「…くそっ、眠れん。」

普段ならばあまり気にならない同室のディアッカのイビキが今日はやけに気に触る。
人が眠れない夜に安穏として寝ている人間を見ると殺意が芽生えるのは何故だろう。
肺に溜まったそんな黒い気持ちを吐き出すかのように大きく息を吐くと、俺は椅子に掛けてあった軍服を手に部屋を出た。




「チクショウ!!」

先週からずっとアスランとの模擬戦闘で負けている。
焦りすぎている、もう少し周囲を見ろ…など何度同じ事を言われたか分からない。
それくらい言われなくてもわかっている!
俺だってそうそう同じ手に引っ掛かるほど甘くはない!!

だが…アイツを見ているとどうしても自分の力だけで倒したくなる。
気持ちが先走って、冷静に立ち向かえない…というのも事実だ。

「…クソッ!」

歩きながら通路の壁に拳をぶつける。
壁にぶつけて出来る拳の痛みよりも、アイツに負けた時の敗北感の方が…痛い。





そんな事を考えながら当てもなく艦内を歩いていると、ふとある通路の奥から歌声が聞こえてきた。
それはプラントにいる者なら一度は聞いた事がある…

「静かな夜に…ラクス・クライン…か…」

彼女の歌の中では俺が特に好んで聞いていた…歌。
彼女の歌声は何時も優しく温かい、苛立つ俺の心を自然と落ちつかせてくれた。
だからそんな彼女の曲は全て持っていたし、コンサートにも何度か足を運んだ事がある。

…俺が彼女のファンだと言う事は勿論、誰にも言った事がない。

戦場において自己の弱みはゼロに近くて悪い事はない。
だから俺はアカデミー卒業後、クルーゼ隊に配属が決定した時…彼女に関する物を全て家に置いてきた。
まるで自分の中にある弱さを全て置いて行くかのように…。
決してラクス・クラインの婚約発表でショックを受けた訳じゃない。
まして、その相手がアイツ…アスランだから目の敵にしているわけでは断じてない!!

「違う!!」

誰に言い訳するでもなく大きな声で否定の言葉を口にすると、微かに聞こえていた歌声が消えた。
まさか俺の声に驚いたというわけじゃないだろうな。
それならば相手にすまない事をしたと思い、それを一言詫びようと歌声が聞こえた談話室へ足を進めるが、部屋の電気はついていない。
不審に思い、部屋の電気をつけると…隅っこの窓辺に小さくうずくまっている1人の人間を見つけた

?」
「イザーク?」

慌てて立ちあがるを指差し、声を荒げる。

「何故貴様がこんな所にいる!」

「うあっっその…えっと…」

「医局の人間は緊急時に備えて休める時に休むのが隊務ではないのか!」

それ以上にお前はクルーゼ隊長の秘書も兼務しているんだ。
休める時に休まんと隊長の職務にも支障が出るだろうがっ!

「しかもこんな暗い部屋で1人何をしている!」

「あの…ちょっと寝れなくて…」

「あぁ?」

眠れない…だと?
はぁぁ〜っと今まで以上にでかい溜息をつきながら、ずかずか足を進めの前に立つ。

「…同室のヤツのイビキでも煩いのか?」

「いえ、そんな事は…」

…それは俺の事だな、くっそーいつかディアッカのイビキを止めてやる!!

「昼寝でもしたのか?」

「そんな暇はさすがに…」

時間があれば艦で昼寝をしよう何て思うのはお前の幼馴染くらいだろうがな…って、折角人が気を使って聞いてやってるのに、一体何が原因だって言うんだ?この馬鹿は!!
側に置いてあった椅子の背を掴んで大きな音を当てて腰を下ろしながら、目線をから反らし面倒臭そうに呟いた。

「それじゃぁ何か気になる事でもあるのか。」

「……」

黙るって事は――――― 図星か。

本来ならこう言う面倒事はアスランやニコルの役だが、コイツが早くここを立ち去らない限り俺がゆっくり出来ない。

…しかたがない。

「…今日だけ特別だ。聞いてやる。」

「え?」

そんなに驚いた顔で振り向かなくてもいいだろう。

「何だ、不満か。」

「いえ、その…珍しいなぁって…」

「ほぉ〜俺が聞いてやるというのがそんなに珍しいか。別に無理にとは言わんぞ、無・理・に・と・は・な!

