お店へ向かうと、ちょうどお客様をお見送りしたらしい店員さんがそのままドアを開けて待っていてくれたので、小走りに店へ向かう。

「あ、さん、いらっしゃい」

「こんにちは!えっと…今日は…」

神尾さんが空いているかいないかを確認しようとする前に、奥から目的の人物が現れた。

「や、いらっしゃい、ちゃん」

「神尾さん!」

ついさっきまでのもやもやした気持ちに光りが差し込むような感覚。
引きつった頬も気持ち、柔らかくなった気がする。

「あぁいいよ。俺空いてるから……さ、こちらへどうぞ」

「いいんですか?予約の人とか…」

エスコートするように前を歩く神尾さんに声をかける。

「予約があっても、君の担当を他のヤツに譲ったりなんかしないよ。言っただろう?君は俺のモノだって…」

最後の台詞は椅子に座った瞬間、小声で耳元に囁かれ…つい頬に熱が集まる。
…本当に、さっきまであたし…機嫌、悪かったんだったか自信をなくすほどに。

「さて…今日は……っと」

じっと顔を覗き込まれ、思わず息を飲む。

「ど、ど、どうしたんです…か?」

「んー…少し疲れてるみたいだね。いつものマシュマロみたいな頬が血行が悪くなって、赤くなってる」

指先が頬を撫でて滑る…ただ、それだけの仕草を鏡越しに見ているだけで鼓動が跳ねる。

「実はちょっともやもや〜ってしてて…神尾さんのとこに来たら、すっきりするかなぁって」

照れくささをごまかすようわざと明るく言えば、背後から肌の調子を見るように触れていた手が頬を包み込んで、視線を前に固定される。

「…その台詞、いいね」

「え?」

「君が望むなら、心も身体も…全部すっきりさせてあげるよ」

「???」

振り返って意味を尋ねようとしても、顔を固定されているから動かせない。
鏡に映るのは、店長さん…のはずなんだけど、どこかいつもと違って見える。

「あ、あのっ…えっと…」

「ま、今はわかりやすく君の気持ちを軽くしてあげるよ。トリートメントとフェイシャル…それだけで気持ちが楽になる」

「は、はい!」

頬を包んでいた手が離れていくと、急に寂しく感じる。
鏡越しではなく、振り向いて神尾さんへ視線を向けると…まっすぐこっちを見ている彼の瞳が、一瞬キラリと光った気がした。



ここへ来るまでは胸に溜まっていたもやもやしていた気持ち
それが今は、なんだか分からないけれど…どきどきしたものに変わってる




「さて、それじゃあこちらへどうぞ…子猫ちゃん」

「…もぉ、子猫ちゃんはやめてくださいってば。そんな子供じゃありません!」

「俺の言葉の意味も感じ取れないうちは、まだまだ子供だよ…ちゃんは」

「…うぅ」

「ほら、椅子…倒すよ。以前みたいに自分で倒れないで、俺にちゃーんと身を委ねるように」

「はーい…」










トリートメントにフェイシャル…ネイルエステまで全部神尾さんがしてくれた。
時間をかけて優しく触れてくれた手が、今は会計のおつりを握っている。

「ありがとうございました」

「ん?」

「神尾さん、魔法使いみたい」

「俺が?」

「うん。だってすっきりしたもん」

髪はさらさら、お肌はつやつや、爪はぴっかぴか…店に入った時とはまったく違う自分。

「本当にありがとう、神尾さん!」

……やれやれ、まいった

「?」

「いや、こっちの話。すっきりしたならよかった。また何かあったらおいで…勿論、何もなくても来て貰いたいけどね」

「はい!!」

シレーナの扉を開けて外に出れば、どんより曇っていた空はすっかり青空に変わっていた。



――― うん、大丈夫



気持ちが切り替わった今なら、どんなことが起きても大丈夫
さぁ、明日からまた頑張ろう!





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2009web拍手、名前変換入れて手を加えて再録。
美容院で色々してもらうと…すっきりしますよね。
気持ちも変わりますよねぇ………あー美容院行きたい。
Y本さんに髪の毛やって貰いたーいっ!←殿風味で好みだったりする(笑)
世界でいちばん大嫌いの真紀ちゃんとか徹みたいな美容師さんいて欲しいとも思う。
あの、絶妙のタイミングで可愛いとか似合うとか言われたらクラッとしますよね。

あ、ちなみにこの話は、もやもやした気分の時に書いた話です、はい。
神尾さんにずーっと狙われてるのに気づかないってオチ(オチ言うな)