昼食後休憩をしている僕の前に、クルーゼ隊長が突然やって来てこう言った。

と共に倉庫の中に置いてある、ある物の状態を確認し、速やかに報告せよ」

その言葉と共に僕は小さな古びた鍵を預かった。










「すみませんニコル、折角の休憩時間を・・・」

「構いませんよ。次の模擬戦闘まで時間は十分ありますから。」

「隊長はいつも急に用事を申し付けるから困ります。」

頬を膨らませて、手にしていたカードキーをギュッと握る姿はとても可愛い。
それでもまだは艦内を男装して過ごしている。
僕以外にが女性だと言う事に気付いてる人って・・・いるんでしょうか?

「とにかく早く済ませて戻りましょう。」

そう言うと急に足早になった彼女の後を追いかける。
僕としてはゆっくり・・・の方が嬉しいんですけどね。





そしてたどり着いた先は、艦の一番奥にあると言う倉庫。
普段僕らが来る事など全く無い最下層にある倉庫ですけど、一体何があるのか気になりますね。
扉の脇にある機器にのカードキーを通すと、青いランプが一瞬点滅し音もなく部屋の扉が開いた。

「ゲホッ!」

「凄い埃ですね・・・」

滅多に開けないのか、部屋からは冷たい空気と共に埃がその流れに乗って外へ溢れてきた。
僕は咽ているをさり気なく背で庇いながら部屋の中へ入って行った。

「・・・真っ暗ですね。」

「ぼ、僕・・・電気・・・ゴホッ、つけてきます。」

声と同時にの気配が僕の背中から離れて行った。
・・・僕が電気をつけに行くと言えば、暗闇に乗じてを抱きしめる事くらい出来たかもしれないですね。
そんな不埒な事を考えている間に明かりが灯った。

・・・残念。

「ニコル、隊長が言っていたのはあれでしょうか?」

口元へハンカチを当てたが部屋の隅に置いてある物を指差した。
大きさとしては僕の身長とあまり変わらず、白い布切れの上には大量の埃が積もっていた。
他を見渡しても空の空き箱や、見るからに不要と思えるコンピューター類しか置いていないのでどうやら目的の物はあれと見ていいでしょう。
隊長ももう少し難しい物にしてくれれば、彼女と少しでも長く一緒にいられたのに・・・何て今更言っても仕方ありませんね。

「ニコル!!これ・・・」

何時の間にか布切れを取り去ったがその下の物を驚いた顔で見ている。
の声に反応して振り向いた僕も、恐らく彼女と同様驚きの表情が隠せない。
こんな所にこんな物があるなんて・・・。

「オルガン、ですね。」

それは今ではピアノに押されて数少なくなっているオルガンだった。
形としてはかなり昔の物のようですけど、当時はかなりの高級品だったんでしょうね。
壁を背に置かれているオルガンに一歩一歩近づいて、そっと手を伸ばす。
ピアノとは違う、何処か木の温もりを感じさせる手触りがやけに気持ちいい。

「オルガン・・・って言うと、よく町の教会に置かれてる?」

「昔は町のあちこちでよく使われていたみたいですけど、今は全てピアノに代わってしまってオルガンは殆どありませんね。」

も僕と同じように恐々とオルガンに手を置いた。
そんなに慎重にならなくとも、これは熱くもないし、壊れたりもしないですよ。
笑いを堪えるように僕はオルガンの説明を続けた。

「ピアノの普及に伴い、オルガンの生産率がどんどん落ちてしまってかなり前に生産はストップしてしまったようです。現存しているオルガンも数少ないって聞きました。」

まるで授業を聞いている生徒のようには僕の言う事に逐一頷いて聞いている。
本当に・・・貴女はどうしてそんなに素直なんでしょう。

「ニコルはオルガンって弾いた事あるんですか?」

「いえ・・・僕の家にあるのはピアノで、実際触れるのはこれが初めてです。」

そう言えば幼い頃、一度だけ祖母が持っていたというオルガンの写真を母に見せてもらった事がありましたね。
その時は妙に気になってたんですけど、家にピアノが来てからはそんな事考えなくなって・・・。

