「・・・スラン・・・アスラン?」

「ん・・・あ・・・。」

「起こしちゃってゴメンね。そろそろ薬の時間だから・・・起きられる?」

「あぁ。」

ただ横になっていただけの体を両手で支え、の手を借りて体を起こす。
俺とした事が・・・情けない事に風邪を引いてしまった。
ちょうど体調を崩した翌日からラクスの家を訪問する為休暇を申請していたので、任務に支障はきたさなかったんだけど・・・情けないな。
今だズキズキと痛みを訴える頭を押さえながらため息をつくと、目の前に新しいパジャマと温かそうなタオルが差し出された。

「汗かいたみたいだから体拭いて着替えてね。カーテン閉めるから・・・」

「本当に・・・すまな・・・げほっごほっ!」

「もぉ無理に喋らないでいいから着替えて!」

勢い良くカーテンが閉められ部屋の中からが出て行く気配を感じた。
全く・・・普段はの面倒を見ているつもりが今日だけ逆だな。
心の中で苦笑しながら渡されたタオルで体を拭いていく。
熱く感じたタオルだったけれど実際に体を拭いてみると冷えた体に心地よく、自分が思っている以上に汗をかいていたと言う事を知った。
やがて着替えが終わったと同時に再び部屋のロックが外されが戻ってきた。

「アスラン。着替え終わった?」

「あぁ。」

返事をするのと同時にカーテンを開けると、トレイの上に水の入ったコップと小さな錠剤を持ったが立っていた。

「それじゃぁこれ、解熱剤。これ飲んで一日もすれば明日には熱下がるよ。」

「助かるよ、こんな事で早々休みは取れないからな。」

「アスランは頑張り過ぎだから・・・少しは休んだほうがいい気もするけど。」

「全てが終わったら嫌でも休めるさ。・・・薬、ありがとう。」

心配してくれるにこんな事言ってもしょうがないけど、今は・・・ゆっくりしている暇は無い。
そうこうしている間にも戦場は拡大し、多くの犠牲者が生まれているのだから。
心の靄も一緒に飲み込むように、薬を水で一気に流し込む。

「・・・も疲れたろ?」

「ううん!大丈夫!!アスランが良くなるまで隊長がお休みくれたから・・・」

「え?」

「『側にいてやりなさい』って。」

そりゃ具合が悪い時は一人だと言う事が寂しく感じる事があるけど、隊長に心配されるほど俺って・・・幼く思われてるのか!?

「俺は平気だからは明日から任務に戻りなよ。」

カラになったコップをに返してそのままベッドに潜り込む。
こんな小さな事が気になるなんて・・・俺、本当に体が弱ってるんだな。

「えっでもアスラン一人に・・・」

「大丈夫だから!」

咽そうになるのを必死で堪えてに背を向ける。

「俺・・・もう寝るから。明日はちゃんと任務に戻るんだよ。」

「・・・アスラン。」

ゴメン、
が優しいからつい甘えちゃっていたけど、にはの仕事があるんだから・・・俺の事はほっといていいんだよ。










翌日、目が覚めると胃の弱っている俺でも食べられそうな食事と今日の分の薬が机の上に置いてあった。
隣のベッドはもぬけの殻での姿は何処にも・・・ない。

「・・・自分で言ったくせに・・・な。」

苦笑しながらが用意してくれた食事を食べて薬を飲む。
昨日に比べると体の節々の痛みも消えていたし、頭痛も治まっていて回復傾向にある事は素人の俺でもわかる。
ちょうどいいので体調を崩した日に渡された書類に目を通そうとファイルを開くとそこに可愛いメモが1枚入っていた。

「・・・やられた。」

そこにはただひと言、医師としてのからのメッセージ。

『寝て下さい!』

「寝て下さい!・・・か。俺の行動はにはお見通しだな。」

これを無視して起きているとあとでが泣きながら怒る姿が目に浮かぶ。
俺は諦めてベッドに戻るともう一度目を閉じた。
薬に入っている睡眠薬が効いたのか、ずっと眠りっぱなしだったにも関わらず目を閉じると同時に深い眠りに落ちて行った。










次に目を覚ました時、ベッドの脇にマグカップが置いてあった。

が・・・来たのか?」

部屋の中を見渡すと、机の上に置いたはずの使用済みの食器が無くなっている。
やはりが一度様子を見に来たみたいだ。
体を起こしてマグカップに手を伸ばすと、まだ温かい。

