5.嫉妬心
『メールだよ、子ヤギちゃん』
「・・・あ、メール。」
当たり前のように着信ボイスが鳴り響き、が携帯に手を伸ばした。
「最近よくメール来るな。」
「そうかなぁ?少ない方だと思うけど・・・」
二人がけのソファーに寄りかかりながら慣れた手つきでメールを返信すると、携帯をバッグに戻した。それを確認してから、俺は読んでいた雑誌を放り投げて立ち上がる。
用が済んだなら、こっちの用事・・・進めてもいいよな。
無言での隣に座り、じっと顔を見つめる。
「・・・千秋?」
告白してから付き合いだして一ヶ月。
も〜そろそろ先に進んでもバチは当たらねぇだろ。
そう思ってゆっくりの頬へ手を伸ばした瞬間、再びの携帯が喋りだした。
『またあの方からメールが届きましたよ、本当に仲がいいですね』
「あ、ごめん。」
宙に置き去りにされた手はの頬から滑り落ちて肩にも引っかからず、そのままソファーの背に落ちた。
――― 空振り
「綾子からだ・・・何だろう?」
そういうと再びバッグから携帯を取り出して中身を確認する。
滑り落ちた手をそのままソファーに置くと、まるでソファーごとを抱えるように座り直しため息をついた。
まさか晴家のヤツ、俺とコイツが一緒にいるの知ってて邪魔してんじゃねぇだろうな。
ふと頭の中で高笑いしている晴家の姿が浮かんだ。
100%とは言わねぇケド・・・俺とが一緒にいるのを知ってたら50%の確率で今のメールは邪魔だ。
思わず額に手を当てて俯いてしまった俺の髪を引っ張る手に気付き顔をあげると、さっきまで携帯をいじっていた手が止まり心配そうに俺の顔を覗き込んでいるがいた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。」
「ごめんね、折角のお休みあたしが遊びに来ちゃったから・・・」
「・・・気にすんな。」
髪に添えられていた手に自分の手を乗せて、安心させるよう握ってやるとが頬を緩ませて笑った。
・・・チクショウ、可愛いじゃねぇか。
思わず緩みそうになる頬を押さえ、視線を逸らす。
世の中可愛い女も、綺麗な女も、頭の切れる女も探せばいくらでもいる。
けれどを知ってからは・・・どんなイイ女も目に入らなくなった。
この俺がどうしてこんな色恋に鈍いお子サマに落ちちまったんだか考えちまう時もあるけど・・・それでも俺はコイツ以上に澄んだ眼差しで自分を見てくれる女を、知らない。
逸らした視線を元に戻すと、まっすぐ澄んだ眼差しの奥に微かに色づき始めた火を持つ目が俺を見ていた。
身なりを変えてく女を見るのも楽しいが、その目に恋慕の炎を宿していく姿なんてそう拝めるものじゃねぇよな。
「・・・千秋、本当に平気?」
「ん、あぁ。」
「・・・」
お前の事考えててついついアッチの世界に行きかけました、何て言える訳ねぇっつーの。
それを誤魔化すようにひょいっと顔を近づけて至近距離でニヤリと笑ってやる。
「心配しなさんな、ちょっとの可愛い顔見てただけだ。」
「っ!」
部屋の温度が上がりそうなほど一気に頬を染めたを見て、今日はいける・・・という妙な確信を持ってゆっくり瞳を伏せながら更に顔を近づけた。
彼女の吐息が唇にかかる直前・・・再び響く、メール着信を知らせる・・・声。
『メールを届けにきたよ、受け取ってもらえる?』
「・・・っ」
――― 空振り2
キスの直前でおあずけってそりゃねぇだろう!!
