「ただいま〜・・・」

いつものように店先から入って、二階に上がろうとすると結城さんの明るい声が聞こえた。

「お帰りマイハニー♪」

けれど口調と態度はまったく裏腹。
何故か店内には手に小さな花束を持った女の子が行列を作って、結城さんの周りに集まっている。
何事かと思いお客さんを避けて結城さんの後ろに回りこみ、キャッシャーの下に入れてあるエプロンを手に取り声をかけた。

「・・・凄い人ですね」

「おかげ様で大人気」

苦笑しながら顔を上げた結城さんの手元には、時間のある時お客さんにやってあげている占いのカードがある。



――― あぁそうか・・・



「今日、バレンタインだから・・・ですか?」

「大当たり・・・って事で、本当ならちゃんから愛のこもったチョコを受け取りたいとこだけど、これから運命の大決戦に向かう女の子を勇気付けるための占いやりたいから・・・そのぉ・・・」

珍しく弱気な口調の結城さんがやけに可愛く見えて、自然と頬が緩む。
本当に・・・こんな所も結城さん可愛い ――― って言うとまた拗ねちゃうから言わないけど。

「アレンジの注文がきたら声かけますから、結城さんは占い頑張ってください」

「ありがとう、ちゃん!いやぁやっぱり持つべきものは理解ある妻だね♪」

「まっ、まだ妻じゃありません!」

「あっはー。この照れ屋さん」

「もぉ・・・ほら、お客さん待ってますよ!」

私と結城さんのやり取りに慣れているのか、列を作って並んでいた女の子達は口元を押さえて笑っている。



うぅ、どうしよう・・・こんなのがこの店の名物とか思われてたら。



けれど、それから暫くの間は、時間が経過するほどにお客さんが増えて、私も結城さんも目が回るくらい忙しくなった。

「はぁ〜・・・ようやくひと段落、かな?」

「そうみたいですね」

二人で机に倒れるように伸びて、視線を合わせる。

「仕事から帰ってすぐに手伝わせて悪かったね」

「いいえ、私仕事している結城さん見るの好きですから」

「・・・嬉しい事言ってくれる」

体は悲鳴を上げそうなくらい疲れてるのに、結城さんがこうして笑ってくれるだけで何だか体の疲れが取れる気がする。

「じゃぁ、手伝ってくれたちゃんにバーブティーをご馳走しようか」

「私が入れましょうか?」

「ダーメ、俺がちゃんに入れてあげたいの。いい子だから待ってなさい」

「は〜い」

くしゃくしゃと髪を撫でて、結城さんが裏に姿を消したのを確認してから急いでかばんの中に入れてあった紙袋を取り出す。
今ならちょうどお客さんも途切れたし、休憩って事でこれ渡しても大丈夫だよね。

日曜日、結城さんがあっちの会社の会議に出ている隙に、理沙の家の台所を借りて作ったチョコレートクッキー。
まぁお客さんから義理チョコならぬお礼チョコをいっぱい貰ってるから舌が肥えてそうだけど・・・食べて、くれるよね。

「って、まだ渡してもいないのに何一人で妄想してるの!」

まるで初恋の相手にチョコを渡すような気分が恥ずかしくて、自分に突っ込みを入れながら紙袋をぎゅっと握り締めると、不意に子供が駆けてくる姿が目に入った。
嬉しそうに店の前を横切ろうとするその子の視線は手元に集中していて、前を見ていない。
危ない!と思って立ち上がったけど、時既に遅く・・・その子は店先の看板にぶつかって勢い良く転んでしまった。

「大丈夫?」

あわてて駆け寄り体を起こしてあげる。

幼稚園ぐらいの子・・・かな?
コートの上に斜めがけの黄色いバッグを持っている。

膝についた泥を払い、服についた土を払ってからその子の顔を覗き込むと、大きな目が今にも泣き出しそうに揺らいでいた。

「お膝痛い?」

「・・・」

「何処か他に痛い所あるの?」

「・・・」

・・・こんな時ちょっとだけ保育園の保父さんをしてる祐太郎を尊敬してしまう。
あぁ〜祐太郎だったらこんな時、すぐに子供の気持ち読み取ってあげられるんだろうな!
内心いつ泣き出してしまうか分からない子供にドキドキしながら、そっと頭を撫でながら声をかける。

「えっと・・・何が悲しいの?」

・・・こ

「え?」

ぱぱにあげる・・・ちょこ・・・」

「ちょこ?」

「こわれちゃ・・・たぁ・・・
あ〜〜ん!

