6.恋人中毒
「えっと・・・」
「はい?」
「お茶、飲みたいんだけど・・・」
「あぁ、ちょっと待って下さいね。」
いつもと全く変わりない笑顔でテーブルの上に置いてあるジュースをくれる八戒。
「はい、どうぞ。」
「あ・・・ありがとう。」
会話だけ聞いていれば何て事はないけど、今あたしがいる場所っていうのがかなり問題あって・・・
「八戒?」
「はい?」
見ている者の心をひきつけて、尚且つときめかせる笑顔を見せられて一瞬言葉に詰まるけど・・・もう、限界。
「膝からおろして下さい!!!」
ダイニングの椅子に座っているのは八戒で、あたしはその八戒の膝に座ったままかれこれ一時間は経過しようとしている。
「罰ゲームは勝者の言う事を何でも聞く事だって言ったのはじゃないですか。」
「言ったけど、言ったけど・・・こんな事になるとは思わなかったんだもん!!」
先日出たばかりのテレビゲーム。八戒が仕事でいない間にこっそり練習を積み、コンピューター相手でも勝てるようになった週末の今日、八戒に勝負を持ちかけた。
「勝ったら相手の言う事、何でも聞くんだよ?」
「あはは、それじゃぁ負けられませんね。はこれ、やった事あるんですか?」
「・・・ちょっと。」
八戒にばれないよう連日ゲームを行い、コンピューターに勝つまでになった人が「ちょっとゲームをやった事がある」とは片腹痛い。
けれどそれも八戒に勝ちたいがための作戦。
「少しやったんですか?」
「うん、画面見たくて。」
「なるほど・・・じゃぁ取り敢えずやってみましょうか。」
「うん!」
最初は練習といってお互いコントローラーの使い方を覚える為、勝ち負けを無視して戦った。
勿論が手を抜いたのは言うまでもない。
そしていざ勝負!と言う時、ここぞとばかりに練習の成果を披露したにも関わらず・・・は負けてしまった。
「負けた人は勝った人の言う事を聞くんですよね?」
ショックに打ちひしがれるまもなく初夏の青空よりも眩しい笑顔の八戒が言った「ある事」とは・・・。
――― 今日一日、僕から離れないで下さい。
と言うものだった。
そんな事ならと軽く了承しただったが、相手が悪い。
飲み物を取りに行こうとすれば八戒がひょいと抱き上げ台所へ。
新聞を取りに行こうと外へ出ようとすればしっかり手を繋いで一緒に取りに行く始末。
それをまた近所の人にばっちり見られて真っ赤になったにお構いなしに、八戒は人好きのする笑顔でこう言った。
「えぇ、僕ら愛し合ってますから。」
・・・近所の人、ご愁傷様です。
ボンッと音を立てて顔を染めたが、近所の人への挨拶もそこそこに家へ舞い戻ったのは言うまでもない。
それからというもの何処かへ行こうとすると八戒がカルガモの親よろしくついて来るので、動かなくてすむよう床に寝ながら本を読んでいた。しかしいつの間に眠ってしまったのか・・・次に目を開けた時にはダイニングの椅子に座った八戒にしっかり抱き抱えられていた。
「・・・ほぇ?」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「あ・・・うん・・・」
まだボーっとする頭を起こそうと、ゴシゴシ目を擦る。
「随分気持ちよさそうに眠ってましたね。」
「そ・・・かなぁ?」
「可愛らしい寝顔でしたよ。」
チュッ と音を立てて額にキスされた瞬間、自分が今いる場所を把握した。
「!?」
「床で寝ると痛いだろなぁと思って、こちらに移動させちゃいました。座りにくいですか?」
そして現在に至る。
「ね、そろそろ下ろして?」
小首を傾げてねだるように言ってみるが、いつもなら有効なはずのこの手段も、今日の八戒には通用しない。
「ダメです。」
「何で?!」
「たとえ床だろうと僕の大好きなが側にいないのは嫌なんです。」
心臓が止まりそうなほど綺麗な笑みで微笑まれて、そのまま横抱きに抱えていたあたしの体を八戒がそっと抱きしめた。
「がいないと・・・ダメなんです。」
「八戒・・・」
「僕は貴女の・・・虜なんです。」
「・・・え?」
「もう中毒にかかってるのかもしれません。」
「中毒?」
八戒に似合わない単語に思わず首を傾げると、抱きしめた腕を緩めた八戒が照れくさそうに微笑んだ。
「がいないと、僕は生きていけない体になってるのかもしれませんね。」
これ以上の口説き文句があるだろうか。
「・・・?」
嬉しくてだらしなく緩んだ顔を見られないよう八戒の胸に顔をうずめる。
中毒になっているのはあたしも同じ。
恥ずかしくて、照れくさくて、逃げ出したいって思うけど・・・本当はあたしも望んでいた事だったから。
一日でいいからずっと側にいて!
勝負に勝ったらあたしはこう言うつもりだったんだもん。
互いが互いに無くてはならない。
こんなやっかいな恋の中毒患者、あたし達以外いないよね?