「オルガンもピアノと同じですか?」

手を上げてまるで先生に質問するかのように声を掛けるに、僕は笑顔で答えた。

「鍵盤楽器と言う点では同じですけど・・・」

「オルガン・・・弾ける?」

薄暗い中でも輝きあせない宝石のような目でが僕をじっと見つめている。


そんな顔されて、僕が「出来ない」何て言える筈無いじゃないですか。


苦笑しつつ先程クルーゼ隊長から預かった小さなアンティークの鍵をオルガンのふたの部分に差し込み、そっと回した。
カチリと言う小さな音を聞いて、鍵を引き抜くとそれを再びポケットへしまいゆっくりフタを開けた。
全体に掛けてあった布のおかげでしょうか、鍵盤自体はどこも汚れてませんね。
鍵盤の左端にあるスイッチをONにすると、その上にある小さな丸が赤い光を点した。
誰かが定期的に整備しているんでしょうか?
まさかこんなにスムーズに使えるとは思いませんでした。
中に収められている椅子を引き出して、気持ち埃を手で払って座ると小さく深呼吸をした。



こんな所で・・・触れる事が出来るなんて。



ピアノと同じように足をペダルに置くと、軽く踏んでとりあえず指で鍵盤を一つ押してみる。
ピアノとはまた違う、深みのある音が狭い倉庫の中に響いた。

「弾けるみたいですね。」

「オルガンってこういう音がするんですね。僕・・・初めて聞きました。」

興奮してるんですか?頬が少し赤くなってますよ。

「少し弾いてみましょうか・・・」

小さな声でそう呟くと、僕は指を鳴らす意味も込めて家での練習曲を弾き始めた。
弾いていくうちに、家に置いてあるピアノの音と重なっていく気がした。





あの頃はピアニストになると言う夢の為、毎日毎日ピアノを弾いていて鍵盤に触れない日はただの一度もなかった。
『血のバレンタイン』なんてものが無ければ、きっと僕は今でもピアノを弾き続けていただろう。
夢の為に・・・。

でも、その代わり・・・貴女に出会う事もなかったでしょうね。





短い曲を弾き終えて隣を見ると、口を開けたまま僕の手元をじっと見ているがいた。
一体どうしたんですか?

「ニコル・・・手が、タコみたいだよ。」

「は?タコ・・・ですか?」

突然の事に思わず言葉をそのまま返してしまい、がそれを慌てて訂正した。

「あっその、手がっ、その・・・凄い速さで動いてて、何だか手がいっぱいあるみたいに見えたんです。それでっ・・・す、みません、突然馬鹿な事を言って・・・」

照れた様に笑う、そんなを見たのは初めてで・・・僕は思わず笑ってしまった。

「あははは!それでタコですか?」

「・・・はい。」

アスランも言っていますけど、は時々子供のように純粋な反応を示してくれますよね。
こんな時、普通はお世辞を言ったり、つくろった言葉を述べる所を・・・貴女は素直に返してくれる。



僕はそんながとても好きですよ。



「笑ったお詫びに何かリクエストありますか?」

「えっ!ニコル、何でも弾けるの?」

「知っている曲なら・・・多分。ただ毎日弾いていないんで、あまり難しいのは・・・」

いくらピアノと似ているからとは言え、鍵盤の重さや細かい所は全然違う。
さすがにピアノのように上手くは弾けませんね。
それでもの喜ぶが見たくて、僕は一生懸命考え込んでいる彼女のリクエストを待った。

「ごめん、僕あまり曲知らなくて・・・でも以前アスランが教えてくれた曲が・・・ええっと確か星に・・・星に?」

それだけ言って頭を抱えてしまったを見て思わず苦笑する。
もアスランと一緒であまり演奏を聞いたりするタイプじゃなさそうですね。
さて、『星に・・・』ときて、『アスランが教えた曲』と言うのであればきっとこれでしょう。