「…」

俺を見て苦笑しながらもう一度その場にしゃがみ込んだの表情からは、普段の生意気さが微塵も見えない。
どちらかと言うと母親の手を離してしまって、この後どうすればいいのか分からない…そんなガキの様に見える。





暫く部屋の中を沈黙が支配していたが、やがてが小声でポツリと呟いた。

「イザークは…ディアッカと喧嘩する?」

「はぁ!?」

突然さっき迄殺意を抱いていた相手の名前が出て思わず疑問の声を上げた。

「何を突然…」

「喧嘩、したら気まずくなる?」

様子を伺う様に俺の方をチラリとみるの目は…その、部屋の明りが僅かにその瞳に映っている所為か何処か揺らいでいる様にも見えて不覚にもそれを綺麗だと思ってしまった。

っ!何を思っている!俺!!

「な、何だ。誰かと、喧嘩でもしたのか?」

「…んー」

多少どもってしまったのはお前に動揺した訳じゃないからなっ!
まぁいい、これに答えたら少しはすっきりするんだろ?お前は!
前髪を掻き上げながら、さも面倒臭そうにその質問に答えてやる。

「喧嘩なんかしょっちゅうだぞ。」

「え?」

「お前の前ではどうだか知らんが、アイツは事ある毎に色んなモンを部屋に持ち込むんだ。」

「へぇ〜…」

「それはもう…人から物から色々だ!!自分の荷物を俺の領域に置いたり、部屋の壁に妙なポスターを貼ったり…」

思い出せば思い出すだけ腹立たしい!

「この間も俺のベッドの中にふざけた雑誌を隠して、検査の目を誤魔化したりもしたんだ!アイツは!!」

あの時はちょうど俺がいない時に立ち入り検査があったらしく、部屋に戻ってそれを見た俺は全身の血の気が引いたんだ!
自分のモンくらい自分で管理しろっ!

「そんなヤツと喧嘩もせずに過ごせる訳ないだろうが!!」

「く、苦しいイザークっ!」

声にはっと気付いて我に返れば、の肩をぎゅっと掴んで前後に揺らしていた事に気付いた。
手に余るほどの細い肩、小さな体…苦痛の為か微かに開いている瞳はまるで地球の空を思わせる程の深い青。

「イ…イザーク?」

「…っ!」

慌てて両手をから離してその場から離れる。
お、落ちつけ俺!自ら眠れない条件を増やしてどうするつもりだ!!
その場で深呼吸を繰り返すと、何故かの笑い声が聞こえた。

「…何がおかしい!」

「いや…やっぱり二人は仲が良いんだなぁって思って…」

今の話を聞いてなかったのかお前は?何処をどう聞いたらそんな風に受けとめられる?

「僕は…そんな風にはなれない、な。」

「何だ、アスランと喧嘩でもしたのか。」

さり気ない俺の一言にの動きがピタリととまる。
何でこんな分かりやすい奴が軍にいるのか、しかも隊長の秘書なんて言う重役についているのか…さっぱり分からん。
そもそも俺はこう言う人の悩みを聞くような事には慣れてないんだ!
そんなのアスランにでも…ってソイツと喧嘩したのか、は。

上手い言葉が出てこなくて苛立たしげに前髪をいじっていれば、苦笑したがゆっくりその場を立ち上がった。

「ごめんなさい、イザークも疲れてるのに…」

「いや…俺は別に…」

「もう遅いから、戻ります。」

「ま、待て!」

ペコリと頭を下げてその場を去ろうとするの手を咄嗟に掴む。
驚いた顔をしているの顔を見ずに、俯きながら語りかける。

「もし喧嘩をしたなら…謝ればいいだろう。」

「え?」

「気まずいのが嫌なのだろ?お前は。なら、とっとと謝ればいい。」

俺は何か間違えた事を言ったか?
それともお前が聞きたい事とは違っているのか?