「・・・これはレモネード?」

微かに香る爽やかな柑橘系の匂いと甘い香り。
その匂いに誘われるように口をつけると、何処か懐かしい味がした。

「そうか・・・母さんが昔作ってくれたんだ。」

母さんは仕事が忙しくてあまり一緒にいる事は無かったけど、俺が体調を崩した時いつもこれを作って飲ませてくれた。

「・・・懐かしい・・・味。」

ふとカップを持っていた手に何かが落ちた。
視線を落とすと・・・水?
小さな水滴のような物がひとつ、またひとつと、それは留まる事を知らず次々に手の平に落ちていく。

「え?」

それが何なのか気付く前に、部屋のロックが外され誰かが入ってきた。

「あ、アスラン起きたの?具合・・・アスラン!!」

俺の名を呼ぶと同時に何か金属のような物が床に落ちる音が聞こえた。
それに驚いて振り向いた瞬間、が俺に飛びついてきた。

「アスラン!!」

?ど、どうし・・・」

「どうしたのじゃないよ!何でアスラン泣いてるの!!」



泣いている?・・・俺が?



「具合悪い?頭痛い?それとも気持ち悪い?」

体を離して俺の目元を洋服の袖で擦るを唖然とみる。
よくよく見れば視界がぼやけている事に気付いた。



そうか・・・さっき手の平に落ちた水滴は、俺の・・・涙。



自分でも目元に手を当てると、今だ止め処なく涙が溢れている事が分かった。

「アスラン・・・アスラン!」

どうしていいのか分からずオロオロしているの方が・・・何だか泣きそうな顔をしていて・・・俺は側にいるの体をそっと抱き寄せた。

「・・・あれを作ってくれたのは、?」

「レモネード?あれがダメだった?」

「いや、違う。あれは・・・昔母さんが俺に飲ませてくれた物だったんだ。」

「アスランの・・・お母さん?」

「あぁ・・・仕事で忙しい母さんが、俺が具合悪い時に初めて作って・・・」

そこまで言いかけて俺は自分の声が擦れ始めたのに気がついた。

「それから・・・いつも・・・具合悪い、時・・・」

「アスラン・・・」

俺の背に回されたの手が俺の体を思い切り抱きしめる。
の肩口に額を当てて、唇をかみ締めてこれ以上涙が出ないよう耐える。
でも口の中に残っている微かなレモネードの味が・・・風邪で弱った俺の心に沁みて、暫く俺は顔を上げる事が出来なかった。





「弱ってるな、俺。」

「人間だもん。そんな時もあるよ。」

「休憩時間、過ぎたろ。」

「大丈夫。お仕事してるから。」

「・・・え?」

「午前中に隊長の所での秘書としての仕事は終えてきたから、午後は病人の看護。だからアスラン、あたしに出来る事なら何でも言って・・・」

ポンポンと背中を叩いてまるで小さな子供に言い聞かせるようなの言い方が、何故かこの時は心地よくて・・・。

「それじゃぁ・・・ひとつだけ。」

「何?」

「・・・側に、側に・・・いてくれ。」

「うん、わかった。」

いつもならこんな情けない事絶対に言わないけど、今は・・・熱の所為、だから。



血のバレンタインの悲劇を俺は忘れない。
俺の母を、そしての両親を奪ったあの惨劇を・・・忘れる事はない。
家族を失ったという心に深く残ったキズは埋まる事はないかもしれないけど、それを癒そうとしてくれる温かな手を・・・俺は守りたい。
唯一の家族でもあり、大切な子であるを・・・誰よりも・・・近くで・・・





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100のお題からこっそり移行させましたが、コメントは殆ど弄ってません。

ふとした時に思いついた話。
仕事が忙しくて中々帰れないであろう、レノア・ザラが風邪をひいた幼いアスランに飲ませていたのが蜂蜜の入ったレモネード。
大きくなるにつれて体調を崩さなくなったから忘れていたけど、今回久し振りに口にして思い出して泣く…と言うだけの話が何故かこんなに長くなってしまった(笑)
それにしても隊長…ほんっとうにヒロインには甘いなぁと思いました!
そんなに簡単に休みを出していいのか!?一体何を企んでいるんだか…(悩)