あの人に初めて贈るチョコレート
最初はどうしても手作りチョコをプレゼントしたくって、時間をかけてトリュフを作った。
不恰好だったり、失敗したのも多々あるけれど、その中でも比較的形の綺麗な物を選んで心を込めてラッピングした。
「・・・どうか、食べてくれますように!」
――― 今日は、聖バレンタインデー ―――
「やぁ、いらっしゃい」
「・・・あの」
「珍しいね、君が家まで来るなんて・・・さ、入って」
「緒方さん?」
「ちょうどさっき原稿仕上げた所なんだ。コーヒーでいいかな?」
「緒方さんってば!!」
「何?」
「あの段ボールの山は何ですかっ!!」
「あぁ、チョコレート」
コポコポコポ・・・と、緒方さんがいれてくれるコーヒーの音が広い部屋に響く。
こ、これ全部がチョコレート!?
以前緒方さんが資料だと言って編集さんから送られてきた下着の段ボールの・・・2倍くらいはあるよね、これ。
「これでも今年は減った方かな」
「これでですか!?」
「多い時は寝室にも置いたからね」
にっこり微笑みながら寝室を指差され、思わず目が丸くなる。
「聞いても・・・いいですか?」
「どうぞ?」
「それ、全部食べたんですか?」
チョコレートを贈る側からしたら全部食べてもらいたいだろうけど、さすがにこれだけ量があると食べきれないよね?
ドキドキしながら緒方さんの返事を待っていたら、答えの前にコーヒーを差し出された。
「ミルク多めにしといたよ」
「あ、ありがとうございます」
コーヒーをひと口飲んでから、緒方さんはチラリと私に視線を向け、さっきの質問に応えてくれた。
「気持ちは全部頂いたつもりだよ」
「いくつか食べたんですか?」
「編集から直接貰った物は、仕事の合間に少し食べたかな」
「じゃぁ他は?」
「さすがに全部は食べきれないからチョコレートは編集部に送り返して、中に入っていた手紙や物はキチンとオレが受け取らせて貰ったよ」
「へぇ〜・・・」
「住所が分かる人にはお礼状も出したしね」
「緒方さんってそういう所、結構マメですよね」
ファンの人からとぉっても趣味のいいシャツを貰った時も丁寧なお礼状書いたって言ってたっけ・・・緒方さんってファンを大切にしてるよね。
でもこんなに沢山のチョコレートを開けるだけでも結構大変なんじゃないかな?
「読者無しではオレみたいな職業やっていけないからね」
「あぁ、なるほど・・・」
それにしても緒方さんの本・・・意外と女の人も読んでるんだ。
何となく段ボールを片手でポンポンと叩いていると、不意に背後に人の気配を感じた。
「・・・で、ちゃんからのチョコレートはないのかな?」
ぞくっとする声が耳元で囁かれて、反射的に身体を硬直させる。
「ちょっ、緒方さん耳元は止めてって!」
「あぁそうか、君は耳が弱いんだったね」
分かってるんだったら止めて下さい・・・って、緒方さんに言った所でまたいつものようにからかわれるだけだよね。
その言葉をグッと飲み込んで、とりあえず緒方さんから一歩離れる。
「残業もせず早々とオレの所に来たから、てっきりそうだと思ったんだけど?」
「・・・ありません、って言ったらどうします?」
「随分強気だね」
「そんな風に期待される物なんてありません」
やっぱり手作りなんてやめて市販のチョコレートにすればよかった。
こんな風に段ボールいっぱいチョコレートを貰って、机の上には有名菓子店の豪華な包装のチョコレートがあって・・・そんな中に、手作りチョコなんて渡せない。
「・・・オレは君からのチョコが欲しいんだけど」
「・・・」
「全く、君は強情だね」
呆れるようなため息と同時に、緒方さんが私の腕を掴んで自分の方へ抱き寄せた。
「うわっ・・・」
よろけた身体はあっさり緒方さんの腕に閉じ込められ、頭上からはいつもの甘い囁きが降り注ぐ。
「オレはちゃんが欲しいんだよ・・・それは分かってるね?」
「・・・」
「・・・分かったよ。じゃぁこうしよう」
「?」
一体何が分かったの???
首を傾げながら顔を上げれば、そこには悪巧みをしているかのような緒方さんの顔。
「今年は一通もお礼状を出さない。ここにある物は全部編集部に送り返す」
「えぇー!?」
「ちゃんから貰うチョコが、それ以上に価値あるものだからね」
無言で頷くよう示す瞳が・・・まっすぐ私の目を見ている。
「ど?これでもまだ不満?」
「・・・負けました」
背中に隠していた小さな紙袋を緒方さんに差し出す。
「一応手作りなんです」
「へぇー器用だね」
「・・・努力したんです」
「だろうね・・・それで?」
「は?」
紙袋を受け取った緒方さんは、それを手に持ったままニコニコ笑っている。
それでって・・・渡す他に何かあるの?
困惑顔の私を見ながら、緒方さんは肩を微かに震わせながら笑っている。
「で・・・本当にこれだけ?」
「だからこれだけって?」
緒方さんの言ってる意味が真剣に分からなくて尋ねると、耳元にひと言囁かれた。
「・・・必要な事だろう?」
「そう・・・ですね」
緒方さんが紙袋を持ったまま私の口から出る、あの言葉を待っている。
だから私は小さく深呼吸をして、大好きなあの人にチョコレートと一緒にこの言葉を伝えた。
「私、貴方が・・・緒方さんが大好きです」
「ありがとう、オレも君が大好きだよ」
ハッピーバレンタイン?
玄関開けたらダンボールがいっぱいあって、そこにチョコレートが詰まってるという設定を使いたかっただけなんですよ(苦笑)
あの下着がいっぱい詰まった箱の印象が強いんでしょうかねぇ(笑)
・・・あのスチルで楽しそうに笑っている彼も実はお気に入りだったりする私w
緒方さんって高級チョコとか貰ってそうなイメージがあるんですよ。
んで、そんな中に手作りのチョコレートって面白いかな、と。
でもこの話、実はボツになる予定でした♪
・・・が、煽てに弱い風見はボツ作品をとある方々に見せて「勿体無い!」と言われたので調子に乗ってこうしてサイトにUPしてしまったのでした(笑)
でも書いたのは昨年、勿体無いと言われたのも昨年。
でもって、危うく今年のバレンタインでもUPするのを忘れかけていた作品だったりします(苦笑)
ごめんっ、緒方さんっ!!(笑)