「・・・」
「今日は仕事早かったんだね」
「・・・あのぉ」
「ついさっき原稿渡した所だったんだ。君、タイミングいいね」
「お、緒方さん?」
「ん?」
私は無言で玄関に積み上げられていた段ボール箱を指差した。
「あぁ、それ。編集部宛に届いたチョコレート」
「チョコレート」
「うん」
積み上げられたダンボールは全部で4つ。
これが全部チョコレートって事は・・・一体何個あるんだろう。
「これでも大分減った方かな」
「え!?これでですか!?」
「一番多かった年は凄かったよ。なんせ家に置けなくて、倉庫を借りたぐらいだったからね」
――― 倉庫!?
「ま、今はそんなに量ないからこうして家に送って貰ってるけどね」
「はぁ・・・」
思わず自分の持っている紙袋を背後に隠し、玄関に張り付いていた足をゆっくり動かし部屋の中に入る。
けれど部屋の中に入った瞬間、再び私の足は凍り付いてしまった。
「うわ・・・」
「と、言うわけでちょっと今、部屋が狭くて悪いけど・・・」
いつもは綺麗に片付いている部屋にチョコレートの箱が散乱している。
「コーヒーでいい?」
「あ、いえ、お構いなく・・・」
「オレが側にいて欲しいんだよ」
「じゃぁ・・・コーヒー下さい」
「了解。その辺に座って待ってて」
「はい」
取り敢えずソファーに腰を下ろし、机の上に置いてある開封済みと思われるチョコを見る。
確かこれって有名デパート限定のチョコレートだよね?
こっちにあるのは有名パティシェが作ったっていう生チョコだし・・・。
でもってこれはどうみても本命用と思われる、某有名菓子店のチョコ。
こんな立派なチョコが並ぶ中、今更手作りのチョコなんて渡せない。
背中に隠したままの紙袋をそのままバッグにしまおうとした瞬間、緒方さんに声をかけられた。
「はい、お待たせ。君はカフェオレで良かったんだよね」
「はい・・・」
「あれ?どうしたの?ちょっと元気ないね」
「そんな事ないですよ!」
「そう?」
隣に腰を下ろすと、緒方さんは机の上にあったチョコレートを側の箱の中に丁寧に移動させた。
それが何だかやけに優しく見えて、泣きたくなる。
「・・・」
「ねぇ」
「・・・」
「はぁ〜・・・本当に君は嘘のつけない子だね」
「・・・何がですか」
苦笑しながら緒方さんがハンカチを差し出しているのを見て、首を傾げる。
「そんなに泣くぐらいオレが好きなんだ」
「そっそんな事・・・」
「じゃぁどうして泣いてるのかな?」
ハンカチじゃなく、緒方さんの長い指が目元をそっと拭う。
僅かに濡れた感触が頬に残り、初めて自分が泣いている事に気がついた。
「オレが欲しいのは、君だけだよ」
「・・・」
「それに、ここにあるのは『小説家、緒方芳彦』あての物ばかりだからね。実際オレはひとつもチョコを貰っていないんだ」
「・・・」
「今年は君から貰えると思って楽しみにしていたんだけどな」
半分冗談っぽい口調で手を差し出している緒方さん。
本当はひとつもチョコを貰ってないなんて事、あるわけないのに。
それでもそう言ってくれるこの人の優しさを・・・今日は信じよう。
すっかりしぼんでしまった勇気をもう一度膨らませて、大好きな緒方さんに・・・想いを込めて背中に隠していた物を渡す。
「緒方さんのお口に合うか分かりませんけど・・・」
「君が作ってくれた物なら、大丈夫だよ」
「何で手作りって分かるんですか!?」
「そりゃ甘い香りがするからね」
紙袋を受け取った緒方さんがニコニコ笑っているので思わず自分の手の匂いを嗅いでみる。
チョコを作ったのは昨夜だし、会社へ行く前にシャワー浴びたからチョコの匂いなんてついてないよね?
それに今日は香水も爽やかな物をつけてきたから、甘い香りなんてしないはずだし・・・あぁ、そうか!
ポンッと手を叩いて緒方さんに問いかける。
「この部屋にチョコレートがいっぱいあるから私にも甘い香りが移ったんですね?」
「・・・残念、それははずれだな」
「じゃぁ何ですか?」
「何?本当に分からないの?」
「はい」
大きく頷くと緒方さんは私が渡したチョコの紙袋を机に置いて、私の顎に指をかけた。
「・・・君自身が甘い香りを放つ花なんだよ」
「え?」
「チョコよりも先に、君を食べてしまいたいくらい・・・甘い匂いがするよ」
「ちょっ・・・緒方さ・・・」
「静かに・・・」
艶のある低音が耳にスルリと届くと同時に奪われた唇。
ゆっくり目を開けば、緒方さんが不敵な笑みを浮かべて紙袋を小さく揺らしていた。
「君の気持ち、しっかり受け取ったよ」
貴方の想いも、あの人に届きましたか?
バレンタインの時期、web拍手の小話で期間限定公開していた物です。
書きたかったネタがこれと、もうひとつあるバレンタイン話に分散してしまいました(笑)
・・・いや、ホント話をまとめるのが下手ですね私(苦笑)
高価なチョコを余裕で貰いそうな緒方さんに、お手製の多少失敗したようなチョコレートを渡してみたいと言う事から出来上がった話でした。