「・・・〜っ、もう少・・・し・・・」
背伸びをして最上段にある本の背表紙に指をかけていたら、その本が不意に目の前に現れた。
「これかな?」
こんな風に本屋で人の耳元で囁くように語り掛ける人物を、私は1人しか知らない。
「緒方さん」
「とりにくい本をとる時は店員に声をかけた方がいいって教えなかった?」
「店員さんが忙しそうだったから・・・」
「お客の相手をするのも店員の仕事なんだから、遠慮なくつかまえ声かければいいよ。それとも・・・オレが来る事、分かってたのかな?」
どっどうしてこの人はわざと私の耳元で囁くように話すんだろう。
背筋を走る奇妙な感覚を振り払うように小さく首を振って、緒方さんから一歩離れる。
「何?」
「何でもありません」
「あぁ、そうか・・・ひょっとして感じ・・・」
「放送禁止用語は厳禁です!」
そう叫んだ瞬間、周囲の人の視線が自分に集まったのを感じて思わず本で顔を隠す。
そんな私の様子を見ていた緒方さんは、それはもう声を殺して肩を揺らして笑っていた。
3分程して私の頬の赤みが引いたのと、緒方さんが落ち着いたのを見計らって声をかける。
「緒方さんの所為ですよ!」
「オレはまだ何も言ってないさ」
「言おうとしてたじゃないですか!」
「へぇーじゃぁちゃんが何て言おうとしていたのか教えてくれるかな?」
ニヤニヤ笑いながら私が何て言うのかを待っている。
もぅ、相変らず苛めっ子なんだから!
頬を膨らませて緒方さんを睨むけど、そんなの彼には通用しない。
「そんな顔してもダメだよ。君の場合、誘っているようにしか見えない」
「誘って!?」
「ほら、その表情も、声も・・・他の男に見せちゃダメだよ」
うわぁっこのまま話していたら緒方さんのペースに巻き込まれちゃう。何とかして話題を変えなきゃ!
「えっと・・・緒方さん本を買いに来たんですか?」
「話題を摩り替えたね。まぁいい、君のその拗ねた顔が見れただけで満足しておくよ」
「そうじゃなくて!」
「はいはい、オレが本屋に来たのは編集から逃げる為です」
「またですか?」
「そ、またです」
緒方さんの編集さんって、時折同情しちゃう。
いつも締め切り間際になると何処かへ逃げ出しちゃって、必死で行方を探してるんだろうなぁ。
「戻らなくていいんですか?」
「んー・・・いけないだろうね」
「戻らないんですか?」
「さて、どうしようね」
言ってる事と、やってる事が違うんですけど・・・?
別に私が困る訳じゃないけど、毎回締め切り間際に編集さんを困らせてたら緒方さんの仕事に影響ってでないのかな?
「あんまり編集さん困らせちゃうとお仕事減っちゃいますよ?」
「あ、それは問題ないと思うよ。オレの小説読者の評判いいから。情景がリアルに伝わる、ってね。最近貰った感想では旅館で若い男女が・・・」
「それ以上は結構です」
「そりゃ残念。中々魅惑的なシーンに書けたんだけどな」
「本屋さんで話してもいい内容なんですか?」
「そうだなぁ・・・営業時間が終了した頃ならちょうどいいかな」
それって無茶苦茶深夜って事じゃないですか。
「まぁそれは冗談として、オレが本屋に来た理由は君だよ」
「私・・・ですか?」
「そ、ちょっとちゃんにお願いがあって探していたんだ」
緒方さんが私にお願い・・・ってまさかまたヘンな格好させる気!?
思わず警戒したのが顔に出たのか、緒方さんが先に否定の言葉を口にした。
「今日は編集もいるからあんな事はさせないよ。オレ以外のヤツに見せるつもりもないしね」
じゃぁいなかったらまた着せる気だったんだ。
「実は今書いてる小説の中でヒロインがケーキを選んで食べるってシーンがあるんだけど、仕事帰りの女性がどんなケーキをどんな思いで選んで食べるのかって言うのが男のオレには良く分からなくてね。で、ちょうど君の事を思い出した、と言う訳なんだ」
「・・・ケーキ?」
「そう。主人公のOL・・・年齢は君よりちょっと上かな。その彼女が仕事に疲れて帰宅途中に一軒のケーキ屋を見つけるんだ。普段は見過ごすような所にある小さなケーキ屋。どこか心惹かれてその店に足を運んで最初に目を止めるのはどんなケーキか、そしてそのケーキをどんな思いで選ぶのか」
「・・・」
「街頭アンケートとるような時間もないしね。君が良ければこのままオレとケーキ屋に行って素直な心情を教えてくれると助かるんだけど?」
「・・・緒方さんのお手伝い?」
「手伝い、と言うか取材協力の申し出・・・が正しいかな。週末仕事帰りで疲れてるとは思うけど、オレと家で待ってる編集を助けると思って一緒に来てくれないかな」
少し困ったような顔で、手を差し伸べてる緒方さんを見て私が断れる訳がない。
緒方さんが言うように今日は週末でちょっと疲れてるけど、それがちょうど緒方さんの小説の参考になるんだもんね。
「私でよければ・・・」
「ちゃんじゃなきゃ駄目だよ。あぁ本当に助かるよ、ありがとう」
お礼を言うと同時に手首をつかまれてそのまま店の外へと引きずられる。
「時間が押してるから少し急ぐよ」
「そんなに編集さん待たせてるんですか?」
「それはどうでもいいんだ。ただケーキを買った後、ちょっとくらい君と二人でいる時間を作るにはここで話をしている時間が勿体無い」
「は?」
「急げは御休憩くらいは出来るだろ?」
「おっ緒方さん!?」
「大丈夫。明日に響かないようにするから・・・」
「そう言う問題じゃ・・・」
「あぁ、でもちゃんは明日休みだったね。じゃぁ気にしなくてもいいか」
「気にして下さい!」
「その辺はあとでじっくり一緒に考えよう。さ、乗った乗った」
「緒方さん!!」
結局、車に乗ってケーキを買いに行って店を出るまでは『小説家、緒方芳彦』だったけど・・・それから緒方さんの自宅に帰るまでは、いつも私を愛してくれる『緒方芳彦』になっていた。
ちなみに緒方さんの部屋についた時には私の意識は遠く彼方に飛んでいて、目を覚ました時には・・・にっこり笑顔で分厚い封筒を持った緒方さんが優しく笑っていた。
それを受け取る編集さんは、部屋の中ではなく・・・玄関の外からやって来たのは後々知る事となる。
デザートラブお気に入りキャラパート2!緒方さん夢です(笑)
ゲームを買った当初は勿論結城さん狙いで行くつもりだったんですが、緒方さんとの出会いのシーンとその後の怪しげな雰囲気にすっかり惑わされて・・・実は一番最初にクリアしたのは緒方さんでした(苦笑)
あの本屋さんでの出会いのスチルに一目惚れしちゃったんですよっ!!
あのアングルって卑怯だと思いません!?←落ち着け。
絶対緒方さんってSさんだと思ったのに、最後は意外にメロメロに甘くなってくれた所もツボでした(笑)
まぁ一番の敗因?は・・・声がアノヒトって所なんですけどね(苦笑)
・・・と言うわけで、大好きなキャラですが話を書くのは結構苦労します。
え?何故かって?
小説家なので喋る言葉が難しいのです(汗)あと言い回しが妙にアダルトになる所が風見の手に負えません。
言い回しがアダルトでもそんなシーンは書けないので間違っても期待しないように!(笑)