「星に願いを、ですか?」

「そうそれ!」

以前アスランが家に来た時にリクエストした物と同じ。
本当に仲がいいんですから、ちょっと妬けちゃいます。
多少のアレンジを加えながら、慣れないオルガンで弾く『星に願いを』はまるで今の僕の気持ちを汲んでくれる様な音色を奏でながら、狭い部屋の中に響いていた。
隣に立って目を閉じてうっとり聞いているに、小さな声で声を掛ける。

「オルガンで聞く曲とピアノで聞く曲とでは全然音が違うんですよ。」

「そうなんですか?」

「上手く言えないんですけど・・・もし機会があればピアノでも聞いて貰いたいですね。」

にっこり笑顔を向けると、も嬉しそうに笑って頷いてくれた。

「うん!ニコルのピアノ、聞いてみたい!」

「僕も・・・弾きたいです。」

貴女の為に・・・と言う言葉は、倉庫にやってきた影に遮られた。

「ニコル!貴様、模擬戦闘サボるつもりか!!」

「ま、オマエがいなくても別にこまらねぇケド?」

「・・・イザーク、ディアッカ。」

大声によって綺麗な音色は寸断され、僕も手を止め気持ち睨むように戸口に視線を向けた。
折角といい雰囲気だったのに・・・。

「あっ!もうこんな時間。すみませんでしたニコル!鍵は僕が隊長にお返ししておきますから、模擬戦闘に参加してください。」

我に帰って時計を確認したが慌ててイザーク達にも事情を説明している。
二人は眉を寄せていたが(特にイザーク)隊長が僕に直々に依頼した事だと聞くと、舌打ちと共にその場を離れて行った。

「お二人には説明しておきました。すぐに行けば恐らく問題ないと思います。」

「調子に乗って弾いていたから時間が経つのを忘れちゃいました。も余計な仕事を増やしてしまってすみません。」

「そんな事ないです。元々報告は僕が隊長に頼まれていた事ですから・・・それよりも素敵な演奏ありがとうございました。」

「どういたしまして。」

それだけ言うとは隊長の部屋に報告へ向かい、僕は少し遅刻したが模擬戦闘へと参加した。





いつもイザークとディアッカには負けるんですけど・・・今日は何だか負ける気がしません。

「ニコル・アマルフィ・・・出ます!」


いつかに僕のピアノを聞いて貰いたい。

消えた夢  と  増えた夢

ピアニストにはもうなれないかもしれないけど、誰かの為に弾く事は出来ますよね。



今度のの休暇・・・いつなんでしょう。





BACK



ニコルを幸せにしよう計画発動中(私の中でのみ!)
と言う訳で、今回もニコルです。しかも結構灰色・・・のような気がします。
こーゆー企んでるようなニコルって好きなんですけどね・・・私は(苦笑)
でもヒロインに対しての思いは真っ白!純粋な想いですよっ!!
ニコルで話を書こうと思って連想していくと、やはり彼にはピアノでしょう!
でもそれで書き始めたら中々上手くいかず、参謀のさり気ないアドバイスでピアノをオルガンに変更して、伏線を張るような形にしたらまとまりました。前回よりは少し楽しそうかな?と思ってます。
でも・・・アレを知っているとどうしても純粋に喜べない自分もいて・・・どうしろとぉー!?(ジレンマです(苦笑))
ちなみに今回の模擬戦闘でニコルは二人に勝ちます(笑)そりゃもう珍しいくらい圧勝。
理由は・・・イイトコを邪魔したから(大爆笑)すみません、うちのニコルはこんなです。
アスランに対しては白いですよ。一応・・・一応ね(クスクス)
あと、オルガンとピアノについては捏造してありますので信じないように!(誰も信じないだろう・・・)

そして初イザークとディアッカ(笑)楽しかったぁ〜v
でもディアッカの口調がわかりません!(キッパリ)
頼む、もう少し長い台詞を喋って(TT)