「ごめんなさいっ!」

「いいよ、いいよ。昨日まで風邪ひいて寝込んでたんだから」

「でも・・・」

「いいから。今日も無理して仕事行ったんだから、いい子で寝てなさい」

チュッと額にキスを残して、結城さんは階下の仕事場である花屋へと戻って行った。

「私の・・・馬鹿」

げほごほと咳をしながら壁にかけられているカレンダーをじっと見つめる。
ハートのマークがつけられたバレンタインデーの数日前から、私はずっとベッドで寝込んでいる。
性質の悪い風邪をひいてしまって、週末に買いに行こうと思っていたチョコも買いにいけなかった。バレンタイン当日の今日も熱があるから休めと結城さんに言われたけど、どうしても外せない会議があって無理して仕事に出掛けたら帰るなりベッドに倒れ、起き上がる事が出来ない。

「色々・・・目星つけたチョコあったのに・・・」

くすんと鼻をならし、拗ねるように布団を頭までかぶって潜り込む。
結城さんと付き合いはじめて初めてのバレンタイン。
絶対喜んで貰う物にしよう!っていつも以上に気合を入れてチョコを物色してたのに・・・全部ダメになっちゃった。

「まさか亮介に買ってきて・・・なんて言えないし・・・」

そんな事言ったら絶対余計なおせっかいやかれて、風邪薬とか買って来られちゃう。

「はぁ・・・もぅ、今年のバレンタインは終了!」

枕元に置いてあったのど飴を口に放り込んで、そのまま目を閉じればいつの間にか眠りの世界に旅立ってしまった。





お〜い・・・

・・・

ちゃん〜?」

ん・・・

「そんなに布団潜り込んで、熱くない?」

「・・・ん・・・」

「あっはー、熟睡・・・かな?」

あー・・・何か額が冷たくて気持ちいい。
心地よさにつられるように目を開けると、結城さんが至近距離で笑っていた。

「結城・・・さん?」

「オハヨー。具合はどう?」

「ん・・・少し、楽です」

「そりゃ良かった。じゃぁちょっと起きられる?」

熱のせいで痛む節々をこらえながら、結城さんの手を借りて起き上がる。
そして肩に上着をかけて貰うと、結城さんが小さな植木鉢を私の前に差し出した。

「?」

「俺から君へ、愛のプレゼントw」

「は?」

「いやぁ、俺とした事が初めてのバレンタインプレゼントがこれじゃぁちょっとなぁとも思ったんだけど、やっぱりここは花屋の結城さんらしく行こうかなぁって思ってね♪」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「ん?」

「バレンタインって女の人から男の人へチョコを贈る日ですよね!?」

「そうだね」

あっさり言われて思わず声をなくす。
そんな私の気配を察したのか、結城さんがベッドに腰を下ろすと手に持っていた小さな鉢植えを私の手に乗せた。

「外国では男性から女性に贈る事もあるんだよ。それに俺が君にあげたいなぁって思ったんだから・・・受け取ってクれる貰えると嬉しいな」

「・・・結城さん」

「受け取って、くれる?」

期待と不安半々の顔をした結城さんを見ていると、お店の中に並んでいる沢山の花の中からどれにしようかと悩んでいる姿が自然と目に浮かんだ。
そう思うと結城さんがくれたこのパンジーの鉢植えがとても愛しく思える。

「じゃぁ、遠慮なく・・・」

「うん。受け取って貰えて嬉しいよ」

ポンポンと頭を撫でられて、そのまま鉢植えを窓辺に置く。

「さ、受け取ったら今度は寝た寝た」

「え〜もう少しお花、見ていたいです」

「・・・結城さんを見ていたい、とは言ってくれない所が君らしいよ。うん」

「あ、えっと、結城さんともお話したいです!」

「思い出したように付け加えてくれてありがとう」

涙を拭うフリをしながらも寝るように示す手に逆らえず、いったん起こした体を再びベッドに滑り込ませ、ふと気になった事を尋ねてみる。

「でもどうしてパンジーなんですか?」

「パンジーはね、愛の使者と呼ばれる天使が地上に降りてきた時、そのあまりの愛らしさにキスをしたと言われる花なんだよ」

「へぇ〜・・・」

「それ以来、西洋では恋人に贈る花として一般的らしいよ」

「知りませんでした」

「俺もその意味を知ったのは最近だけどね。あぁ、そうだ。パンジーの花言葉をまだ教えてなかったね」

横になった私の鼻に結城さんの鼻が触れるくらい近づいて、大きな目が嬉しそうに細められた。

「教えて欲しい?」

「・・・いいえって言ったらどうします?」

「あら〜、つれない人・・・って言って下で一人寂しく涙する、かな?」

「あはは、それは何だか寂しいですね」

「でしょぉ?だから、聞いてくれる?」

「はい、教えてください」

くすくす笑いながらパンジーの花言葉の意味を結城さんに聞く。

「パンジーの花言葉は・・・」

「花言葉は?」

ワクワクと彼の口から出る言葉を待っていると、それよりも先に乾いた唇に柔らかな物が微かに触れ・・・すぐに離れていった。

「・・・ってイミだよ♪」

「え?え?えー?!

「あれぇ?わかんなかった?そんじゃもう一回・・・」

そう言ってわざとらしく唇を尖らせて近づいてくる結城さんの顔を両手で思いっきり押し返す。

「ちょっ、何してるんですか結城さん!風邪移っちゃいますよ!?」

「君の風邪なら喜んで譲り受けるよ♪」

「だめです!」

「あっはー、冗談冗談」



・・・嘘だ。
絶対本気で思ってる、この人。




「さて、暴れられて熱が上がると大変だからちゃんと教えてあげるね。パンジーって名前は花が物思いふける人の顔みたいだからフランス語のパンセ・・・物思いって言葉から名付けられたんだ。で、その花言葉はさっき俺が実践したとおり」

「・・・実践?」

警戒しつつ問い掛ければ、今度は額に優しいキスが降ってきた。

素早くキスして、目覚める前にキスして・・・って意味だよ」

「・・・」

「早く風邪、治して・・・遅れてもいいから二人でバレンタインをやり直そう」

布団を肩まで引き上げて、ポンポンと頭を撫でて階下へ降りていく結城さんの背を・・・見えなくなるまで見送る。
バタンと扉が閉まってから、視線を窓辺のパンジーへと戻した。

「・・・私と同じ顔、してるんだね」

窓辺のパンジーは、階下へ下りた愛しい人を追いかけるかのように・・・僅かに首を傾けていた。





たまには逆バレンタインも、いいかもしれない?





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バレンタインの時期、web拍手の小話で期間限定公開していた物です。
パンジーの花の意味や花言葉を知ってから、どうしてもこのネタで使いたくて使いたくてしょうがなかったんですよ!いや、ほら、何となく可愛くて結城さんっぽいかな、と(笑)
ですので、多少ちょっと・・・いや、かなり強引に話が進められていると思いますがお許し下さいm(_ _)m
最後にパンジーの花がちょっと首を傾げたようになってるのが可愛くてお気に入りです。
パンジーなのに太陽を見てるヒマワリみたいでしょ(笑)