4.恋水






「・・・んっ」

コクリと喉に流れ込む水・・・そして何かが唇に触れてる感覚。
それが何かを確認したくて重い瞼を開けようとするけど、微かに震えるだけで開けられない。
どうして目が開かないの!?

「・・・落ち着いて、ゆっくり目を開けるんだ。」

その声に導かれるように力を抜いてゆっくり目を開けると、今度は楽に瞳が開いた。










一番最初に目に入ったのは至近距離にある整った顔。
・・・確かこの人、三年生の久保田くん。

「どーも、さん。」

「あ、どうも・・・」

起き上がろうとすると額を手で押さえられ、再び元の体勢に戻された。

「も少し休んでなよ。さん、貧血で倒れてたんだから。」

「・・・貧血?」

「そ、偶然俺と時任がサボりに屋上に来たら先客が倒れてたってトコかな。」

簡潔に教えられ、自分が自習時間に屋上で眠っていてそのまま貧血で倒れた事を知った。



じゃぁ今は一体・・・



「もう4限始まって30分経ってるから諦めた方がいいね。」

4限は・・・数学か。
どうせ出ても出なくても成績変わらないし・・・それにまだちょっと気分悪いからサボっちゃおう。





そう決めた瞬間、心地よい風があたしと久保田くんの髪を撫でていった。
それがやけに気持ちよくて目を細めると、久保田くんも何処か遠くを見ながらその風を楽しんでいるように見えた。



不思議・・・皆の噂の的である久保田くんと一緒にサボるなんて。



「あの、久保田くん?」

「ん?」

「時任くんは?」

生徒会執行部のラブリー久保田とビューティ時任と言えば校内で知らない人がいないくらいの有名人。その彼が一人でいる事が珍しくて何気なく聞いてみたんだけど・・・。

「・・・時任はちょぉーっとお使い。」

「お使い?」

「そ、ジャンケンで負けたんでお外まで買出しに出掛けました。」

「罰ゲームみたいですね。」

「ま、そんなもんかな。」

「仲がいいんですね。」

当たり前の台詞を言ったつもりだったけど、その言葉を聞いた瞬間久保田くんがピタッと動きを止めてあたしの顔を見た。

「・・・仲が良すぎるのも考えものでね。」

「そうなんですか?」

「欲しい物まで一緒になるほど仲がいいと困るでしょ。」

「あー・・・なるほど。」

久保田くんの膝に頭を乗せたまま手を動かしてポンッと叩く。
仲がいいと好みまで似てくるって言うもんね。
そう言われてみればあたしと付き合いの長い子ほど、食事に行く時同じもの注文する事が多いや。

「ひとつしかないものだと喧嘩になっちゃったりするんですか?」

「・・・いや、ちゃんと勝負するよ。」

「へぇ・・・」

さっすが男の子。
欲しい物を前にしてもすぐ手を出したりせず、ちゃんと白黒はっきりつけるんだ。
自分の知らない男の子の世界を知った気がして感心していると、不意に頭上からため息が聞こえて顔を上げた。

さん。」

「はい?」

「よく鈍いって言われない。」

「あー言われます。」

「・・・やっぱね。」

「え?何か問題ありましたか?」

「んーあると言えばあるし、ないと言えばないし・・・」

そう言いながら久保田くんは眼鏡を外すとさり気なくそれをあたしの手に預けた。

「ちょっと持っててくれる?」

「あ、はい。目にごみでも入りました?」

「・・・・・・うん、ちょっとね。」

「大・・・」

大丈夫って言おうとしたあたしの声は、上から降りてきた久保田くんの唇に吸い込まれてしまった。
突然の事に驚いてそのまま動きを止めていると、バターンと大きな音がして屋上の扉が開いた。
何事もなかったかのように久保田くんが顔を上げると、扉の前で真っ赤になって立ち尽くしている人物に軽く手を上げた。

「オツカレサン。」

「く・・・くぼちゃん・・・」

硬直しているあたしの手から眼鏡を抜き取ってかけると、いつもの調子で話し始める。

「あった?本日のほか弁。」

「あ、うん・・・これでいいんだろ?」

目の前の出来事を認識できないまま、久保田くんに言われるままに袋の中に入っている物を取り出して渡す。

「どーも。」

「なぁくぼちゃん。」

「ん?」

「今・・・に・・・何した?」

「んー・・・ちょっとね。」

膝に硬直したあたしを乗せたまま、久保田くんは口と手を使って器用に割り箸を割るとまだぬくもりの残ったほか弁を食べ始めた。

「さすが時任。まだ弁当冷めてない。」

「あったり前だろ・・・って話反らすなよ!今のどう見たって・・・」

「キス、に見えた?」

「キスにしか見えねぇよ!!」



・・・今の感覚がキスだというのなら、それが初めてじゃないという事を体が覚えている。



さんがあまりにものんびりしてるから、ちょっと活力を分けようかなぁって・・・」

「ひょっとしてくぼちゃん、最初っから狙ってたろ!」

「・・・メシがいつもより少ない。」



二人が何か言い合いをしてるけど、そんな事耳に入らない。
唇に手を当てて感覚を思い出す。
目を覚ます前に、あたしに水を飲ませてくれたのは・・・ひょっとして・・・
それを確認しようと目の焦点を久保田くんに合わせる・・・彼の手に握られているのは、水の入ったペットボトル。
それを凝視してるのに気づいたのか、今まで見た事がないような笑顔でそれをあたしに差し出した。

「飲む?それとも・・・もう一度飲ませてあげようか?」





飲ませてもらった水の所為とは思わないけど、あたしの胸に久保田くんへの思いが芽生えた・・・のは、言うまでもない。





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