ちゃんを聞いた・・・ノックアウト。
突如ゲロ甘な円ちゃん(セクハラ魔人つき)が書きたくなった。
とにかく・・・円ちゃんが書きたかった(石田ボイスの←これがポイント)
薄い声、爽やかな声、でも言ってる事とやってる事は恥ずかしい(笑)
・・・ふぅ、満足★と言う訳で、壊れた風見が壊れた話を書きました!
以前よりも幸せそうで、笑顔いっぱいの円ちゃんを想像していただければ嬉しいです。