「何だろう?今日やけにメール多いなぁ・・・」
そういって届いたメールを開いている間にも、次々メールが届けられる。
馬鹿丁寧に全員の着信音変えてるのは見事と言うか、馬鹿らしいっつーか・・・。
5分の間に数人からのメールを受け、必要な物だけ返信を終えたの携帯を有無を言わさず奪い取った。
「あっ!」
「あのさ、俺と携帯どっちが大事?」
・・・自分でも馬鹿な事言ってるって分かってる。
けれど久し振りの休み、久し振りに二人で過ごす時間・・・それをこんなちっぽけな今の時代の文明の利器に邪魔されたくねぇんだよ。
「な、どっち。」
「そんなの比べられないよ。」
の性格上即座に俺の名前が出ると思ってたのに、比べられない、だ?
あっさり彼女の口から出た言葉に思わず持っていた携帯電話を握りつぶしそうになった。
けれど一気に頭に血が上った俺が口を開く前に、彼女は至極当たり前の台詞を口にした。
それは頭に上った血が一気に下がるくらい勢いのある・・・熱い、告白。
「千秋を他のものと比べるなんて出来ないよ。だってあたしが一番好きなのも、大切なのも千秋なんだから!」
「・・・。」
「あたし、変な事言ってる?」
はぁぁ〜っ と、でかいため息をつくと同時に俺の胸で渦巻いていた計画が全て流れ出た、気がした。
一歩進むとかいうくだらない野望も ――― 今日は休みだ。
久し振りの休日、彼女と部屋で過ごす貴重な時間ってのもいい、か。
俺はメガネを指で押し上げ気持ちを切り替えると、の肩に腕を回して自分の方へ引き寄せた。
「ったく、ホンットお前は可愛い女だよ!」
「はぁ!?」
倒れこんできた小さな体を抱きしめて、色恋のつまっていない頭を思いっきり撫でてやる。
「ちょっちょっと髪ぐしゃぐしゃになっちゃう!」
「あとで俺が直してやるよ♪」
何もしないから、せめてお前に触れるくらいはさせろよな。
そんな所へ本日何度目かの着信音が響く・・・俺もだいぶ慣れてきたな。
『ピンポンピンポン、メールが届いたよ』
ちょうどを背後から抱きしめていたおかげで着信画面が見えた。
別段見られて困るものでもないのか、は隠す様子もなくそのメールを開いた。
見ようと思ったワケじゃないが、たまたま送信者の名前が視界に入った瞬間・・・俺は思わずの携帯電話を奪い取った。
「ちょっ、千秋!」
「なんで馬鹿虎からメール来てんだよ!」
しかもこの内容だと、これが初めてって訳でもねぇな!?
「千秋返してよ!高耶にメール返さなきゃっ!」
立ち上がった上、更に手を上に伸ばしてメールを見ているので背の低いは俺の周りを飛んだり跳ねたりしながら、決して届く事の無い携帯に手を伸ばしている。
おいおいおい、景虎・・・てめぇ人の彼女になんつーメール送ってんだ?
『お前が探してたケーキ屋見つけた、今度食いに行こうぜ 高耶』
ついでとばかりにさっきから鳴り続けていたメールの中身もチラリと覗けば、下がっていた血が一気に頭に上って思わずしがみついていたの頭を叩いた。
「おっまえ誰とメールのやりとりしてんだよ!」
「痛いぃ〜っ」
「晴家だけじゃねぇのかっ!」
『今度またランチ食べに行きましょうね。ついでに、新しい服見繕わせて♪ 綾子』
『先日美味しい紅茶の葉を手に入れました。宜しければ今度ご馳走させて下さい。 直江』
『探し物を見つけた。今度届ける。 風魔小太郎』
『この間はどうもありがとう。また高耶と一緒にボーリングに行きませんか? 成田』
直江や晴家、成田はまだいい!
風魔のヤツが携帯電話を使いこなし、尚且つのメルアド知ってるのもこの際目を瞑ってやる!
・・・最悪なのが、コレだよコレ!
『馬鹿な男に捕まったな、もう少し思慮深くなれ。 高坂』
「馬鹿な男って誰の事だ!」
「うわぁ〜んっあたしの携帯!!」
今俺が嫉妬してるのは、携帯電話だ。
けど・・・今後は数え切れない程の嫉妬の炎を燃やす気がしてならない。
この、色恋に鈍い・・・最愛の女のために