ついに声を上げて泣き出した少女の指差す方向には、幼稚園で作ったと思われる可愛らしい手書きの袋に赤いリボンがついた物が水溜りに落ちていた。
慌ててそれを拾い上げたけど・・・残念ながらしっかり水を吸っちゃってて、中に入っている食べ物の包み紙も見える状態だ。

「ぱっ・・・ぱぱに・・・あげっ・・・えっ・・・えぐ・・・

「お父さんにあげるチョコだったの?」

コクリと頷くと、小さな手で一生懸命目元を拭っている。

ぱぱぁ・・・

きっとこの子にとって初めてのバレンタインなんだろうな。
そう思うと何だか自分の事みたいに寂しくなって・・・私は自分が持っていた袋をその子に差し出した。

「これ、お姉ちゃんが作ったんだけど・・・あげる」

「・・・ふぇ?」

「お水の中に落ちちゃったチョコには負けるけど、いーっぱい愛情こめて作ったクッキーだから・・・良かったらこれをあなたのパパにあげて」

「・・・」

「せっかくの初めてのバレンタインだもんね。パパに笑顔で渡しておいで・・・ね?」

ポケットからハンカチを取り出して涙を拭い、代わりに小さな手に持っていた袋を持たせる。

「おねぇちゃんは?」

「お姉ちゃんは大丈夫」

結城さんへのプレゼントだったけど、きっと結城さんなら分かってくれるって信じてる。

「心配してくれてありがとう」

「じゃぁお兄さんからも可愛いお嬢ちゃんにプレゼント♪」

突然背後から小さなブーケが差し出され、驚いて振り返れば結城さんが笑顔で子供の頭を撫でていた。

「このお姉ちゃんのクッキーはほっぺた落ちちゃう程美味しいよ。お兄さんが保障する!」

「ホント?」

「もっちろん。それにこのお花みたいに可愛らしく笑うお嬢ちゃんの笑顔があれば、きっとパパも大喜びだよ」

「うん!」

ようやく笑顔を取り戻した瞬間、お母さんらしき人が子供の名前を呼んでいた。
それに気づいた女の子は帽子が落ちそうな勢いでおじぎをしてから、今度は転ばないよう足元に注意しながらお母さんの所へ戻って行った。
遠くでお辞儀しているお母さんに結城さん共々軽く会釈し、そのまま店に入る。










「・・・ごめんなさい」

「ん〜・・・何の事?」

結城さんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、小さく謝る。

「だって結城さんにあげるはずだったプレゼント、勝手にあんな風にあげちゃって」

「んー・・・まぁちょっと残念だったけど、あれはあれでいいんじゃないかな。だってチョコレートを貰う嬉しさもあるけど、あんな風に小さい子の笑顔が貰えるのも嬉しいもんだよ」

「・・・結城さん」

「今日はあの子の笑顔がプレゼントって事にしとかない?」

軽くウィンクしてくれた結城さんが、やっぱり好きだなって思った。
だから、今日一番の笑顔で・・・微笑みながら結城さんの言葉に大きく頷いた。

「はい!」





閉店(バレンタイン終了)まではあと少し。
でも、貴方を想う気持ちには・・・終わりは、ない。


いつも貴方を想っています。





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え〜・・・っと、実はコレ去年のバレンタインの時に書いてたんですが、UPする時期を逃したので一年間寝かせておきました(笑)
バレンタインの時って絶対結城さん大人気だと思うんですよ。
告白に行く前に結城さんに占って貰って、尚且つ背中を押して貰えたら結城が出る気がするのは私だけですか!?
今はまだPS2のデザラブが出てないので落ち着いてますが、きっとまたPS2をやったら結城さん熱があがる気がしてなりません(苦笑)