隊長に戦況報告をした後の言葉を待つよりも緊張して、の口から出る言葉を待つ。

「……ちなみにイザークはディアッカに謝るの?」

「何故俺がアイツに謝る!」

「え?でも今…」

「俺は自分が悪いと思った事はない!だから、アイツにも謝った事など一度もない!」

アイツが俺に迷惑をかけてるだけだ!!
キッパリ言い切った瞬間、の肩から力が抜けてその頬が徐々に緩んで行くのが分かった。

「?」

「あははははっ!イザークらしいっ!!」

掴んでいない方の手で腹を抱えて苦しそうに体を捻っているを見ていたら、顔に熱が集まってきてついいつもの調子で怒鳴りつけてしまった。

「何がおかしい!」

「あはははっ、いや、だから…イザークらしいなって…お、お腹痛いぃっ!」

…何がおかしいんだか、さっぱりわからん。

眉を寄せながらいい加減の笑い声に飽きた俺はの頭を拳で軽く叩いてその笑い声を止めた。
ようやく笑い止んだの顔からは先程までの暗い表情はすっかりうせていて、いつもの無邪気な笑顔でにっこり微笑んでいた。

「ありがとう、イザーク。すっきりした。」

「そ、そうか…」

「でも…すっきりしたら、なんか…」

笑顔のままがっくり力尽きる様に俺に凭れかかってきたの体を慌てて受けとめる。

「おっ、おいっ!!」

「…眠い。」

「はぁ!?」

正面からの体を抱きとめたまま二人で崩れる様に床に座りこんだと同時に、俺の耳に嫌な音が聞こえてきた。

「…貴様はやはりアスランの幼馴染だな。」

片手で頭を抱えながら俺の腕の中で気持ち良さそうに寝息を立て始めたを見る。

「取り敢えずお前の悩みは…解決、できたのか?」

少し長めの前髪を指でかき分けてその顔を覗きこめば、男にしてはやけに柔らかい印象を与える幼い顔が姿を現す。
小さな唇から微かに空気の流れる音が聞こえ、自分の頬が微かに緩んだのに気付いて慌てて顔を反らす。



何だって俺がこんな子供の寝顔に動揺しなきゃならならん!!





結局アスランとの喧嘩の理由が何だったのかは分からんが、今はゆっくり休め。
明日になればお前はまた、隊長の元で俺達の面倒を見なければならないんだからな。





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不意に浮かんだイザークドリ。
ちなみにこの後、心配したアスランがヒロインを探しに来て二人がいるのを発見。
動揺したイザークがアスランにヒロインを押し付けて顔を真っ赤にして椅子にぶつかりながら退出。
困ったアスランがどうすればいいかと考えてたけど、取り敢えずヒロインに声をかけて目を開けたヒロインがイザークに教えられたとおりアスランに謝ってこちらは平和に仲直り。
で、部屋に戻ったイザークはイライラする気持ちを再びいびきをかいて寝ているディアッカにぶつけるが如く叩き起こす・・・ってトコでしょうか?

あ。ちなみに一番書きたかったのは悩みが解決した瞬間眠りにつくシーンです。
思い出しましょう、二人だけの戦争でカガリの前であっという間に眠ったアスランを(笑)
イメージとしてはそんな感じです(笑)

イザークがラクスのファンと言うのは・・・確か石田さんと田中さんがどこかで話してたんですよ。
イザークはラクスのファンで部屋にはCDやポスターが張ってある、うんそうだ!
そう言う事にしよう!!と石田さんが言っていたのを覚えてます。
もしも違ったら・・・イザークファンの人、ごめんなさい(平謝り)
でも私、イザーク好きですよ!?←今更な台詞(苦笑)